1960年代の日本。激動の季節において時代錯誤とされた小津は、主に海外のシネフィルの「再評価」によって「巨匠」となった。しかし、「巨匠」以前の小津が、「人気監督」であったことを忘れてはならない。当時の観客達は彼の作品を分析対象としてではなく、娯楽としてごく当たり前に楽しんだ。小津安二郎は「OZU」以前に「小津」である。もしくは「小津さん」だっただろうか。
小津の作品は、あらすじだけ見れば何の変哲もない物語だ。そして数作見ていくと、作品のタイトルと内容が一致しなくなることさえある。キャストは大方重複しているし、タイトルも似ている。そして何より、殆ど全ての作品が「ごくありふれた日常」を描いているから。有名なローアングルや人物の正面の切り替しもしかりだが、作品に共通する視点こそが小津のスタイルといえるのではないか?
スクリーンに映し出されるのは、「失われた古きよき日本」かもしれない。けれど、何故か「あるある」と頷きながら、隣家の、あるいは我が家の様子を見ているように笑えて泣ける。しんみりもすれば、元気も出る。これこそ家族。THE 家族である。日本的といわれながらも世界中で愛されている小津。その秘密は世界中で共通の家族の原風景を描いているからではないだろうか?
シネフィルが口にする「小津(OZU)」にはどこか権威的で排他的な響きがありはしないか?数々の分析や研究の対象となったことで、小津は(ローアングル故か)、些か敷居の高い存在になったようである。確かに彼の特徴的なスタイルは分析対象としてはもってこいだ。けれど、「家族」に予習が必要ないように、小津作品に予備知識は必須ではない。
小津作品は、決して難解ではなく、誰が観ても楽しめる娯楽なのだ。『スパイダーマン』を見る姿勢で小津作品を見ることは非常に「正しい」。肩ひじ張らずに、気持ちだけでも寝そべって見れば、ローアングルの臨場感も増そうというもの。
(1951年 日本 124分)
■監督 小津安二郎
■脚本 野田高梧/小津安二郎
■出演 原節子/笠智衆/淡島千景/三宅邦子/菅井一郎/東山千栄子
「晩春」や「秋刀魚の味」など小津作品には頻出する縁談にまつわる顛末を描いた物語。言わば、小津印全開の作品であるといえる。笠智衆にしては珍しく「若作り」して父親ではなく兄役を演じているのにも注目。ハイカラ好きの小津らしいモダンな佇まいと、女性同士の軽妙なやり取りやオシャレを観るのも楽しい。
鎌倉にあるごく普通の一家・間宮家。28歳になる娘・紀子(原節子)は未だ独身で、丸の内の貿易外会社の専務・佐竹(佐野周二)の秘書をしている。佐竹のいきつけの料亭の娘・アヤ(淡島千景)とは学校時代の級友で独身の二人は気が合う様子。周囲の心配とからかいをよそに、独身であることに開き直っている風である。
そんなある日、佐竹が紀子へ縁談を持ちかける。相手は中々の好男子で、両親や兄・康一(笠智衆)は乗り気になる。当の紀子もいくらかその気になるが、康一の同僚で古くからの知り合いである矢部(二本柳寛)が秋田に転勤する知らせを受けて、自分の本当の気持ちに気が付くのだった。
(1953年 日本 136分)
■監督 小津安二郎
■脚本 野田高梧/小津安二郎
■出演 笠智衆/東山千栄子/原節子/杉村春子/山村聡/三宅邦子
「Tokyo Story」として海外でも広く知られ、様々な映画ベスト10でも常連になっている小津安二郎の、そして日本映画の代表作。1937年公開のアメリカ映画「明日は来たらず」を元に野田高梧との共同脚本による。小津作品の常連俳優を用いて温かさを底流としつつも、核家族や高齢化社会の問題をいち早く作品に繁栄した集大成的作品である。老け役の多い笠智衆は当時49歳ながら、70歳の役を演じた。
広島・尾道に住む平山周吉(笠智衆)、とみ(東山千栄子)夫妻は、東京に住む長男・幸一(山村聰)、長女・志げ(杉村春子)を訪ねていく。東京でそれぞれ内科医、美容院経営者として暮らしている子供たちは毎日の忙しさの中で両親をかまうことも出来ない。大都会の真っ只中で、自分達の居場所がなく途方に暮れる老夫婦であったが、戦死した次男の未亡人・紀子(原節子)だけはわざわざ仕事を休んでまで彼らをもてなした。
子供たちとは温かな交流がもてなかったものの、それなりに満足して尾道に帰った周吉ととみであったが、帰郷してすぐにとみが危篤に陥ってしまう。
(text: Sicky)