【2022/4/9(土)~4/15(金)】『友だちのうちはどこ?』『そして人生はつづく』『オリーブの林をぬけて』

パズー

2016年にアッバス・キアロスタミ監督が亡くなったときの喪失感は今も忘れられません。自分を形作っていたものの一部分を失ってしまったような気になり、自分のなかでどれほどキアロスタミの映画が大切なものだったのか思い知りました。

今週の早稲田松竹は、イランの巨匠、アッバス・キアロスタミの代表作『友だちのうちはどこ?』をふくむ、<ジグザグ道三部作>(もしくはコケール・トリロジー、コケールとは舞台となったカスピ海近辺の地方の名)シリーズを上映します。

友達のノートを間違えて持って帰ってしまった少年が、となりの村までひとりでノートを返しにいく道程を追った『友だちのうちはどこ?』。そのロケ地が大地震に見舞われ、映画に出ていた少年たちを探す旅に出る『そして人生はつづく』。『そして人生はつづく』に新婚夫婦役で出演したふたりの実際のエピソードから物語をふくらませた『オリーブの林をぬけて』。単純な続編ではなく、それぞれが不思議でゆるやかなつながりを持っている三部作です。

<ジグザグ道>というのは、3作品すべてに登場する、印象的なジグザグの道のこと。キアロスタミいわく「目標にたどり着くことの難しさを表している」のだそうです。

たしかに、キアロスタミの映画の登場人物は、寄り道や無駄足ばかりでなかなか目的や答えにたどり着くことができません。誰かとの会話もスマートにはいかず、同じ質問を繰り返すので、なんとももどかしい気持ちにさせられます。ジェットコースターのような展開を楽しむエンタメ大作や、YouTubeなどの最近の短い動画とはまるきり対極にあるものといえます。

でも現実とは本来そういうものではないでしょうか。最短距離でゴールに到着できることなんてめったにないでしょう。たくさんの回り道とたくさんの無駄な時間があるのが人生というもの。現実に近いから、キアロスタミの作品に流れているテンポに一度身を任せてしまえば、とても心地よく感じるはずです。

キアロスタミの映画にはプロの俳優はほとんど出演しません。その土地で生きている人たちが、時には名前も役柄もそのまま画面に現れます。またある時には実際の撮影スタッフも出てきます。カメラの後ろにいるべき彼らが、さも当たり前に映り込んでいるのだから、驚きとともに笑ってしまいます。

『友だちのうちはどこ?』に出演した村のおじいさんが『そして人生はつづく』にも出てきます。おじいさんの家は地震でも壊れなかった。でもきれいな家をカメラが映している時、どこかからおじいさんの声が聞こえてきます。「本当は、ここはわしの家じゃない。これは映画の中の家なんだ。本当の家は壊れてしまったんだよ。」と・・・。いったい、どこからが演出でどこからが現実なのか、頭で考えようとすると混乱してきます。そう、実はキアロスタミの映画は至る所に嘘が隠されているのです。

きっとキアロスタミは、映画という“フィクション=嘘”の中で、どうにかして“現実”をつかもうとしていたのだと思います。なぜこんな自然な瞬間が撮れるのか。なぜ素人から驚くべき演技や表情を引き出せるのか。ドキュメンタリーのようにありのままを映しているようにみえて、時間と労力を惜しむことなく、カメラの前に“現実”が立ち現れる瞬間を辛抱強く待ち続ける。待って待って待って、やっと訪れるその一瞬を逃さない。それが魔法のように素晴らしいシーンになるのです。偶然生まれる奇跡と、巧妙な狙いがある演出とのはざまに、彼の映画の魅力のすべてがあるのだと思います。

キアロスタミの映画は、いじわるで、したたかです。それなのに自然で、おおらかで、とてつもなく優しい。会ったことはないけれど、キアロスタミってそういう人だったんじゃないかなぁ。この映画には、嘘も本当もありません。すべて嘘であり、すべて本当なのです。現実だってそういうものでしょう? 映画を観ていると、彼にそう言われているような気がします。

友だちのうちはどこ?
Where Is the Friend's House?

