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あなたは、その一歩を踏み出せますか?
たとえそれが命を賭さなくてはならなくても。

映画を愛する全ての方々に。また、どうにかしていまの自分の現状を、
人生を変えたいと思っている人たちに。
今週はどうぞ、早稲田松竹をお訪ね下さいませ。

今週お届けするのはギリシアが生んだ映画言語の巨匠テオ・アンゲロプロス。『ユリシーズの瞳』と共に“国境3部作”と呼ばれる連作の中から、『こうのとり、たちずさんで』と『シテール島への船出』の2本。

“国境は人を狂わせる…”。これは、『こうのとり、たちずさんで』に登場する国境警備隊の大佐がつぶやいた台詞ですが、今週の2作品は文字通り、現実の国と国との国境を巡る物語であり、また同時に人と人の間を分断し切り離す存在としての“国境”の狭間を行き交います。

世界各地で医療支援活動を続けるNPO組織、国境なき医師団。彼らが“国の境目が生死の境目であってはならない”をスローガンに掲げているように、有史以来戦争の火種ともなり、数多くの悲劇の舞台となってきた、地理としての国境。

宗教、人種、言語、思想の違いから対立する価値観、分かり合えない想い。親と子、夫婦、親友、元々は固く結ばれていたはずの両者の間が引き裂かれ、通い合わなくなる時。そうした人間関係の軋みが生み出す心の断線を表すかのような心理的な国境。

八方塞り、行き詰まり。抗いようのない力の限界。さらには死をイメージした時にその最果てに見える概念としての国境。映画の舞台であるヨーロッパと違い、廻りを海に囲まれ陸地の国境線を有さない国に暮らす我々の日常でさえ、そういった“国境”は眼前に姿を表す。

わずか1本の境界線。しかしそんな1本の線で世界は2つに分けられるのかもしれない。自分たちの属する“ここ”か、その外側にある“よそ”か。

アンゲロプロスによって描かれるのは、時に理不尽とも思える程大きな大きな壁となって私たちの目の前に立ち塞がる“国境”を、死の恐怖につきまとわれながら も覚悟を抱き、一歩を踏み出ことによって橋を掛け越えていこうとする人たち。

故淀川長治をして、「映画の感覚、映像美術の神」といわしめ、黒沢明、大島渚、ヴィム・ヴェンダースなど時代を問わず世界中の映画監督からも賞賛されてやまないアンゲロプロスが、現代ギリシアそのものを舞台とし、息を呑むような映像で創り上げた内なる旅の話。

“国境”を前にした時、誰しもが迷いたちずさむ。道は見えず、踏み出そうとする1歩が正解かどうかなんて分からない。全てを失う覚悟も必要だ。より悪い方向に進むことだってあるだろう。しかし絶望しうつむいたままでは、いつまで経っても何も変わりはしない。現状に満足できないのであれば、ここではないどこかに行きたいのであれば、どんな結果が待ちうけようと、未来は自分の手の中にあると信じ、たちずさんだ足を前に踏み出すことでしか世界を変えることは出来ないのかもしれない。

「問題はすべて、まだ私たちがよそへ行くために命を賭けることができるのか、という点にかかっている。」──テオ・アンゲロプロス

テオ・アンゲロプロス

1935年アテネ生まれ。子ども時代にナチスによる占領を体験、戦後パリのソルボンヌ大学に入学するが、中退してギリシャに戻り、映画評を書きながら過ごす。

68年に短編『放送』を撮り、70年に長編『再現』でジョルジュ・サドゥール賞を受賞して映画監督として認められる。『1936年の日々』に続く「現代史三部作」の二番目の作品で4時間近い大作『旅芸人の記録』が世界的な評価を受け、現代史三部作の締めくくりでもある『狩人』でその評価を確実なものとする。80年の『アレクサンダー大王』でヴェネチア国際映画祭グランプリを受賞。

フィルモグラフィ

・放送(1968)*未公開
・再現(1970)*未公開
・1936年の日々(1972)*未公開
旅芸人の記録(1975)
・狩人(1977)
・アレクサンダー大王(1980)
・アテネ/アクロポリスへの三度の帰還(1982)*未公開
・シテール島への船出(1983)
・蜂の旅人(1986)
・霧の中の風景(1988)
・こうのとり、たちずさんで(1991)
・キング・オブ・フィルム/巨匠たちの60秒(1995)*未公開
・ユリシーズの瞳(1995)
・永遠と一日(1998)
・エレニの旅(2004)
・それぞれのシネマ 〜カンヌ国際映画祭60回記念製作映画〜(2007)


シテール島への船出
TAXIDI STA KITHIRA
(1984年 ギリシア 140分 SD/MONO) 2010年2月27日から3月5日まで上映 ■監督・脚本・製作 テオ・アンゲロプロス
■脚本 タナシス・ヴァルティノス/トニーノ・グエッラ

■出演 アキス・カレグリス/タソス・サリディス/ジュリオ・ブロージ/デスピナ・ゲルラヌー/ヨルゴス・ネゾス/アシノドロス・プルーサリス/ミハリス・ヤナトス/マリー・クロノプルー/マノス・カトラキス/ドーラ・ヴァラナキ/ディオニシス・パパヤノプロス/ヴァシリス・ツァグロス

■1984年 カンヌ国際映画祭最優秀脚本賞、国際映画批評家賞
■オフィシャルサイト  http://www.bowjapan.com/classics/detail.php?id=66

