『ロスト・イン・トランスレーション』が日本で公開されたのは2004年。
高校生の私はとびきりのオシャレをして渋谷のシネマライズに観に行った。
その日の記憶はとても鮮明で、“都会のミニシアターでインディペンデント映画を観る”ということは、
特別な高揚感と、自分だけがその場から浮いているような疎外感とに満ちていて、
映画のなかで主人公たちの目に映るトーキョーのイメージと重なった。
CM撮影のために来日したハリウッド俳優のボブと、夫の仕事についてきた若妻シャーロット。
外国で言葉も通じずお互いひとりぼっちだったふたりは、出逢ってすぐに距離を縮める。
ボブとシャーロットが共に過ごした数日は一瞬だが、そこにはふたりだけの永遠のような時間が流れていて、
家の心配事の電話ばかりしてくるボブの妻や、すべて仕事優先のシャーロットの夫との間よりも、
よっぽど純粋であたたかな繋がりを感じることができるのだった。
カラオケ、ナイトクラブ、ストリップ・バー、寿司屋、しゃぶしゃぶ屋、病院。
ふたりが見て、体験して、走り抜けるトーキョーの街。
2000年代はじめの東京の景色――まだすぐに感覚が思い出せるくらいの【近い過去】はなぜだか切ない。
(もちろん映画はまぎれもない【いま】を撮影していたのであり、
だからこそ、その時代の空気がありありとフィルムに収められているのだけれど。)
歌舞伎町のネオンやスクランブル交差点など、雑多で騒々しくていつもは嫌気がさす場所でも、
ソフィア・コッポラ監督のレンズを通すと新しい魅力を放つロケーションになる。
この映画は彼女が当時の夫と共に東京に来た時の経験をもとに作られているという。
そしてその夫というのが、他でもない『her/世界でひとつの彼女』のスパイク・ジョーンズ監督だ。
『her〜』は【そう遠くない未来】のロサンゼルスが舞台。
服装や食事など一見わたしたちの生活となんら変わらないその光景は、本当に【いま】の延長線上にあるかのようで、
“人工知能型OSとの恋愛”という設定も不思議とすんなり受け入れられる。
主人公セオドアの仕事は手紙の代筆業。
いつでもどこでも誰とでもネットで瞬時に繋がれる時代に、この仕事は少しアナログに思えるが、
それこそが、“ほんとうの繋がり”を問うこの映画の意図するところだろう。
セオドアはAIのサマンサと恋に落ちる。
「生身の人間よりも…」というのではなく、純粋にサマンサという女性に恋をしたのだ。
誰よりもおもしろく知的でセクシーなサマンサは、別れた妻との思い出も忘れさせてくれた。
まさに理想のパートナーを見つけ、毎日が輝き出したセオドアだったが…。
人と人が心を通わせることの素晴らしさと難しさは、どんなに化学が発達しても変わらない。
むしろ、便利になった分だけその難しさは増すのではないだろうか。
日々変化していく相手を受け入れ、自分も成長していくこと。恋をする誰もがぶつかる問題を、
スパイク・ジョーンズ監督は彼らしいユーモアに満ちた方法で描き出した。
今週の二本立ては【近い過去】と【そう遠くない未来】のお話。
2014年の【いま】を生きるわたしたちに、このふたつのラブ・ストーリーはどのように見えるだろうか。
時代を敏感にとらえる2人のクリエイターの視点を見比べてみるのもおもしろいかもしれない。
ロスト・イン・トランスレーション
LOST IN TRANSLATION
(2003年 アメリカ/日本 102分 ビスタ/SRD)
2014年11月15日から11月21日まで上映
■監督・製作・脚本 ソフィア・コッポラ
■製作 ロス・カッツ
■製作総指揮 フランシス・フォード・コッポラ/フレッド・ルース
■撮影 ランス・アコード
■プロダクション・デザイン アン・ロス/K・K・バレット
■編集 サラ・フラック
■音楽 ブライアン・レイツェル
■出演 ビル・マーレイ/スカーレット・ヨハンソン/ジョヴァンニ・リビシ/アンナ・ファリス/林文浩/マシュー南(藤井隆)/田所豊(ダイアモンド☆ユカイ)/竹下明子/HIROMIX/藤原ヒロシ/桃生亜希子
■2003年アカデミー賞脚本賞受賞・主要3部門ノミネート/ゴールデン・グローブ賞作品賞・脚本賞・主演男優賞(ビル・マーレイ)/インディペンデント・スピリット・アワード主要4部門受賞/英国アカデミー賞(BAFTA)主要3部門受賞 ほか多数受賞・ノミネート
ウィスキーのコマーシャル撮影のため来日したハリウッド・スターのボブ。今ひとつ歯車がうまくかみ合わない妻から逃れる口実と、2万ドルのギャラのために、なんとなく仕事を引き受けて東京へやってきたものの、言葉も通じず、コミュニケーションのとれない人々に囲まれて疎外感を強めていく。
