セルゲイ・エイゼンシュテイン 生誕120年、没後70年祭

ルー

私は世界史音痴です。
恥ずかしながらレーニンとかスターリンとか十月革命とか、
いまだにおぼろげにしか分かっていません。
にもかかわらずエイゼンシュテイン映画をこよなく愛する理由。
それは何より「濃ゆい顔のロシア人がいっぱい見られる」から。
これに尽きます。
たとえば初期作『ストライキ』『戦艦ポチョムキン』は当時の共産主義思想が反映され、
個人のドラマよりも群衆のダイナミズムを描いた作品として知られています。
それは確かにその通りなのですが、
登場人物たちは決して映画のメッセージに殉じたのっぺらぼうな機械ではありません。
怒りや悲哀を湛えたそれぞれ印象的な
凄まじい顔面ショットとショットがぶつかり合うインパクトによって、
名高いモンタージュ理論はイデオロギーや社会的背景を超え、
今なお圧倒的な魅了を放っているのだと思います。

今回の特集では、初期作から遺作『イワン雷帝』までの全作品を上映します。
時代と共にエイゼンシュテインの顔への偏愛、
執着がどのような変遷をたどったかに是非注目して観て下さい。

ストライキ
Strike (aka Стачка)

開映時間 ※上映は終了しました
セルゲイ・エイゼンシュテイン監督作品/1925年/ソ連/86分/35mm/スタンダード/MONO:サウンド版

■監督・脚本 セルゲイ・エイゼンシュテイン
■脚本 ワレーリー・プレトニョーフ/グリゴリー・アレクサンドロフ/I・クラヴチュノフスキー
■撮影 エドウアルド・テイッセ
■美術 ワシーリー・ラハリス
■音楽 ドミトリー・ショスタコーヴィチ

■出演 アレクサンドル・アントーノフ/I・クリュークヴィン/ミハイル・ゴモロフ/グリゴリー・アレクサンドロフ/マクシム・シトラウフ/I・イワノフ/ボリス・ユルツェフ

【1/12(土)・15(火)・28(月)・2/1(金)★4日間】

帝政ロシア時代の鉄工場のストライキを描いた、エイゼンシュテインの記念すべき初監督作

20世紀初頭、帝政ロシアの製鉄工場。そこは一見、平穏に見えたが、苛酷な条件で働かされている労働者には不満が高まりつつあった。工場の支配人は、工場内にスパイを潜ませる。スパイがストを協議する労働者達の動静を探っている。一方、民主労働党(共産党の前身)は闘争への呼びかけを強めた。

そんなある日、一人の労働者が道具箱を開けると、高価な検尺器が盗まれていた。それは彼の何週間分もの賃金に匹敵する。彼は職工長に報告するが、逆に泥棒扱いされ、悩んだすえ、工場内で首を吊った。遺書で真相を知った仲間の労働者達の怒りが遂に爆発。全工場がストライキに突入する――。

労働者と資本家の衝突をテーマに、ストライキが自然発生的な抗議から組織的な闘争へと発展するプロセスを描いた作品で、エイゼンシュテインの長篇第一作。

1924年、それまでプロレトクリト劇場で仕事をしていたエイゼンシュテインは演劇に限界を感じ、仲間とともに初めて長篇劇映画の制作に取り組んだ。主要な数人を除いては素人の労働者を出演させ、ニュース映画を観るような生々しい映像世界を展開している。また、画面相互の間に強いショックを生む様に編集して激しい動的リズムと緊迫感を醸し出す「アトラクション(吸引)のモンタージュ」を実践したことでも知られており、ラストの牛の屠殺と労働者の虐殺を対比的にモンタージュしたシーンは有名である。

生涯の名コンビとなるカメラマン、エドゥアルド・テイッセとは本作から組んでいる。ティッセは深い遠近感のある立体性を創造して、シャープで迫力ある画面作りに成功している。

戦艦ポチョムキン
Battleship Potemkin (aka Броненосец Потёмкин)

