今週はテオ・アンゲロプロス監督特集。
『狩人』の一本立て上映。
こんなに豪華な作品を創る映画監督がこれまでに果たしていたのだろうか。
歴史・神話・演劇。様々な芸術と映画的手法が用いられるテオ・アンゲロプロスの作品。
その幾重にも編み込まれた層が、監督の特徴である長回しの1カットの中に存分に、
それこそ観る者を圧倒するほどに散りばめられている。
だがそこにペダンティックな気取りは、露ほども感じられない。
それはアンゲロプロスが古来より受け継がれてきた知の集積から
常に“現在”のギリシャを透かし見て、描き続けたからだろう。
何かが終わってしまったという感覚は、その時代を知らずとも、私の中にも確かにある。
共産主義や社会主義のほころびが見え始め、冷戦終結を前後に“政治の時代”が終り、
人々が抱いた共通の理想が瓦解し始めたころから、ギリシャの巨匠の作品は、確実に変化していった。
例えばそれまでの監督の作品が、集団の記憶する事件を中心とした群像劇であったものが、
カリスマ的俳優、マストロヤンニやブルーノ・ガンツを起用した、
個人(半ば監督の分身であるかのような)の視点から世界を叙情的に汲み取るもの
(曇天や荒野、棒立ちとなった人々に、一人の人間の苦悶、心象が投影され、
それでも、いかに希望を灯し続けるのか、という敵なき孤独な闘い)へとシフトしていったという風に。
『こうのとり、たちずさんで』で、大佐が飛び立つ寸前のこうのとりのように、片足で立ち
明日へと飛翔するか、それとも昨日と同じ今日に踏みとどまるかの、逡巡の後の宙吊り状態や、
『永遠と一日』で、「教えてくれ! 明日の時の長さは?」とブルーノ・ガンツ演じる詩人が発した
身を切るような問い掛けは、漠とした喪失を抱えて生きる今の人々の胸に響くに違いない。
そうした、政治が終わりを告げた後の作品と比べると
アンゲロプロスの名を世に知らしめた“ギリシャ現代史三部作”と呼ばれる初期の作品
『1936年の日々』、『旅芸人の記録』、『狩人』は、世界的に政治が激しくうねり、
ギリシャの世情もそれに呼応するように、慌しい変化に見舞われた時代に創られたものだ。
ファシズムを模倣したメタクサス軍事独裁政権の1936年の夏に起こった
政治家暗殺事件の顛末を描写し、制作当時のギリシャの軍事政権を風刺した『1936年の日々』。
神話の時代から蘇った旅芸人たちが、1939年から1952年までの
14年間の、圧制・占領・ 反乱と続く、激動のギリシャの歴史を渡り歩く『旅芸人の記録』。
現代ギリシャの歴史的な変化の瞬間(事件)をつぶさな観察眼で捉えた叙事詩。
そこで我々が目撃するのは、裏切りや欺瞞が、さらには愛憎が、政治を歪曲し、
かけがえのない存在であるはずの、友人や恋人や親子、夫婦の絆が、
“境界線”や“国境”と称した、集団を個に分断する物理的・心理的な線引きによって絶たれてゆく事実だ。
(アガメムノン!エレクトラ!オレステス!…。)
『1936年の日々』、『旅芸人の記録』を経たギリシア現代史3部作、
その最後の作品が、今回上映する『狩人』だ。
『狩人』は大晦日に集まって狩りに出掛けた狩人たちとその妻たちの、24時間の物語。
ギリシャにとって苦い歴史である軍部の独裁政権。
狩人と妻たち個々人の過去に起こった小さな事件の積み重ねが、
いかに軍部独裁政権の成立に寄与したか、そして狩人と妻たちの強迫観念までをも開示してゆき、
生と性と政(治)が露出し、過去と現在と幻想が入り混じる乱痴気騒ぎが我々の眼前で繰り広げられる。
『狩人』で私たちは一体、何を観ているのか。
全編1シーン1カットで撮影された本作は、緩やかに時間が持続していると思っていると、
突如知らない場所へと足を踏み入れている。そればかりか、“幻想”という、やっかいな代物が、
“狩人が獲物に追われる”というような逆転現象を引き起こす(狩人たちはひどく狼狽し、怯え、激昂している)。
『狩人』はギリシャ神話と並びうるほどに、観る者を驚嘆せしめ、心を揺り動かす。
それは人の心の奥深さ、不可思議さ、善悪の境目が覚束ない、生身の人間を描ききった、真のドラマだからだ。
2012年。アンゲロプロスはあまりに突然、亡くなった。
けれど、未踏の雪原に浮かび上がった“幻想”と同じく、過去はいくら埋葬しようとも、かならず“再上演”される。
それが人に強く訴えかけるものであれば、あるほどに。
今なお読み継がれるギリシャ悲劇の作家アイスキュロスのように。
テオ・アンゲロプロス監督の作品の再・再々上映もまた然り。
(ミスター)
狩人
OI KYNIGHOI
(1977年 ギリシャ/ドイツ/フランス 172分 SD・モノラル)
2012年12月1日から12月7日まで上映
■監督・原案・脚本 テオ・アンゲロプロス
■製作 ニコス・アンゲロプロス
■撮影 ヨルゴス・アルヴァニティス
■音楽 ルキアノス・キライドニス
■出演 ヴァンゲリス・カザン/ストラトス・パヒス/イリアス・スタマティオス/ニコス・クウロス/ヨルゴス・ダニス/クリストフォロス・ネゼル/アリキ・ヨルグリ/エヴァ・コタマニドゥ/メリー・クロノブルー
■1977年カンヌ国際映画祭正式出品/1977年テサロニキ映画祭グランプリ/1978年シカゴ映画祭グランプリ
★一本立て上映です。この週に限り、ラスト一本割引はございません。
★本編はカラーです。
1976年の大晦日。雪に覆われ、遠く低く風が吹き続けるイピロスの山の中で、狩りに出た6人の男たちが異様な獲物に遭遇した。雪の中からあらわれたのは、四半世紀も前の内戦で死んだ青年ゲリラ兵士の死体。その血は、いま死んだばかりのように温かい。ありえない事態に遭遇して、6人の狩人たちは動転する。
平穏で楽しいパーティーになるはずだった上層階級の男女たちの新年が、兵士の死体のせいで、思いもしなかった1日に変わる。それぞれが紡いできた歴史と、生きてきた愛。幻想と回想の入り混じった狩人たち10人の証言により、互いに知りもしなかった歴史の内幕が明るみにされされていく――。
全編が緊張感みなぎるワンシーン・ワンカットで展開する『狩人』は、テオ・アンゲロプロスが『旅芸人の記録』に続いて発表した野心作。『1936年の日々』と併せ<ギリシア現代史3部作>を構成し、その終章となるのが本作である。75年にギリシアが民主主義復活を世界に告げた中、アンゲロプロスは敢えて、49年に終息した内戦の青年兵士の死体を鍵にした。欺瞞に対する深い悲しみを湛え、問題提起をしつつ、それでも希望を失わない美しい傑作として完成させた。
ひとつひとつのシーンが巨大な壁画のように展開し、総カット数はわずか約50。長いシーンは20分にも及び、複数シーン・ワンカットも多数あり、しかも全てが同時録音という驚異。スタッフ、出演者の意欲と緊張感とエネルギーがみなぎり、どのシーンにも“燦然たるイメージが溢れている”と絶賛された。