今週はギレルモ・デル・トロ監督特集。日本のマンガやアニメ、特撮映画に大きく影響され、そのインスピレーションを数々の作品で惜しげもなく披露しているクールジャパン逆輸入なデル・トロ監督。本年度アカデミー賞作品賞を含め4部門を受賞し話題となった最新作『シェイプ・オブ・ウォーター』と、過去作にしてダークファンタジーの傑作ともうたわれる『パンズ・ラビリンス』。この夏、ザ・デル・トロ・ワールドに浸れること間違いなしの二本立てをお届けします。
私が最初にギレルモ・デル・トロ監督の作品を観たのは、代表作とも言える『パンズ・ラビリンス』でした。可愛らしい少女が映っているビジュアルとは裏腹に物語はオープニングから不穏な空気を漂わせています。主人公オフェリアは母の再婚相手と上手くいかず、楽しみは弟が生まれてくることとおとぎ話の本を読むこと。ある日、不思議な迷宮を見つけたオフェリアの前に山羊の姿をしたパン(牧神)が現れ、彼女が地下の王国の王女であることを告げます。3つの試練をクリアすると、もとの王国に戻ることができ、痛みも苦しみもない幸せな暮らしが待っているのです。
当時高校生だった私は、暗く残酷な現実世界で居場所がないように感じていたオフェリアが空想の世界に自分だけの居場所を見つけようとしている姿に、気づいたら自分を重ね合わせていました。自分ではどうすることも出来ない現実から、逃避するかのごとく、少女はおとぎの国の世界にのめりこむけれど、現実は容赦なく襲い掛かります。その厳しく冷酷な世界の象徴として母の再婚相手のビダル大尉が強烈なインパクトを放っています。ゲリラを捕虜にして拷問を続け、表情ひとつ変えずに惨殺するビダル大尉はまさに人間の皮を被ったバケモノです。オフェリアが挑戦する試練で出逢う怪物たちも恐ろしいですが、現実世界のビダル大尉の姿は怪物たちより怪物らしい。いつだって怖いのは人間と自身の正義を疑うことなく振りかざす行為だということを思い知らされます。
最新作『シェイプ・オブ・ウォーター』ではデル・トロ監督が今までと異なる一面をみせ、観客を新たな世界へと導いてくれます。過去のトラウマから声が出せない主人公イライザとアマゾンの奥地から研究施設に運び込まれた謎の水生生物“彼”が惹かれあう種族を超えた壮大なラブストーリー。クラシック映画から多くのヒントをもらい製作したと語るデル・トロ監督ですが、ただのメロドラマに収まるはずもなく、不思議な力を持った“彼”を巡って政治的な思惑が絡み合い、主人公たちは事件に巻き込まれていきます。
デル・トロ監督が『パンズ・ラビリンス』で扱った現代社会に対するアンチテーゼをおとぎ話で伝える手法は今作でも発揮されています。主人公イライザの友人たちは社会の枠から押し出されてしまったアウトサイダーな人々。そして彼らを執拗に追い込んでいくのは、出世のため自分に逆らうものに対し徹底的に排除、抑圧することもいとわない男ストリックランドです。彼はアメリカの今を映したキャラクターであるとインタビューで監督は語っています。一見、アメリカ的成功を収めているようにみえるストリックランドですが、それとは逆に社会の奴隷のようにもみえてきて、完全なる悪役では収まらないところにもぜひ注目していただきたいと思います。ある人にとってはとても魅力的で無くてはならない存在、ある人にとっては醜く奇妙なバケモノ、またある人にとっては、美しく神秘的で神に近い存在。この作品を観た人たちにとって“彼”はどのように映り、どのような愛の形をみつけるのでしょうか。
この2作品が織り成す、極上な大人のための童話をぜひ劇場でご堪能ください。
パンズ・ラビリンス
El laberinto del fauno
(2006年 スペイン/メキシコ 119分 ビスタ)
2018年7月14日から7月20日まで上映
■監督・製作・脚本 ギレルモ・デル・トロ
■製作 アルフォンソ・キュアロン
■撮影 ギレルモ・ナバロ
■美術 エウヘニオ・カバレロ
■特殊メイクアップ ダビド・マルティ/モンセ・リベ
■音楽 ハビエル・ナバレテ
■出演 イバナ・バケロ/セルジ・ロペス/アリアドナ・ヒル/マリベル・ベルドゥ/ダグ・ジョーンズ
■2006年アカデミー賞撮影賞・美術賞・特殊メイクアップ賞受賞ほか3部門ノミネート/全米批評家協会賞作品賞受賞/カンヌ国際映画祭パルムドールノミネート ほか多数受賞ノミネート
©2006 ESTUDIOS PICASSO,TEQUILA GANG Y ESPERANTO FILMOJ
