【2022/6/4(土)~6/10(金)】『風が吹くまま』『桜桃の味』/『トラベラー』『ホームワーク』

パズー

先日上映しました「ジグザグ道三部作」に続き、アッバス・キアロスタミ監督特集第2弾をお届けします。今回上映するのは、子どもの純真さを捉えた瑞々しい初期の作品『トラベラー』『ホームワーク』と、ユーモアのなかに人生哲学や死生観を織り交ぜた中期の傑作『風が吹くまま』『桜桃の味』の4本です。

サッカーに夢中の少年ガッセムが主人公の『トラベラー』は、キアロスタミの記念すべき長編デビュー作。授業も宿題もさぼってしまうほど朝から晩までサッカーのことばかりのガッセムが、テヘランで開催される試合を見るために、なりふりかまわず奔走する姿を追う愛らしい作品です。

息子の宿題が多すぎて驚いたキアロスタミが、「宿題のための映像リサーチ」としてカメラを回した『ホームワーク』は、キアロスタミ自身が宿題について小学生にインタビューするドキュメンタリーです。代表作『友だちのうちはどこ?』でも宿題ノートは重要なアイテムとして出てきます。宿題をやってこないと必ず先生や親にこっぴどく怒られるのです。手をあげられることも多くの家庭でしばしばだとか…。

イラン映画ではよく子どもが出てきます。なぜなら、検閲が厳しいなかで、子どもという存在を通してイラン社会の問題を間接的に取り上げることができるからです。キアロスタミの作品もまさにそうで、「子ども」を映しつつ、ほんとうは透けて見える「大人たち」を描いているように思います。『トラベラー』では、問題児のガッセムのことを、母親と先生が責任をなすりつけ合うシーンが印象的です。『ホームワーク』は、子どもたちの口からどうにかして教育制度の問題点を引き出したいキアロスタミの魂胆(?)が垣間見えます。子どもとの会話はほとんど取り調べのようで、かなり風変りなドキュメンタリーに仕上がっています。

いっぽう、『風が吹くまま』『桜桃の味』には、これまたキアロスタミ映画の代名詞「ジグザグ道」が出てきます。人生の複雑さ、ままならなさを表しているこの印象的な道が示す通り、この2作は、ほかでは観たことのない方法で私たちに「生」と「死」を問いかけます。

『風が吹くまま』の、変わった葬儀をするという携帯もつながらない田舎の村に取材にやって来たテレビクルーの男。はじめは仕事に追われ、目的を早く達成したいと右往左往するばかり。しかし、待てども待てども葬儀の日は訪れません。のどかな村でひたすら「死」を待ちながら、皮肉にも男はなんでもない日々の豊かさに気がつきます。

カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『桜桃の味』。主人公は車をゆっくり走らせながら今夜決行する自殺を手伝ってくれる人を探し続けます。死にたいという割に会う人会う人と関係ないおしゃべりを続けるところが面白いですが、それこそがキアロスタミの描きたいところなのです。生きることを諦めてしまった男が触れるのは、人生の美しい瞬間や人の温かみばかり。最初は能面のような顔をしていた男の表情に光が差し、車から出て走り出すとき、何度観ても思わず涙がこぼれてしまいます。

“天国は美しい所だと人は言う。
だが私にはブドウ酒の方が美しい。
響きのいい約束より目の前のブドウ酒だ。
太鼓の音も 遠くで聞けば妙なる調べ”
――イランの詩人オマル・ハイヤームの詩の一節(『風が吹くまま』のセリフより)


キアロスタミの映画に必要不可欠なテーマがもっとも顕著に現れていると言える作品たち。
今週は、キアロスタミ・マジックの真髄が堪能できる特集です。

風が吹くまま
The Wind Will Carry Us

アッバス・キアロスタミ監督作品/1999年/イラン・フランス/118分/DCP/ビスタ

■監督・脚本・製作・編集 アッバス・キアロスタミ
■原案 マハムード・アイェディン
■撮影 マームード・カラリ
■音楽 ぺイマン・ヤズダニアン
■サウンド編集 マハマッド・ハッサン・ナジム
■録音 ジャハンギール・ミルシェカリ
■助監督 バフマン・ゴバディ
■製作 マリン・カルミッツ

