1926年、東京大塚の開業医の三男として生まれる。51年に松竹大船撮影所の助監督部に入社。小津安二郎や川島雄三のもとで助監督につく。その後、日活に移り、脚本家の山内久と共に、『幕末太陽伝』のシナリオを担当。58年、『盗まれた欲情』で監督デビュー。
一貫して人間の性(さが)を追求し、この人間のエゴを露呈した作品群を自ら"重喜劇"と称す。66年、今村プロダクションを設立。75年、横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学)を開校、校長・理事長を務める。
79年の『復讐するは我にあり』は国内の様々な賞を総ナメにした。83年『楢山節考』、97年『うなぎ』で、2度のカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。06年、79歳で逝去。
・盗まれた欲情('58)
・西銀座駅前('58)
・果しなき欲望('58)
・にあんちゃん('59)
・豚と軍艦('61)
・にっぽん昆虫記('63)
・赤い殺意('64)
・「エロ事師たち」より 人類学入門('66)
・人間蒸発('67)
・神々の深き欲望('68)
・にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活('70)
・復讐するは我にあり('79)
・ええじゃないか('81)
・楢山節考('83)
・女衒 ZEGEN('87)
・黒い雨('89)
・うなぎ('97)
・カンゾー先生('98)
・赤い橋の下のぬるい水('01)
赤い殺意
(1964年 日本 150分 シネスコ/MONO)
■監督・脚本 今村昌平
■原作 藤原審爾
■脚本 長谷部慶次
■撮影 姫田真佐久
■美術 中村公彦
■編集 丹治睦夫
■音楽 黛敏郎
■出演 春川ますみ/西村晃/楠侑子/露口茂/日野利彦/赤木蘭子/北林谷栄/北村和夫/宮口精二/北原文枝
夫・吏一の出張中、貞子は強盗に犯された。そして2日後も、また…。 夫に打ち明けられぬまま、ずるずると日が過ぎていく。やがて強盗は大胆さを増し、デパートでも声をかけてくるようになった。吏一はけちで、浮気男でもあったが、ようやく貞子の態度に疑いを抱き始める。強盗は執拗だった。貞子を追い回し、その豊満な肉体を貪る。いつしか貞子もまた彼の激しい愛撫に陶酔するようになっていた。「このままでは…」。貞子の胸には殺意が芽生えるが…。
鈍重を絵に描いたようなヒロインが、次第に危機をはね返し、図太く主体的に行動するようになる過程をサスペンスフルに描いた今村初期の代表作。ヒロインを体当たりで見事に演じたのは春川ますみ。のちの『トラック野郎』シリーズのジョナサンの肝っ玉母ちゃん役など、コメディエンヌとしてお馴染みの彼女が見せる、シリアスで狡猾な女の顔が衝撃的。今村自身が最高傑作と称した一本。
豚と軍艦
(1960年 日本 108分 シネスコ/MONO)
■監督 今村昌平
■脚本 山内久
■撮影 姫田真佐久
■美術 中村公彦
■音楽 黛敏郎
■出演 長門裕之/吉村実子/三島雅夫/小沢昭一/丹波哲郎/山内明/ 加藤武/殿山泰司/西村晃/南田洋子/中原早苗
米軍基地の街・横須賀。モグリの売春ハウスを取り締まられた日森一家が思いついたのは、基地から出る残飯を使った豚の大量飼育だ。仕事を任されたチンピラの欣太は、これで自分もいい顔になれて、恋人の春子とも一緒になれると張り切るが、やがて利益をめぐる分裂抗争が発火する。欲に目がくらんだ者たちは豚を取りあい、争いがエスカレート、ドブ板通りに大量の豚の大群が荒れ狂う…。
闇社会の住人たちが跋扈する、混沌とした横須賀を舞台にした今村節炸裂の「重喜劇」。今村昌平の出世作だが、主人公カップルの息せき切ったような鮮烈な生き方には、ゴダール『勝手にしやがれ』や大島渚『青春残酷物語』、吉田喜重『ろくでなし』など同時代ヌーヴェルバーグ作品との共通する時代感覚も伺える。スコセッシも驚嘆した猥雑なリアリズムと様式美の豊かな共存は、いま見ても色褪せない。
神々の深き欲望
(1968年 日本 175分 シネスコ/MONO)
■監督・脚本 今村昌平
■脚本 長谷部慶次
■撮影 栃沢正夫
■美術 大村武
■編集 丹治睦夫
■音楽 黛敏郎
■出演 三國連太郎/河原崎長一郎/北村和夫/沖山秀子/嵐寛寿郎/加藤嘉/松井康子/浜村純
※本編はカラーです。
今から二十余年前、四昼夜にわたる暴風に襲われ津波にみまわれた島。台風一過、島人たちは、神事を司る根吉が作っている神田に真赤な巨岩が屹立しているのを発見した。神への畏敬と深い信仰を持つ島人たちは、この凶事の原因を詮議し、根吉を罰する。根吉の妹ウマは区長の竜立元の囲い者になり、根吉の息子・亀太郎は若者たちから疎外された。そんな折、東京から製糖会社の技師・刈谷が、水利工事の下調査に訪れ…。
今村の日活時代の集大成的作品。南国の架空の島を舞台に、独自の風習が残る共同体が、近代化の波に揉まれ解体していく様を黒い笑いとともに描いている。後の『釣りばか日誌』シリーズでの飄々とした芝居とは対極のワイルドな三國連太郎や、獣じみた存在感を見せ付ける沖山秀子など、奇々怪々な面々が見せる色と欲が絡み合った人間模様は、南海の雄大な自然を背景に、時にグロテスクかつ崇高な輝きを放つ。構想6年・撮影2年、予算を大幅に超過した末に生み出された本作は、異様なグルーヴが全篇に満ちた怪作だ。
楢山節考
(1983年 日本 131分 ビスタ/MONO)
■監督・脚本 今村昌平
■原作 深沢七郎
■製作 友田二郎
■撮影 栃沢正夫
■美術 芳野尹孝/稲垣尚夫
■編集 岡安肇
■音楽 池辺晋一郎
■出演 緒形拳/坂本スミ子/左とん平/あき竹城/倍賞美津子/清川虹子/三木のり平/小林稔侍/辰巳柳太郎/小沢昭一
■1983年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞/日本アカデミー賞作品賞・主演男優賞受賞
おりんは元気に働いていたが今年楢山まいりを迎えようとしていた。楢山まいりとは70歳を迎えた冬には皆、楢山へ行くのが貧しい村の未来を守る為の掟であり、山の神を敬う村人の最高の信心であった。山へ行くことは死を意味する。おりんの長男の辰平は去年妻を事故で失った。母親思いで、とてもおりんを楢山に出すことはできない。次男の利助は村人から「くされ」と呼ばれ蔑まれている。辰平の息子・けさ吉は雨屋の娘・松やんと遊びほうけている。そんな折、向こう村の若後家・玉やんが、辰平の後妻として家に入ることになる。
深沢七郎の同名小説の2度目の映画化。木下恵介監督による最初の映画版がほとんど全編をセットで撮影し、独特の様式美を繰り広げていたのに比べ、本作ではリアリズムを徹底的に追及するため雪山での一年をかけたロケーションを敢行。四季折々の表情を見せる自然や小動物たちとともに、死や性の営みが日常とシームレスだった、かつての日本人の生の在りかたが濃密に描かれる。あくの強い今村印のユーモアの奥に光る、人間の尊厳が美しい。83年のカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。
うなぎ
(1997年 日本 117分 ビスタ/MONO)
■監督・脚本 今村昌平
■原作 吉村昭
■製作 奥山和由
■脚本 冨川元文/天願大介
■撮影 小松原茂
■編集 岡安肇
■音楽 池辺晋一郎
■出演 役所広司/清水美砂/常田富士男/倍賞美津子/田口トモロヲ/小沢昭一/市原悦子/柄本明
■1997年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞/日本アカデミー賞監督賞・主演男優賞・助演女優賞受賞
浮気した妻を殺した罪で8年の刑を終え、仮出所してからは床屋を開き、黙々と働いている男・山下。人との交流を避け、水槽に飼っているうなぎにしか心を開かない彼だったが、ある日、自殺未遂した女性・桂子を偶然救う。それが縁で、佳子は床屋で働くことになる。明るい彼女のお陰で店は繁盛するようになり、また山下の気持ちも次第に解きほぐされていくが…。
今村にとって『黒い雨』以来、8年ぶりとなった監督作。本作の魅力は今村印の大作にあったあくの強い描写よりも、現代人の普遍的な孤独感や恋愛感情を細やかに見つめる繊細な眼差しにある。『Shall we ダンス?』や『CURE』などで、脂の乗っていた時期の役所広司は言うまでもないが、清水美砂演じるヒロイン・佳子の澄んだ存在感がとても素晴らしい。彼女が橋の上から山下にお弁当を届けようと苦心する場面が愛おしくも、切ない。今村にとって『楢山節考』に続く2度目のカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作(ちなみにこの年のカンヌ審査委員長はフランスの女優イザベル・アジャーニ!)。
復讐するは我にあり
(1979年 日本 140分 ビスタ/MONO)
■監督 今村昌平
■原作 佐木隆三
■脚本 馬場当
■撮影 姫田真佐久
■編集 浦岡敬一
■音楽 池辺晋一郎
■出演 緒形拳/小川真由美/倍賞美津子/白川和子/根岸とし江/絵沢萠子/フランキー堺/ミヤコ蝶々/清川虹子/三國連太郎
■1979年日本アカデミー賞作品賞・監督賞・助演女優賞・脚本賞・撮影賞受賞
九州・日豊本線築橋駅近くで、多額の現金が奪われ惨殺された二つの死体が発見された。事件の容疑者として浮かび上がったのは、榎津厳という男である。しかし榎津は警察の追及をあざ笑うかのように、九州から浜松、東京で五人を殺したうえ、史上最大とも言われる重要指名手配の公開捜査をかいくぐって逃亡を続ける。時には大学教授、時には弁護士と称して、殺人、詐欺、己の欲望のままに女に明け暮れる冷血で大胆な榎津。驚くべき犯罪の才能をみせるこの男の行く末とは…。
63年から64年にかけて日本を震撼させた連続殺人事件をもとにした佐木隆三の長編小説の映画化。今村は実際の事件現場や、その周辺でロケ撮影することに拘ったという。画面から立ち上がるリアルな昭和の空気は格別。榎津巌を演じた、緒方拳の発する狂気から目が離せない。
加えて、巌に愛想を尽かしながら、その父親の鎮雄(三國連太郎)を愛する女を演じた倍賞美津子や、殺人犯と知りながら巌を匿い続ける小川真由美、巌と奇妙な友情関係(?)を結ぶ清川虹子など、彼を巡る女たちのドラマにもなっているところに、本作の一層の深みがある。リアルを突き詰めた果ての戦慄と黒い笑いに彩られた本作は、日本映画史上に不気味に屹立する傑作だ。
(リード文:おさむ/本文:ルー)