☆本編はカラーです。
☆製作から長い年月を経ているため、本編上映中お見苦しい箇所やお聞き苦しい箇所がございます。ご了承のうえご鑑賞いただきますよう、お願い申しあげます。

美と愛と悦楽の理想郷シテール 32年ぶりに帰ってきた英雄を待っていたのは国籍のない旅だった。

現代のアテネ。映画監督のアレクサンドロスは、撮影所で行われている主役の老人のオーディションに立ち会うが、気に入るものがいない。そこにラベンダー売りの老人が通りかかる。その老人こそ、求めるイメージそのままだと感じたアレクサンドロスは老人を追うが、港で老人を見失ってしまう。

今日は32年前にソ連に亡命した父スピロが帰国する日だ。埠頭に横付けされたソ連船ウクライナ号から下りてきたスピロは、先ほどのラベンダー売りの老人である。妻カテリーナが待つ家へ戻ったスピロは、翌日家族とともに故郷の村へ帰る。しかし村人たちは、先祖の眠る山の土地をスキー場に売ろうとしていた。反発し、騒ぎを起こして追放されるスピロに寄り添うカテリーナ。

警察はスピロをソ連船に乗せるのに失敗し、処置に困って国際水域に置き去りにする。夜、港の記念祭のマイクの前でカテリーナがスピロに「そばに行きたい」と呼びかける。暗い海から、スピロのヴァイオリンの音色が響いてくる――。

『旅芸人の記録』の鬼才アンゲロプロスが描く現代ギリシャ史の新しい傑作。

ペロポネソス半島の南、エーゲ海に浮かぶ島シテール(現代ギリシャ語でキメラ)。愛の女神アフロディテをまつる最古の神殿のあるシテール島は、古くから愛の女神にあやかるために恋人たちが詣でた島として知られ、ワットーの画、ボードレールの詩、ドビュッシーの曲に、美、愛、永遠、悦楽の象徴として描かれていた。

『1936年の日々』『旅芸人の記録』『狩人たち』の現代史三部作で36年から75年までのギリシャの歴史を描き、『アレクサンダー大王』で今世紀初頭のギリシャを扱ったアンゲロプロスが、いよいよ現代そのものを舞台にする。


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こうのとり、たちずさんで
TO METEORO VIMA TU PELARGU
(1991年 ギリシア・フランス・スイス・イタリア 142分
ビスタ/MONO) 2010年2月27日から3月5日まで上映 ■監督・脚本・原案・製作 テオ・アンゲロプロス
■脚本 トニーノ・グエッラ/ペトロス・マルカリス

■出演 マルチェロ・マストロヤンニ/ジャンヌ・モロー/グレゴリー・カー/イリアス・ロゴテティス/ドーラ・クリシクー/ヴァシリス・ブユクラーキス/ディミトリス・プリカコス/アキス・サカラリウー/タソス・アポストロウ/ナディア・ムルージ/アシドロス・プルーサリス/ゲラシモス・スキアダレシス/ミハリス・ヤナトス/イルマズ・ハッサン/トドロス・アテリディス/コンスタンティノ・ラゴス

■オフィシャルサイト  http://www.bowjapan.com/classics/detail.php?id=110

☆本編はカラーです。
☆製作から長い年月を経ているため、本編上映中お見苦しい箇所やお聞き苦しい箇所がございます。ご了承のうえご鑑賞いただきますよう、お願い申しあげます。

「飛んで”よそ”に行けるか、あるいは死か。それが国境だ」

アルバニア、ユーゴスラビア、ブルガリア、そしてトルコと接する北ギリシア。河と湖が国と国とを分かつ国境地帯に位置し、”待合室”と呼ばれる小さな町。トルコ人、クルド人、ポーランド人、ルーマニア人、アルバニア人、イラン人など、あちこちから自由を求めて国境を越えてきた老若男女の難民たちがこの町へと辿りつく。

pic“異国(よそ)に生きる許可を待ちこがれ、この場所に神秘的な意味合いさえ生まれてきた”という。しかし、そこから先へと進むビザは発行されず、どこにも行くことができない。ただただその町で待つだけ日々。彼らの唯一の仕事は切れて電柱にぶら下がった電線を修復する作業くらい。彼らにはもはや名前も戸籍もない。

国境をテーマとする番組作りのためにその”待合室”と呼ばれる町へ取材に訪れたTVリポーターのアレクサンドロスが、入国許可を待つ難民の中から数年前に謎の失踪を遂げたある大物政治家(マルチェロ・マストロヤンニ)に似た男の姿を見かけたところから、この物語は始まっていく。

国境を越える愛を叙情で詩うアンゲロプロスの黙示録

「これまでいくつも国境を越えてきた…いったいいくつ
国境を越えたら、本当の家に帰れるんだろう」

picミケランジェロ・アントニオーニの映画を観て監督を志すことを決めたというアンゲロプロスが、「テオの映画ならいつでもどんな役でも出演する」と語るマルチェロ・マストロヤンニと、ジャンヌ・モローという世界の大俳優2人の再会(!)をアントニオーニの『夜』(1962)以来実に30年ぶりに実現させ、”国境”という境界に翻弄されながらも、全てを投げ棄て命を賭けてまでその先の一歩を歩み出そうとする人々を、静かに、ただただ真っすぐに描いた渾身の一作。

“歩み出すべきか、否か、飛ぶべきか、否か。”

(いっきゅう)


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