■出演 ベーザード・ドーラニー/ファザード・ソラビ

■1999年ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞・国際批評家連盟賞受賞/2000年ベルグラード映画祭最優秀賞受賞

©1999 MK2 PRODUCTIONS-ABBAS KIAROSTAMI

【2022年6月4日から6月10日まで上映】

小さな村を訪れたテレビ・クルーの男たち 引き延ばされた死の瞬間は、人生の妙味と喜びを与えてくれる

首都テヘランから700キロも離れた、クルド系の小さな村を訪れたテレビ・クルーたち。彼らは独自の風習で行う村の葬儀の様子を取材しに来たのだが、村を案内する少年ファザードには自分たちの目的を秘密にするよう話して聞かせる。男たちは、危篤状態のファザードの祖母の様子をうかがいながら、数日間の予定で村に滞在する。だが数週間経っても老婆の死は訪れず、ディレクターのベーザードは、予定外の事態に苛立ちを募らせる。

見えない登場人物たち 映画が映画であるということ

麦畑に囲まれた美しい風景のなかで繰り広げられる、主人公と個性豊かな村人たちとのユーモア溢れるやりとり。死を待つ時間という特異な瞬間を写し、キアロスタミの人生哲学をたっぷりと堪能できる一作。

音と言葉の情報量にくらべると、本作の映し出すものはストイックだ。TVクルーは後ろ姿が一瞬だけ映り、彼らの運命を握る老婆の様子もすべて伝聞で伝えられる。人一倍「音」を重要視するキアロスタミの、映像と音のバランスについて、監督自身「おそらくこれは何でも見せる現在の映画への自分なりのアクション」だと語る。また、常にキアロスタミが気にかけてきた「映画が映画であること」というテーマはより内省化し、本作の主役をドキュメンタリー番組のTVディレクターにすることで、映像の仕事が潜在的にもっている、ある種の冷酷さを前面に出し、違う角度から「映画とは?映像とは?」と語りかけてくる。
(公開当時のパンフレット・チラシより一部抜粋)

桜桃の味
Taste of Cherry

アッバス・キアロスタミ監督作品/1997年/イラン・フランス/99分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督・脚本・製作・編集 アッバス・キアロスタミ
■撮影 ホマユン・パイヴァール
■録音 ジャハンギール・ミルシェカリ/モハマッド・レザ・デルパック
■助監督 ハッサン・イェキタ/バフマン・キアロスタミ

■出演 ホマユン・エルシャディ/アブドルホセイン・バゲリ/アフシン・バクタリ/アリ・モラディ/ホセイン・ヌーリ

■1997年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞/1998年全米映画批評家協会最優秀外国語映画賞受賞/ボストン映画批評家協会最優秀外国語映画賞受賞

© 1997 Abbas Kiarostami

【2022年6月4日から6月10日まで上映】

それでも季節はめぐり来る。

黄色い土埃が舞う道中、一台の車を運転する中年男バディ。彼は、街ゆく人々に声をかけ、車のなかに誘い入れてはある奇妙な仕事を持ちかける。「明日の朝、穴の中に横たわった自分に声をかけ、返事があれば助けおこし、返事がなければ土をかけてほしい。そうすれば大金を君に渡そう」。人生に絶望したバディの自殺幇助の頼みを、車内に招かれた、クルド人兵士、アフガン人の神学生らはみな拒絶する。だが最後に乗せたひとりの老人は、自殺しようと思ったことがあると語り始める。ある夜明け前、食べた桑の実に救われた話をバディに語り、生きることの喜びを聞かせるのだったーー。

97年カンヌ国際映画祭・パルムドール受賞 巨匠アッバス・キアロスタミの名前を不動のものにした不朽の名作!

