「ヨーロッパでは歴史的に、ステレオタイプな偏見が広まると、そこには不穏な共鳴が生まれます。 臆せずに言えば『希望のかなた』はある意味で、観客の感情を操り、彼らの意見や見解を疑いもなく 感化しようとするいわゆる傾向映画(※)です」―アキ・カウリスマキ
※傾向映画とは1920年代にドイツおよび日本でおこった、商業映画の中で階級社会、 および資本主義社会の矛盾を暴露、批判した左翼的思想内容をもつプロレタリア映画。
2002年のニューヨーク映画祭のことを忘れてはならない。イランの巨匠アッバス・キア ロスタミ監督がイラン国籍だという理由でビザの申請がおりずに入国拒否された。 同時多発テロの影響だ。そのとき、その知らせを聞いたアキ・カウリスマキ監督は 同映画祭への参加をボイコットした。
「世界中で最も平和を希求する人物の一人であるキアロスタミ監督にイラン人だからビザが出ないと聞き、深い哀しみを覚える。 石油すらもっていないフィンランド人はもっと不要だろう。米国防長官は我が国でキノコ狩りでもして気を鎮めたらどうか。 世界の文化の交換が妨害されたら何が残る? 武器の交換か?」
キアロスタミの映画を知っている者、カウリスマキの映画を知っている者にとって、この映画を通じた敬愛と信頼、 そして怒りを表明する彼の態度がどれだけ頼もしく思えたことか。しかし、これがどんな格闘のはじまりだったのか その当時はまだわかっていなかった。国際的なテロの脅威に防衛心が過剰に高まり、不寛容になっていく世界でキア ロスタミはこの世を去り、カウリスマキは『ル・アーヴルの靴みがき』に続いて難民三部作と名付けた連作として この『希望のかなた』を撮ったのだ。
ウェス・アンダーソン監督は前作『グランド・ブタペスト・ホテル』を、今日の世界の状況を反映しながら、 ステファン・ツヴァイクの著作を元に描いていった。第一次世界大戦前夜の古き良き時代。そこにかろうじて 存在したヨーロッパの夢、世界市民、コスモポリタリズム。しかしその結末が決してハッピーエンドでは なかったことを私たちは知っている。
その精神は架空の日本を題材にしながらも、20世紀のヨーロッパひいてはトランプ政権発足後の、 世界の情勢に影響をうけながら製作されたという「犬ヶ島」にも引き継がれている。 これは変化する現代社会のなかで、居場所を失うものたちへと向けた彼らからのメッセージなのだ。
2人の映画監督が、無知と偏見に塗れた現代社会を切り出して、よるべない者たちの友情と 助け合いを描いた『犬ヶ島』と『希望のかなた』。わたしたちはこの映画を見たあとにこう叫ばず にはいられないはずだ。「犬に不公平だ!」「少年に不公平だ!」「難民に不公平だ!」 「シリア人に、イラン人に…」
(ぽっけ)
希望のかなた
TOIVON TUOLLA PUOLEN
(2017年 フィンランド 98分 ビスタ/SRD)
2018年10月6日から10月12日まで上映
■監督・製作・脚本・美術 アキ・カウリスマキ
■撮影 ティモ・サルミネン
■照明 オッリ・ヴァルヤ
■衣装 ティーナ・カウカネン
■録音 テロ・マルムバリ
■編集 サム・ヘイッキラ
■出演 シェルワン・ハジ/サカリ・クオスマネン/イルッカ・コイヴラ/ヤンネ・ヒューティアイネン/ヌップ・コイブ/カイヤ・パカリネン/ニロズ・ハジ/サイモン・フセイン・アルバズーン/ヴァルプ/カティ・オウティネン/マリヤ・ヤルヴェンヘルミ
■2017年ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞/国際批評家連盟賞年間グランプリ ほか多数受賞・ノミネート
©SPUTNIK OY, 2017
内戦が激化する故郷シリアを逃れた青年カーリドは、生き別れた妹を探して、偶然にも北欧フィンランドの首都ヘルシンキに流れつく。空爆で全てを失くした今、彼の唯一の望みは妹を見つけだすこと。ヨーロッパを悩ます難民危機のあおりか、この街でも差別や暴力にさらされるカーリドだったが、レストランオーナーのヴィクストロムは彼に救いの手をさしのべ、自身のレストランへカーリドを雇い入れる。そんなヴィクストロムもまた、行きづまった過去を捨て、人生をやり直そうとしていた。それぞれの未来を探す2人はやがて“家族”となり、彼らの人生には希望の光がさし始めるが…。