1944年のスペイン。内戦で優しかった父を亡くしたオフェリアは、母カメルンの再婚相手、独裁者フランコに心頭するビダル大尉の元に身を寄せる。大尉の子供を宿した母は日に日に衰弱し、その義父は残忍な本性をオフェリアにちらつかせる。孤独と不安に苛まれ、森を彷徨うオフェリアが足を踏み入れたのは謎めいた迷宮だった。
彼女の前に現れたのは山羊の姿をしたパン(牧神)。いたずら好きの彼は戸惑うオフェリアに夢のような言葉を囁いた。「あなたは、長い間探し続けていた魔法の王国のプリンセスに違いない。それを確かめるためには、3つの試練を克服しなければ」と。オフェリアはパンの言葉に夢と希望を託した。なぜなら、彼女を取り巻く現実はあまりに過酷で、3つの試練でさえもたやすいだろうと思えたからだった…。
2006年カンヌ国際映画祭で大絶賛され、スペイン、イギリス、全米で数々の賞を受賞。アカデミー賞では撮影賞、美術賞、メイクアップ賞を受賞したほか、各国で熱い称賛を受け、数え切れないプライズを獲得した『パンズ・ラビリンス』。スペインの鬼才ギレルモ・デル・トロ監督は、日本のアニメやマンガにも造詣が深く、おたく監督と呼ばれることも多いが、本作でその枠に留まらない才人であることを見事に証明して見せた。
恐ろしい現実世界と、童話的世界をメビウスの輪のようにつなぎ合わせ、残酷さと美しさが同居した圧倒的な映像で描かれる本作は、一般的なファンタジー作品とはまったく異なるテイストで、現実と幻想がラビリンスのように絡み合い、それぞれの闇を容赦なく映し出す。独創的で豪華な物語世界を旅しながら、無垢な魂を持った一人の少女のビジョンを通して、世界に蔓延する憎悪や哀しみを希望に変えるファンタジーの純粋な美しさが深い感動を与えてくれる。
シェイプ・オブ・ウォーター
THE SHAPE OF WATER
(2017年 アメリカ 124分 ビスタ)
2018年7月14日から7月20日まで上映
■監督・製作・原案・脚本 ギレルモ・デル・トロ
■製作 J・マイルズ・デイル
■脚本 ヴァネッサ・テイラー
■撮影 ダン・ローストセン
■美術 ポール・デナム・オースタベリー
■編集 シドニー・ウォリンスキー
■音楽 アレクサンドル・デスプラ
■出演 サリー・ホーキンス/マイケル・シャノン/リチャード・ジェンキンス/ダグ・ジョーンズ/マイケル・スタールバーグ/オクタヴィア・スペンサー
■2017年アカデミー賞作品賞・監督賞ほか2部門受賞・9部門ノミネート/ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞/ゴールデン・グローブ賞監督賞・音楽賞受賞ほか5部門ノミネート/全米批評家協会賞主演女優賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
©2017 Twentieth Century Fox Film Corporation
1962年、アメリカ。政府の極秘研究所で働くイライザは、秘かに運び込まれた不思議な生きものを見てしまう。アマゾン奥地で神のように崇められていたという“彼”の奇妙だがどこか魅惑的な姿に心を奪われたイライザは、周囲の目を盗んで会いに行くようになる。子供の頃のトラウマで声が出せないイライザだったが、“彼”とのコミュニケーションに言葉は必要なかった。音楽とダンスに手話、そして熱い眼差しで二人の心が通い始めた時、イライザは“彼”が間もなく国家の威信をかけた実験の犠牲になると知る――。
アンデルセンの「人魚姫」から、『シザーハンズ』や『美女と野獣』など、いつの時代も愛されてきた種族を超えたラブストーリー。その新たなる傑作『シェイプ・オブ・ウォーター』は、愛すべきアウトサイダーたちを温かな眼差しで描くユーモアとサスペンスで彩られた愛の物語である。名匠ギレルモ・デル・トロ監督の比類なき世界観でベネチア国際映画祭をはじめ数々の映画賞を席巻し、見事アカデミー賞作品賞に輝いた。
ヒロインのイライザを演じるのは『ブルー・ジャスミン』のサリー・ホーキンス。溢れんばかりの感情を言葉を発することなく表現し、その渾身の演技でアカデミー賞にノミネートされた。また、『ヘル・ボーイ』や『パンズ・ラビリンス』などデル・トロ作品常連のダグ・ジョーンズが“彼”に扮し、人間の女性でも「彼となら恋に落ちる」と確信できる、魅力的かつ官能的なキャラクターを生み出した。その他、オクタヴィア・スペンサー、リチャード・ジェンキンス、マイケル・シャノンなどオスカーの常連俳優が豪華共演。デル・トロ監督自らあて書きしてオファーしたという絶妙なキャスティングが実現した。