ミ・ナミ
できることなら人よりいい思いがしたい。ズルしてでも楽したい。つらいのはダルい。口から出まかせで世を渡りたい。脂肪と糖分の塊だと分かってるけどドーナツが食べたい。
人からマジメだと思われたい一方で、私はときどきこんなことを夢想します。今週の早稲田松竹は、『Never Goin’ Back / ネバー・ゴーイン・バック』『レッド・ロケット』の二本立てに加え、特別モーニング/レイトショー『タンジェリン』を上映いたします。社会で是とされているモラルとはほど遠い表現が満載な映画ですが、私は映画の中で生きるこんなどうしようもない彼らと彼女たちへ無性に憧れてしまいます。
『Never Goin’ Back / ネバー・ゴーイン・バック』のヒロインは、ダイナーでウェイトレスをしながら生活するアンジェラとジェシー。高校を中退しダラダラ過ごす彼女たちは、うんざりするような面倒事に巻き込まれながらも危機を回避していきます。なぜなら「ビーチリゾートへバカンスに行きたい!」の一心があるから。クスリでハイになったりすることもあるちょっと危なげな二人の、犯罪すれすれなやり方も辞さない欲望への忠実さがむしろ頼もしい限りです。アンジェラとジェシーの闘いは別に社会へコミットもしないけれど、そんなメッシー&ポップなワルい冒険には何だか元気をもらえます。
『レッド・ロケット』の主人公マイキーは、おそらく近年上映された映画の中で屈指の問題の多い人物ではないでしょうか。行き当たりばったりで自己中心的、それでも許されてやってきたずるい人間、あけすけに言えば〝クズ〟な奴です。元妻に「ポン引きヒモ野郎」と辛辣に罵倒されるのも納得なこのキャラクターは、ポルノ男優として落ちぶれても、無一文でも、劇中でピンチに陥っても結局反省しません。しかし、自分可愛さにみっともなく奔走していくマイキーには、観終わってみるとなぜか胸がすく思いがしてしまうのです。どうしようもない彼のことをカッコよく描くわけでもなく、かといって罰することはしないショーン・ベイカー監督のフェアな視線は、映画の作り手として信頼できるものがあります。モラル的に全く正しくないこの男の顛末が、どうかこのまま底抜けに明るくあってほしい。何だかそう願ってやみません。
『Never Goin’ Back / ネバー・ゴーイン・バック』も『レッド・ロケット』も、そばにいたらとことん迷惑な人たちばかりが登場する映画です。わかりやすく観客をチアアップもエンパワメントもしないですが、究極の人間賛歌なように私は思います。それはたとえば『タンジェリン』の主人公アレクサンドラとシンディのハイライトシーンのように、大げさでなくても一瞬くらいは誰かと憂鬱を分かち合う時間があるからかもしれません。人間は大体わがままで、あるときはずるい、しかしまた別の瞬間には優しかったりする。この三本のようにそんな人間のグラデーションを見せてくれるからこそ、私はこれからも映画を観に行くのです。
Never Goin’ Back / ネバー・ゴーイン・バック
Never Goin' Back
■監督・脚本 オーガスティン・フリッゼル
■製作 ジェームズ・M・ジョンストン/リズ・カーデナス
■撮影 グレタ・ゾルラ
■編集 コートニー・ウェア
■音楽 サラ・ジャッフェ
■出演 マイア・ミッチェル/カミラ・モローネ/カイル・ムーニー/ジョエル・アレン/ケンダル・スミス/マシュー・ホルコム/アティーナ・フリッツェル
■2018年インディペンデント・スピリット賞ジョン・カサヴェテス賞ノミネート
©2018Muffed Up LLC. All Rights Reserved.
【2023/7/8(土)~7/14(金)上映】
飛びっきりの青春
テキサスの夏。親友であるアンジェラとジェシーは、高校を中退し、ダイナーでウェイトレスのバイトをしながらワンルームに同居していた。ある日、アンジェラがジェシーの誕生日を記念し、憧れのリゾートビーチへのバケーションをプレゼント。旅行費用の支払いでなくなった家賃を稼ぐため、2人はアルバイトを増やしていく。その矢先、自宅に突然強盗が入る騒ぎでやってきた警察が、部屋にあるドラッグを発見し、2人は逮捕されてしまう。アンジェラとジェシーは、はたして憧れのリゾートビーチへ行けるのか。カオスな数日間が幕をあける。
A24が贈る、エネルギー溢れるちょっとおバカな2人の「これまで観たことがない」ティーンムービー!
本作は、オーガスティン・フリッゼル監督のほぼ自伝的映画である。主人公であるアンジェラとジェシーは、治安の悪い環境で違法行為を繰り返しており、お下品な会話も多い。一般的に、こうした若者、とくに女性を描く場合、経済格差や家庭環境など、社会問題にまつわるシリアス描写がつきものだ。しかしながら、監督が「自分と同じ境遇のティーンムービー」を志向した本作は、ゆるく明るいコメディタッチが貫かれている。当事者の視点から「困難のなかサバイブする女子たち」を魅力的に描く、新しく自由なガールズムービーだ。
アンジェラを演じたのはオーストラリアの人気子役出身のマイア・ミッチェル。ジェシー役には、モデル出身のカミラ・モローネ。キャストオーディション中、偶然同室していたミッチェルとモローネを目にした監督は「この2人しかいない」と即断をしたという。
レッド・ロケット
Red Rocket
■監督・編集 ショーン・ベイカー
■製作 ショーン・ベイカー/アレックス・ココ/
サマンサ・クアン/アレックス・サックス/ツォウ・シンチン
■脚本 ショーン・ベイカー/クリス・バーゴッチ
■撮影 ドリュー・ダニエルズ
■出演 サイモン・レックス/ブリー・エルロッド/スザンナ・サン/ブレンダ・ダイス/イーサン・ダーボーン/ジュディ・ヒル/ブリトニー・ロドリゲス/マーロン・ランバート
■第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/2021年LA批評家協会賞男優賞受賞/インディペンデント・スピリット賞主演男優賞受賞・助演
© 2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.