2017年のベルリン国際映画祭で観る者すべての胸に深い余韻を残し、批評家のみならず観客からも圧倒的支持を受けたアキ・カウリスマキ監督『希望のかなた』。同映画祭で見事、監督賞を受賞したカウリスマキは、前作『ル・アーヴルの靴みがき』で“港町3部作”と名付けたシリーズ名を自ら“難民3部作”に変えて、今や全世界で火急の課題となった難民問題に再び向かいあう。
主人公カーリドを演じるのはシリア人俳優シェルワン・ハジ。ヴィクストロム役のサカリ・クオスマネンをはじめとする個性的なカウリスマキ組の常連たち、そしてカウリスマキの愛犬ヴァルプとのアンサンブルを見事にこなし、映画初主演ながらダブリン国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。また、物語に絶妙にシンクロするフィンランドのベテランミュージシャンによる演奏シーンの数々や、痛烈な“わさびネタ”も必見だ。
犬ヶ島
Isle of Dogs
(2018年 アメリカ 101分 シネスコ)
2018年10月6日から10月12日まで上映
■監督・脚本 ウェス・アンダーソン
■原案 ウェス・アンダーソン/ロマン・コッポラ/ジェイソン・シュワルツマン/野村訓市
■製作 ウェス・アンダーソン/スコット・ルーディン/スティーヴン・レイルズ/ジェレミー・ドーソン
■撮影 トリスタン・オリヴァー
■アニメーション監督 マーク・ウェアリング
■音楽 アレクサンドル・デスプラ
■声の出演 ブライアン・クランストン/コーユー・ランキン/エドワード・ノートン/ボブ・バラバン/ビル・マーレイ/ジェフ・ゴールドブラム/野村訓市/高山明/グレタ・ガーウィグ/フランシス・マクドーマンド/伊藤晃/スカーレット・ヨハンソン/ハーヴェイ・カイテル/F・マーリー・エイブラハム/オノ・ヨーコ/ティルダ・スウィントン/野田洋次郎/渡辺謙/夏木マリ/フィッシャー・スティーブンス/村上虹郎/リーヴ・シュレイバー/コートニー・B・ヴァンス
■2018年ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
近未来の日本。ドッグ病が大流行するメガ崎市では、人間への感染を恐れた小林市長が、すべての犬を“犬ヶ島”に追放する。ある時、12歳の少年がたった一人で小型飛行機に乗り込み、その島に向かった。愛犬で親友のスポッツを救うためにやって来た、市長の養子で孤児のアタリだ。島で出会った勇敢で心優しい5匹の犬たちを新たな相棒とし、スポッツの探索を始めたアタリは、メガ崎の未来を左右する大人たちの陰謀へと近づいていく──。
『ファンタスティックMr.FOX』でストップモーション・アニメの新次元を切り開き、『グランド・ブダペスト・ホテル』でアカデミー賞9部門にノミネートされたウェス・アンダーソン監督が、自身の最高傑作を塗り替える最新作を完成させた! 日本を深く愛する監督が、「黒澤明をはじめとする日本の巨匠たちから強いインスピレーションを受けて作った」と語る本作の舞台は近未来の日本。4年の歳月をかけて670人ものスタッフによって心を込めて作り上げられた、愛さずにはいられない登場人物と犬たちが、一つ一つ精巧にデザインされた驚愕の“日本”セットで、壮大な旅を繰り広げる。
犬たちの声には、エドワード・ノートン、ビル・マーレイ、ジェフ・ゴールドブラムなど第一線で活躍する俳優たちが名前を連ね、『グランド・ブダペスト・ホテル』でアカデミー賞に輝いた美術のアダム・ストックハウゼンや、同作と『シェイプ・オブ・ウォーター』で同賞を2度獲得した音楽のアレクサンドル・デスプラら当代一流のスタッフが参加している。野村訓市、野田洋次郎(RADWINPS)、渡辺謙、オノ・ヨーコらユニークな日本のボイスキャスト陣の演技も聞き逃せない。