キアロスタミが本作で選んだテーマは”自殺”。彼はルーマニアの哲学者E.Mシオランの言葉「自殺という可能性がなかったら、私はとうに自ら命を断っていただろう」からインスパイアされてこの映画のシノプスを書き上げた。死という観念にとらわれて世界に対して目を閉じるのではなく、別の視角から見ることを促すような、生への毅い肯定を鋭く視覚化する。一台の車のなかで展開される生と死をめぐる果てない会話。自殺という深遠なテーマを扱った物語は、やがて思いもかけぬラストと共に、見る者に生の喜びと人生の美しさを教えてくれる。

「この映画のメッセージは、私からというよりも、すでに自殺してしまった人々から送られていると思います。記録のうえでは、世界は1日に約千人もの人々が自殺しているといいます。そして彼らは世界で生きている何十億の人々にメッセージを送っているのです。
”もし私たちのように人生を味わうことができなかったら、出口のドアは開いています。生きることは強制されてはいません。あなた自身が生きることを選んでいるのです。ですからみなさん、よりよい人生を生きて下さい”。」――アッバス・キアロスタミ(公開当時のパンフレットより一部抜粋)

ホームワーク
Homework

アッバス・キアロスタミ監督作品/1989年/イラン/77分/DCP/スタンダード

■監督・編集 アッバス・キアロスタミ
■撮影 イラジ・サファヴィ
■録音 アハマッド・アスカリ
■音楽 モハマッド=レザ・アリゴリ

■出演 シャビッド・マスミ小学校の生徒と親たち/アッバス・キアロスタミ(インタビュアー、ナレーション)

© 1989 KANOON

【2022年6月4日から6月10日まで上映】

インタビューを通して見えてくる子どもたちの多彩な顔と言葉。

通学路の途中で映画監督がキャメラを据え、登校途中の小学生たちに質問する。「宿題はやってきた?」。監督は“宿題”を通して、学校教育の現状についてのリサーチをするつもりだ。次にカメラは朝礼風景を映し出す。先生に続いて「アラーは偉大だ」と復唱する子供たち。次に暗い教室に撮影機材が準備され、椅子に座った監督とその正面に子供がいる。映し出すのは子供たちのクローズ・アップ。子供は次から次へとカメラの前に座り、監督の質問に答えていく。

イランの教育制度の持つ問題点を浮き彫りにする、宿題をテーマにした傑作ドキュメンタリー。

『友だちのうちはどこ?』で高い評価を得たキアロスタミが次に手がけたのは、宿題と学校教育をめぐるドキュメンタリー。イランの子どもたちはいつもたくさんの宿題に追われていると感じたキアロスタミは、自らインタビュアーとなり、小学校の生徒たちや親たちへ、「宿題」をめぐって次々に質問をする。「なぜ宿題をしてこなかったの?」「誰が宿題を見てくれるの?」その答えから見えてくるのは、それぞれの複雑な家庭事情。家の手伝いに追われて宿題ができない子。宿題を見てあげようにも読み書きのできない親。そうして徐々にイランの教育制度の持つ問題点が浮き彫りになる。社会への警鐘を鳴らしながら、子どもたちの多彩な顔や言葉を見事に記録した傑作。

トラベラー
The Traveler

アッバス・キアロスタミ監督作品/1974年/イラン/72分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 アッバス・キアロスタミ
■原案 ハッサン・ラフィエイ
■撮影 フィルズ・マレクザデエ
■編集 アミール・ホセイン・ハミ
■録音 アハマッド・アスカリ
■音楽 カンビズ・ロシャンラヴァン

■出演 ハッサン・ダラビ/マスウード・ザンドベグレー

■1975年第9回テヘラン国際児童映画祭審査員金賞受賞/1993年山形国際ドキュメンタリー映画祭特別招待作品

© 1974 KANOON

【2022年6月4日から6月10日まで上映】

サッカーに夢中な少年の、可笑しくもせつない冒険譚。

小学校に通う10歳のガッセムは、サッカーに夢中なあまり宿題も授業もさぼりがちで、いつも先生や母親に叱られてばかりいる。そんな彼の夢は、テヘランで開催されるサッカーの試合を見に行くこと。そのためには、テヘランまでのバス代とチケット代が必要だ。サッカーのためなら嘘も盗みも厭わないガッセムは、友達のアクバルを道連れに、あの手この手でお金を稼ごうとする。果たして彼は無事サッカーの試合を見ることができるのか…?

キアロスタミ監督の瑞々しい長編デビュー作!

チケットを求めて走り回るガッセム少年の姿を瑞々しく描き出した、キアロスタミ監督の記念すべき長編デビュー作。少年の大胆不敵さに笑いながらも、彼の一途な思いにどこか哀切を感じずにいられない、可笑しくもせつない冒険譚。