開映時間 ※上映は終了しました
セルゲイ・エイゼンシュテイン監督作品/1925年/ソ連/66分/35mm/スタンダード/MONO:サウンド版

■監督・脚本 セルゲイ・エイゼンシュテイン
■脚本 ニーナ・アガジャーノワ=シュトコ
■撮影 エドゥアルド・ティッセ
■美術 ワシーリー・ラハリス
■音楽 ドミトリー・ショスタコーヴィチ

■出演 アレクサンドル・アントーノフ/ウラジーミル・バルスキー/グリゴリー・アレクサンドロフ/ミハイル・ゴモロフ/アレクサンドル・リョフシン/セルゲイ・エイゼンシュテイン

【1/12(土)・15(火)・28(月)・2/1(金)★4日間】

映像のみが語る映画言語の迫力! 編集と表現技法を確立した映画の教科書

1905年6月、日露戦争の相次ぐ敗北の知らせは、ロシアでは民衆の皇帝専制に対する不満をつのらせ、第一次ロシア革命の波が高まりつつあった。その頃、黒海沿岸のオデッサ沖に碇泊中の戦艦ポチョムキンでは水兵のワクリンチュクとマチュシェンコが密かに反乱の機会をうかがっていた。

6月14日、水兵たちが腐った肉入りのスープを飲むのを拒むと、艦長が残酷な処刑を行おうとしたため、兵士たちの不満が爆発、彼らは将校に反旗を翻した。水兵たちは果敢に戦い、ついに戦艦を占領してオデッサに入港する。しかし、ワクリンチュクは下士官に射たれて死ぬ。海辺には彼の死を悼んで、多数の市民がつめかけた。やがて、ポチョムキンの水兵の情熱とオデッサの労働者の怒りは一つになった…。

調和のとれた構成、明確で印象的なカット、様々なタイプのモンタージュを駆使した結果得られた映画的比楡など、類まれな力強いドラマテイズムを生みだした、世界映画史上に名高い古典。オデッサ階段での虐殺シーンなど名場面が随所に登場し、後世の映像芸術に与えた影響は計り知れない。

オールロケの記録映画的手法と『ストライキ』より前進した「アトラクションのモンタージュ」の実践により、専制とその圧政から解放されたいとする民衆との力の対決を、衝撃的とも云うべき、新鮮な迫力で浮かびあがらせ、世界各地で大きな反響を呼んだ。

その結果、共産主義を恐れる勢力によって、上映禁止となったり、カットして上映されたりもした。日本でも輸入禁止となり、1959年、34年ぶりに自主上映運動の手によって公開され、1967年にATG配給により一般劇場公開された。

全線(古きものと新しきもの)
The General Line(Old and New) (aka Старое и новое)

開映時間 ※上映は終了しました
セルゲイ・エイゼンシュテイン監督作品/1929年/ソ連/90分/35mm/スタンダード/サイレント

■監督・脚本 セルゲイ・エイゼンシュテイン/グリゴーリー・アレクサンドロフ
■撮影 エドゥアルド・ティッセ
■美術 ワシーリー・ゴヴリーギン/ワシーリー・ラハリス

■出演 マルファ・ラプキナ/M・イワーニン/ワーシヤ・ブゼンコフ/ネジーコフ/チュフマリョフ/I・ユージン/Ye・スハリョワ

★サイレント・音楽なし上映となります。

【1/13(日)・29(火)★2日間】

モンタージュ手法とドキュメンタリータッチを駆使して 農業改革を映像化した実験的に作品

広大なロシアの農村。革命後数年がたっていたが、畑地の隅では貧しく、不潔で前近代的な生活が営まれていた。農婦マルファもそうした貧農の一人だった。彼女には耕作する馬がない。富農の所へ馬を借りに行っても断わられ、仕方なく痩せこけた牛に犂を引かせているが、牛はついに倒れてしまう。絶望したマルファは政府が提唱する農業協同組合結成の呼びかけに応じる決心をした。

古くからの伝統と因習のなかで暮らしていた多くの農民たちも、組合がその資金で初めて購入した牛乳分雌器の作業の成果を目のあたりにして、目を覚まさせられた。組合員の数は一挙に増加。さらに組合は種牛を購入して、牛も増え始めた。官僚的な仕事のために遅れていたトラクターの導入もマルファの努力で実現することになる――。