アッバス・キアロスタミ監督作品/1987年/イラン/83分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督・脚本・編集 アッバス・キアロスタミ
■撮影 ファルハッド・サバ
■録音 ジャハンギール・ミルシェカリ
■美術 レザ・ナミ

■出演 ババク・アハマッドプール/アハマッド・アハマッドプール/ホダバフシュ・デファイ/イラン・オタリ

■1987年ファジル国際映画祭最優秀監督賞・最優秀録音賞・審査員特別賞受賞/1989年ロカルノ国際映画祭銅豹賞・国際批評家賞・芸術協会賞・国際芸術映画同盟賞・国際キリスト教協会賞受賞

© 1987 KANOON

【2022年4月9日から4月15日まで上映】

友だちの家を探して、少年は必死で駆けていく。

イラン北部の小さな村の小学校。あるクラスで先生が題をしてきたモハマッド=レザに「今度宿題をノートにしてこなかったら退学だ!」と𠮟りつけ、宿題の紙を破ってしまう。彼は泣き出し、隣の席にいるアハマッドは心配気だ。ところが、アハマッドが家に帰ってみるとカバンのなかに間違ってモハマッド=レザのノートが入っているでなはいか。とにかく彼にノートを返さなければ…。ジグザグ道の丘を越え、林を抜け、アハマッドは遠い隣村までノートを抱えて走る。しかし住所の分からない彼はいつまでたってもたどり着かない。やっと友だちのうちを知っているという老人に出会うが、その人が指した家は別の子の家だった…。

誰もが幼い日に持っていた宝物。世界にキアロスタミの名を知らしめた珠玉の名作。

本作『友だちのうちはどこ?』は、1987年ファジル国際映画祭で最優秀監督賞、最優秀録音賞、審査員特別賞を受賞し、キアロスタミ監督の名はイラン国内で不動のものとなった。翌1988年にはフランスのナント3大陸映画祭に出品され国際的な注目を浴び、続く1989年スイスのロカルノ国際映画祭で銅豹賞など5つの賞を総なめし、イラン映画の水準の高さとキアロスタミ監督の卓越した才能を世界各国に知らしめた、映画史上に輝く傑作である。

何度も道に迷い、大人たちに翻弄されるアハマッド少年の不安げな表情が、のどかな風景のなか実にスリリングに映し出される。職業俳優を使わず、村の住人や子どもたち、実際の家や学校を用いて撮影するキアロスタミの撮影スタイルを象徴する作品。アハマッドが何度も走り抜ける「ジグザグ道」の風景は、その後の作品にも受け継がれていく。

そして人生はつづく
And Life Goes on…

アッバス・キアロスタミ監督作品/1992年/イラン/95分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督・脚本・編集 アッバス・キアロスタミ
■撮影 ホマユン・パイヴァール
■録音 ハッサン・ザヘディ/チャンギス・サイヤッド
■ミキシング チャンギス・サイヤッド

■出演 ファルハッド・ケラドマンド/プーヤ・パイヴァール/ハドーバル及びロフタマバードの住民

■1992年カンヌ国際映画祭ある視点部門・ロッセリーニ賞受賞/1992年東京国際映画祭インターナショナル・コンペティション正式出品

© 1991 KANOON

【2022年4月9日から4月15日まで上映】

地震の被災者に捧げられた“生への賛歌”

1990年、イラン北部を襲った大地震。『友だちのうちはどこ?』の撮影現場はこの地震の震央だった。キアロスタミ監督は主演の二人の少年の消息をたずねて、すぐに被災地へ向かう。そこで彼が観たものは無残に崩壊した村々だった。子供たちの消息も分からない。が、監督が目を移すとそこには、青々と残ったオリーヴの林家、羊の群れや、天災を嘆きながらも、たくましく生活を再建しようとする人間の姿があった。旅をつづけるうちに彼の関心は少年たちを見つけだすことよりも、災害にも負けずに生を営もうとする人間や自然のたくましさへと移っていく――。

『友だちのうちはどこ?』の少年たちを探す監督親子の旅――大地震の起きたイランで見つけたのは、生きることへの希望

地震後、キアロスタミ監督は息子を伴いすぐに被災地へ向かった。想像力を自由自在に使い、緻密に計算をしながら、自身の体験を元に父子の行程を再現したのがこの作品である。『友だちのうちはどこ?』の後日譚ともいえる本作は、1992年、世界の檜舞台でもあるカンヌ国際映画祭で“ある視点”部門のオープニングを飾り、その年、最も映画界に貢献した人物や団体に贈られるロッセリーニ賞を受賞した。

撮影は地震から半年後に実際の被災地で行われ、監督役には当時イランの経済庁で働いていた男が抜擢された。「私の映画に出ていた子たちを知ってる?」。車に乗り、少年たちを探しまわる監督親子の奇妙なロードムービー。そこには、地震で崩壊した村の悲惨な現状がまざまざと映し出される一方で、人間のたくましさと生きることへの希望が刻まれている。『友だちのうちはどこ?』と『オリーブの林をぬけて』をつなぐ重要作。

オリーブの林をぬけて
Through the Olive Trees

アッバス・キアロスタミ監督作品/1994年/イラン/103分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督・製作・脚本・編集 アッバス・キアロスタミ
■撮影 ホセイン・ジャファリアン/ファルハッド・サバ
■音楽 マハムード・サマクバシ
■ミキシング チャンギス・サイヤッド
■助監督 ジャファール・パナヒ

■出演 ホセイン・レザイ/タヘレ・ラダニアン/モハマッド=アリ・ケシャヴァーズ/ザリヘ・シヴァ/ファルハッド・ケラドマンド

■1994年カンヌ国際映画祭コンペティション正式出品/1994年ロカルノ国際映画祭特別招待作品

© 1994 Ciby 2000 – Abbas Kiarostami

【2022年4月9日から4月15日まで上映】

オリーブの林を風が渡り、木々の葉が陽光をはねかえすとき、少女は愛の言葉を聞いた。

大地震に見舞われた村で映画が撮影されている。撮影スタッフの雑用係ホセインは地震の翌日に挙式した新婚夫婦の夫役に抜擢された。ところが偶然にも、妻を演じるのはホセインが以前にプロポーズした美しい少女タヘレだった。持ち家もなく、字が読めないという理由で彼はタヘレの両親から求婚を断られていたのだ。

タヘレ本人の気持ちが知りたい。撮影が終われば、もう彼女に会えない。撮影の間、ホセインはひたむきに彼女に話しかけるが…。

映画づくりの裏にはいつもドラマが隠されている 「ジグザグ道三部作」のフィナーレを飾る傑作!

『オリーブの林をぬけて』は1994年のカンヌ国際映画祭に、イラン映画としては初めてコンペティション部門に正式出品された。『友だちのうちはどこ?』『そして人生はつづく』につづき「ジグザグ道三部作」のフィナーレを飾る本作は、前作『そして人生はつづく』の中で大地震の翌日に式を挙げたという新婚夫婦役を演じた若いカップルの実話がもとになって作られた。だが実際に夫役を演じた青年は、以前、妻役の少女にプロポーズし断られていた。ふたりの過去を知ったキアロスタミは、このエピソードをもとに映画をつくることを決意する。

前二作に登場した村、そしてジグザグ道を舞台に、再び至福の映画が誕生する。結婚を諦めきれないホセインと決して彼の言葉に応えようとしないタヘレ。果たして彼女の気持ちはどこにあるのか…? 映画内映画という入れ子細工のような構成のなかで、虚構と現実の境界線はどこまでも曖昧になっていく。映画製作の裏側で巻き起こるドラマをユーモアたっぷりに描き出す、キアロスタミ流ラブストーリー。