旅芸人の記録
O THIASSOS
(1975年 ギリシャ 232分 スタンダード・MONO)

2009年1月3日から1月9日まで上映 ★一本のみの上映。ラスト割引はありません。
★本編上映中、途中休憩はございません。

■監督・脚本 テオ・アンゲロプロス
■出演 エヴァ・コタマニドゥ./ペトロス・ザルカディス/ストラトス・パキス/アリキ・ヨルグリ/マリア・ヴァシリウ

■1975年カンヌ国際映画祭国際批評家大賞/1975年タオルミナ映画祭審査員特別表彰/1975年テサロニキ映画祭最優秀作品大賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、最優秀撮影賞、最優秀女優賞、最優秀男優賞/1976年ブリュッセル映画祭黄金時代賞/1976年ロンドン映画祭際大賞/1976年イギリス映画協会選出年間最優秀作品/1976年フイゲイラ・ダ・フォズ[ポルトガル]映画祭大賞/1979年度キネマ旬報ベスト・テン外国映画第1位、外国映画監督賞/1979年度芸術祭芸術大賞

■オフィシャルサイト http://www.bowjapan.com/classics/detail.php?id=19

思想=映像への飽くなき挑戦。テオ・アンゲロプロス

長回し、極端に少ないセリフ、クローズアップの徹底排除、曇りの中での撮影。映像的性格としてはこのような特徴が彼には指摘されている。だが、それは決して詩的であるという抽象性ではなく、思想の具体的体現として明確な映像言語を追求した所以である。そう、正直に言って、彼の映画は至極難解である。

詩的な映像ならば、はっきりとした意味がわからずとも何となく心地良かったり、悪かったり…心的イメージでそれとなく受け止める事ができる。だが、それをも許さない映像言語で思想を前面に押し出そうとすることは何と難しいことか。

どんな映像作家も常に立ち向かう壁ではあるが、これほど果敢に、まるでギリシャの騎士のように振舞う作家は世界でも稀であろう。我々は言葉を信じ過ぎている。だが決して思想は言葉で完璧に語り尽くせるものではない。いまだにマルクス主義の解釈が様々なように。言葉は便利であって、完璧ではないのだ。それゆえに映像で自らの思想を体現しようとするアンゲロプロスは難解な作家であるとともに映像言語を信ずる心は対比するように純粋極まりないといえよう。

今週はそんなアンゲロプロス作品の中でも代表作に当たる『旅芸人の記録』をお届けする。しかし、解説をしようとしても、言葉である限り、説明は余計なお世話になり兼ねない。ただ、言えることは平坦なハリウッド映画やTV映画の感想がその日限りの消費期限だとすれば、アンゲロプロスの作品はいくら語り尽くしても語り尽くせない。

アンゲロプロスの思想→映像→我々の言葉→アンゲロプロスの思想?

安易な言葉、メディアに汚染された現代人たる我々が彼の作品から目を逸らすことは人間の可能性を否定することになるのかもしれない。

とにかく、脳と心を開放し、アンゲロプロスの用意した旅に出て欲しい。時に思想は風となり、雨となり、血となり、人々の足音としてあなたの元に届くはず。

純粋な映画はいつまでも純粋なのだ。

ギリシャの町を 海を 村を 山を歌い踊ってゆく旅芸人たちエレクトラが オレステスが 旅芸人となって愛と復讐のドラマに蘇り 現代を記録してゆく

1952年の晩秋。南ギリシャのペロポネ半島の小さな町エギオンにおりたつ12名程度の一座。町は、数日後の11月16日の大統領選挙を控えて、“救国の英雄”パパゴス元師の選挙カーの演説とビラに包まれて騒然としている。

同じエギオンの、1939年の晩秋の町を同じ旅芸人一座がゆく。エレクトラがいて、父で座長のアガメムノン、母クリュタイムネストラ、妹クリュソテミ、その幼い息子の一家に、ピュラデス、詩人、老男優、老女優、アコーデオン奏きの老人、そして、アイギスドスの11人。

さびれた港町エギオンのその夜の舞台から、エレクトラは『羊飼いの少女ゴルフォ』のゴルフォ役を母から受け継ぐことになっていた。本来ならゴルフォの恋人タソス役を弟オレステスが父ガメムノンから受け継ぎ、姉弟そろっての初舞台のはずだったが、オレステスは徴兵にとられてしまったのでピュラデスが演じることになっている。

面白くないのは、クリュタイムネストラの情夫アイギストス。彼は早速、ピュラデスを秘密警察に密告するためにこっそり町に消える…。

神話の人物たちが現代ギリシャの旅芸人になってよみがえり、ギリシャ全土を巡業しながら、1939年から1952年までの14年間の、圧制と、占領と、反乱の、なまなましい歴史を、たぐいまれな詩の力でスクリーンに記録してゆく。

鬼才テオ・アンゲロプロスが4年の歳月をかけ完成した感動の叙事詩超大作!

1975年に完成され、同年カンヌ映画祭監督週間にひそかに出品されて世界初公開となった『旅芸人の記録』の登場は、映画をつくる人々にとって、映画を見て愛してやまぬ人々にとって、大きな歴史的な事件の誕生となった。

年に一度のどころか、数十年に一度の傑作として熱狂的な評価を受け、カンヌ映画祭国際批評家大賞を受賞し、その年のロンドン映画祭では、全映画祭からの優秀作品を選んだ上でのベスト1に選ばれた。