1925年12月、ロシア共産党大会は工業と農業における社会主義化の促進を決議した。「全線」とは党の基本方針を意味するが、この映画は、それに応え、農業の集団化と機械化による社会主義化を描いたものである。農村の集団化をテーマに取りあげた最初の映画となった。

撮影はかつてのべンザ県の農村で、土地の農民が出演して行われ、主役を演じたマルファ・ラプイキナも農婦であった。エイゼンシュテインは、ほとんど記録映画スタイルで、ロシア農村の貧困と後進性、宗教の欺瞞、農民の意識の変化、機械化された農業の持つ可能性などのテーマをモンタージュを駆使して描き、特にエモーショナルな表現を呼び起こす様に努力している。

なお、29年初めに完成した本作は、一部に批判を受けたため手直しを行い、タイトルも「古きものと新しきもの」と改めて公開された。

十月
October (aka Октябрь)

開映時間 ※上映は終了しました
セルゲイ・エイゼンシュテイン監督作品/1928年/ソ連/109分/35mm/スタンダード/MONO:サウンド版

■監督・脚本 セルゲイ・エイゼンシュテイン/グリゴーリー・アレクサンドロフ
■撮影 エドゥアルド・ティッセ
■美術 ワシリー・コヴリーギン
■音楽 ドミトリー・ショスタコーヴィチ

■出演 ワシーリー・ニカンドロフ/N・ポポフ/ボリス・リワーノフ/N.ボドヴォイスキー/エドゥアルド・ティッセ/レニグラード市民

【1/13(日)・29(火)★2日間】

1917年の2月革命から10月革命にいたるまでの歴史的過程を再現した壮大な叙事詩

1917年3月(旧暦2月)、アレクサンドルⅢ世の鋼像が引き倒される。第一次大戦の最中、ロシアの民衆は遂に帝政を打倒した。ブルジョアジーは臨時政府の成立を祝い、前線では、平和の到来を期待してロシアとドイツの兵士達が固い握手を交そうとしていた。だが、政権を取ったブルジョア臨時政府は、戦争続行を命令する。

4月、ペトログラードは飢えと寒さに苦しんでいた。レーニンは亡命先から帰国し、フィンランド駅頭で臨時政府打倒を訴え「全ての権力を労農ソビエトヘ!」と声明する。

7月、ペトログラードの労働者、農民、水兵の平穏な非武装のデモ隊に対して政府側が機関銃を掃射した。レーニン率いるボリシェヴィキの事務所や機関紙の印刷所が襲撃され、ボリシェヴィキは再び地下活動を余儀なくされる。

10月、ボリシェヴイキーの中央委員会は11月6日の武装蜂起を決定する。そして11月7日、第ニ回ソビエト大会が開かれると時を同じくして、ネヴァ河に浮かぶ巡洋艦オーロラ号の砲撃を合図に臨時政府最後の砦、冬宮への総攻撃が開始された…。

本作は、革命の幾つかのモニュメンタルなエピソードを再現させるとともに、劇映画で初めてレーニンを登場させた作品となった。本作でもエイゼンシュテインは、徹底した記録映画的手法によっていて、クライマックスの冬宮襲撃をはじめ、7月デモに対する血の弾圧、フィンランド駅前広場でのレーニンの演説などの群衆シーンが圧倒的な迫力で描かれる。

同時に、ケレンスキーの登場やコルニーロフ将軍の反革命反乱、ソビエト大会でのメンシェヴィキ派の演説といったエピソードでは、例えば、コルニーロフの“神”を嘲弄するために、古来の“神”の偶像からキリストまでの“神”をモンタージュして見せるなど象徴的映像の組合わせから生じる心理的連想を用いた「知的モンタージュ」が実践された。しかし、その複雑で難解な風刺スタイルは議論の的となった。

アレクサンドル・ネフスキー
Aleksandr Nevskiy (aka Александр Невский)

開映時間 ※上映は終了しました
セルゲイ・エイゼンシュテイン監督作品/1938年/ソ連/108分/DVD/スタンダード

■監督・脚本 セルