これまで『ケス』『SWEET SIXTEEN』などで少年の魂を、
『レイニング・ストーンズ』『マイ・ネーム・イズ・ジョー』などで社会の底辺に生きる人々の心を、
そして『大地と自由』や『カルラの歌』で自由のために闘う人々の尊厳を見つめ、
過酷な現実とそれでもそこにある希望を描いてきたイギリス映画界の至宝ケン・ローチ。
今週の早稲田松竹は、彼の最新作『麦の穂をゆらす風』と、
アッバス・キアロスタミ、エルマンノ・オルミらと共同監督をつとめた前作『明日へのチケット』を、2本立てで上映します。

明日へのチケット
TICKETS
(2005年 イギリス/イタリア 110分)
2007年4月21日から4月27日まで上映 ■監督 エルマンノ・オルミ/アッバス・キアロスタミ/ケン・ローチ
■脚本 エルマンノ・オルミ/アッバス・キアロスタミ/ポール・ラヴァーティ
■出演 カルロ・デッレ・ピアーネ/ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ/シルヴァーナ・ドゥ・サンティス/フィリッポ・トロジャーノ/マーティン・コムストン

1978年『木靴の樹』──エルマンノ・オルミ、
1997年『桜桃の味』──アッバス・キアロスタミ、
そして2006年『麦の穂をゆらす風』──ケン・ローチ。

カンヌ国際映画祭パルムドール受賞者で、約30〜40年の長きに渡り、世界中の映画ファンのみならず作り手からも愛され、尊敬されてきた3人の名匠の、奇跡のコラボレーションがここに誕生!描かれるのは、ローマへと向かう特急列車に偶然乗り合わせた、人種も階級も様々な人たち。

pic予期せぬ心のときめきに出会ってしまった初老の大学教授。何の目的も見つけられず、ただ流されて生きている青年。わがままで自分勝手に生きてきた中年女性。そして、夢にまで見たサッカーチャンピオンズリーグの試合を見るために、グラスゴーからやって来たセルティック・サポーターの3人の若者。

めぐりあった乗客たちは、それぞれ新しい人生の選択と、限りない未来への可能性を見つけ出す。1枚のチケットから始まる、人生の希望の物語。

pic『明日へのチケット』の企画は、キアロスタミの提案から始まった。彼は当初、3人の監督がそれぞれ1本を撮る長編ドキュメンタリー三部作を考えていた。組んでみたい監督として、彼が出した名前がエルマンノ・オルミとケン・ローチ。

3人はこの企画以前に一度も会ったことはなかったが、キアロスタミが2人にファックスを送ると、2人からすぐさま同じような電話が入った。「もちろんやるよ!私たち3人が集まれば素晴らしい作品を作れるだろう」

pic彼らがこの映画を作る際、決めたルールはたった2つだけ。それぞれの物語が、どこかで繋がっていること。そして、舞台は全て列車内であること。

いわゆるオムニバス形式ではなく、同じ舞台、重なり合う登場人物で、互いの物語につながりを持つ、“共同長編”とも言うべき1本が完成した。列車内での偶然のめぐり合わせのエピソードや登場人物が、1つの物語として互いに織り上げられていく。映画の中には、3人の監督によって撮影された場面もある。

まさに奇跡のコラボレーション。3人が共鳴しあいながらも、彼ら独自のスタイルに溢れている。愛を知り孤独を知っている映画監督の深いまなざしがなければ描けない、人生の滋味と希望、喜びに溢れている。まさに、1本で3度美味しい作品だ。



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麦の穂をゆらす風
THE WIND THAT SHAKES THE BARLEY
(2006年 アイルランド/イギリス/ドイツ/イタリア/スペイン 126分)
pic 2007年4月21日から4月27日まで上映 ■監督 ケン・ローチ
■脚本 ポール・ラヴァーティ
■出演 キリアン・マーフィ/ポードリック・ディレーニー/リーアム・カニンガム/オーラ・フィッツジェラルド

pic『麦の穂をゆらす風』は、独立戦争から内戦にいたる1920年代のアイルランドを描いた、2006年度カンヌ映画祭パルムドール受賞作である。名も無き人々の悲しみを描いた名匠の最高傑作に、カンヌは審査員全員一致で最高賞を、また観客は10分を超える喝采を贈った。

激動のアイルランドを描いた映画には、ニール・ジョーダン監督の『マイケル・コリンズ』ほか数々あるが、"Man of the Peaple"と呼ばれるケン・ローチが描いたのは、歴史上の英雄ではなく、名もなき市井の人々だった。

picイギリスによる弾圧に耐えかね、独立を求めて戦い始めるアイルランドの若者たち。本作のタイトルは、レジスタンス活動に身を投じる青年の悲劇を歌ったアイリッシュ・トラッド(伝統歌)の名曲、「麦の穂をゆらす風(大麦を揺らす風)」から取られている。「二人の絆を断ち切るつらい言葉は、なかなか口に出来なかった。しかし外国の鎖に縛られることは、もっと屈辱」。この歌詞に歌われた悲劇、この映画に描かれた悲しみは、今も世界のどこかで繰り返されていることは言うまでもない。

picケン・ローチはカンヌ映画祭でこう語った。「過去について真実を語れたなら、私たちは現実についても真実を語ることができる」。過去の過ちを語ることは易しいことではない。けれど、その一歩を踏み出さなければ、世界はどうなるのだろう。ローチのそのメッセージは、きっと日本にも届く。



text by mana

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