【2023/7/8(土)~7/14(金)上映】
成功は自分のおかげ。失敗はいつも誰かのせい。
「ポルノ界のアカデミー賞を5回逃した」ポルノ俳優だったが、今は落ちぶれ無一文で故郷テキサスへ舞い戻ったマイキー。別居中の妻レクシーと義母リルに嫌がられながらも彼女たちの家に転がり込むことに成功したが、17年のブランクのおかげで仕事はない。昔のつてでマリファナを売りながら糊口を凌いでいたある日、ドーナツ店で働く少女と出会い再起を夢見るが…。
アメリカ社会の片隅で生きる人々を鮮やかに描いた、ひとクセありのヒューマンドラマ
『タンジェリン』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』など、アメリカ社会の「声なき声」を掬い上げ丁寧に描くことに定評のあるショーン・ベイカー監督がパンデミックの最中少数精鋭のクルーで作り上げたのは、ご都合主義でうすっぺら、口先だけの元ポルノスターを主役とした、監督のキャリア中最も想定外の本作だった。 「物語が本当に起こる場所で撮りたい」という監督の意図のもと、撮影監督にはテキサス出身のドリュー・ダニエルズが起用され、テキサス特有の色、湿度、土っぽさを表現するため16mmフィルムを使用し、粗削りでありながらも美しくエモーショナルな景色を映し出している。
主演は、過去のポルノ出演映像が流出したことで一時表舞台から姿を消していたこともある、役とリンクするかのような経歴をもつサイモン・レックス。カンヌ国際映画祭コンペティション部門で上映されるやいなや彼の熱演は大きな話題を呼んだ。ストロベリー役は、LAの映画館のロビーでベイカー監督にスカウトされたスザンナ・サン。彼女は本作をきっかけに大注目を浴び、話題沸騰のドラマ「THE IDOL/ジ・アイドル」にも出演している。
【特別モーニング&レイトショー】タンジェリン
【Morning & Late Show】Tangerine
■監督 ショーン・ベイカー
■脚本 ショーン・ベイカー/クリス・バーゴッチ
■撮影 ラディウム・チャン/ ショーン・ベイカー
■音楽スーパーバイザー マシュー・スミス
■出演 キタナ・キキ・ロドリゲス/マイヤ・テイラー/カレン・カラグリアン/ミッキー・オヘイガン/アラ・トゥマニアン/ジェームズ・ランソン
■2015年インディペンデント・スピリット賞助演女優賞受賞、作品賞・監督賞・主演女優賞ノミネート/サンダンス国際映画祭正式出品/東京国際映画祭ワールドフォーカス部門正式出品 ほか多数受賞・ノミネート
©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
【2023/7/8(土)~7/14(金)上映】
すべてがF**Kなクリスマス・イブ。
太陽が照り付けるロサンゼルスのクリスマス・イブ。街角のドーナツショップで一個のドーナツを分け合うトランスジェンダーの二人。28日間の服役を終え出所間もない娼婦シンディは、自分の留守中に恋人が正真正銘の金髪女と浮気したと聞きブチ切れ、彼女を捜し出してとっちめてやろうと街へ飛び出す。歌手を夢見る同業のアレクサンドラはそんな親友シンディをなだめつつも、その夜に小さなクラブで歌う自分のライブのことで頭がいっぱい。さらに、彼女たちの仕事場の界隈を流すアルメニア人移民のタクシー運転手、ラズミックも巻き込んで、それぞれのカオティックな1日がけたたましく幕を開ける!
最悪な1日の終わりに待ち受ける、切なく美しい友情のかたち。全編スマートフォンで撮影された聖なる夜のL.A.狂騒曲!
アナモレンズを装着した3台のスマートフォンを駆使した斬新な撮影方法で、トランスジェンダーの友情と恋愛をリアル&ポップに描いた『タンジェリン』。『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』で注目を集めていた気鋭ショーン・ベイカーが、超低予算を逆手にとった創意工夫と綿密なリサーチ、確かな技術力で疾走感あふれる独創的な映像世界を作り上げた。リサーチ中に出会ったトランスジェンダーの女性たちを役者として起用し、厳しい現実を生々しく描きながらも、エッジの効いた笑いを全編に散りばめ、下ネタ満載の爆笑コメディに仕上げている。
実生活でも親友同士だという主演二人の爽快なマシンガン・トークと絶妙な掛け合い、スマホならではの自由自在なカメラワークによって、観客も主人公たちとロサンゼルスの街中を駆けずり回っているかのような感覚に! スクリーンから放たれる並々ならぬ熱量が世界中の映画ファンを圧倒した必見作。