一方、フォトグラファーの夫の仕事に伴って来日した若妻のシャーロット。しかし、夫は仕事に明け暮れるばかりで、彼女はひとりホテルの部屋に取り残されてしまう。「自分の居場所がない」と、同じように心に空洞を抱えた二人が、同じホテルで偶然に出会った。急速に打ち解けた二人は、トーキョーの街の目もくらむようなネオンと雑踏の中に繰り出していく・・・。
全米で公開されるや瞬く間に話題が広がり、4週連続興行ランキングベスト10入りを果たすという快挙を成し遂げた『ロスト・イン・トランスレーション』。ソフィア・コッポラ監督は、数日の来日ののち“トーキョー”という街に強くインスパイアされ脚本の執筆を始めた。そして監督2作目となる本作で、見事アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ゴールデングローブ賞のほか、世界中の映画賞を総ナメにし、その才能を世に知らしめた。
ソフィアの熱いラブコールを受けてキャスティングされたビル・マーレイは、哀愁、色気、包容力をも感じさせる演技を見せ、ゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞。そんなベテランに引けを取らず、うつろう女心を自然な演技で醸し出すのはスカーレット・ヨハンソン。若さ特有の将来への不安や期待をはかなく表現する一方で、時に成熟した女性の魅力をも発揮した。
見慣れたはずの東京の風景。しかし、ソフィアの視点、そしてランス・アコードのカメラを通して見る“トーキョー”は、魔法のように美しい街として映り、私たちを驚かせてくれる。
her/世界でひとつの彼女
HER
(2013年 アメリカ 126分 ビスタ)
2014年11月15日から11月21日まで上映
■監督・製作・脚本 スパイク・ジョーンズ
■製作 ミーガン・エリソン/ヴィンセント・ランディ
■撮影 ホイテ・ヴァン・ホイテマ
■美術 K・K・バレット/ジーン・セルデナ
■音楽 アーケイド・ファイア/オーウェン・パレット
■主題歌 カレン・O「The Moon Song」
■出演 ホアキン・フェニックス/エイミー・アダムス/ルーニー・マーラ/オリヴィア・ワイルド/クリス・プラット/マット・レッシャー/ポーシャ・ダブルデイ/スカーレット・ヨハンソン
■2013年アカデミー賞脚本賞受賞・5部門ノミネート/ゴールデン・グローブ賞脚本賞受賞・3部門ノミネート/米国批評会議賞作品賞・監督賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
そう遠くない未来のロサンゼルス。ある日セオドアが最新のAI(人工知能)型OSを起動させると、画面の奥から明るい女性の声が聞こえる。彼女の名前はサマンサ。AIだけどユーモラスで、純真で、セクシーで、誰より人間らしい。
セオドアとサマンサはすぐに仲良くなり、夜寝る前に会話をしたり、デートをしたり、旅行をしたり…。一緒に過ごす時間はお互いにとって今までにないくらい新鮮で刺激的。ありえないはずの恋だったが、親友エイミーの後押しもあり、セオドアは恋人としてサマンサと真剣に向き合うことを決意。しかし感情的で繊細な彼女は彼を次第に翻弄するようになり、彼女のある計画によって恋は予想外な展開へ――!
『マルコヴィッチの穴』や『アダプテーション』など、常に革新的と評され、時代を独特な視点で描き出す作家性が高く評価されてきたスパイク・ジョーンズ監督。『かいじゅうたちのいるところ』以来4年ぶりの新作となる本作で、初の単独脚本を手がけ、アカデミー賞脚本賞を受賞。AI(人工知能)との恋という現代的な設定を据えつつも、普遍的な恋をする気持ちをエモーショナルに紡ぎ、正面から愛について向き合った。ジョーンズ監督にしか描けない鋭い時代性を持ちながら、今までの作品とは一線を画す普遍性を持ち合わせたラブストーリーが誕生した。
主人公セオドアを演じるのは『ザ・マスター』のホアキン・フェニックス。共演はエイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、スカーレット・ヨハンソンほか、豪華かつ実力派のキャストが集結した。特にヨハンソンは、人間以上に人間らしく、セクシーで、純真で、ちょっと感情的なAI(人工知能)のサマンサを見事に演じ、<史上初>声だけの出演で第8回ローマ国際映画祭最優秀女優賞を受賞!姿は見えないながらその声で確かな存在感をスクリーンに映し出し、“ありえないはずの恋”にリアリズムをもたらした。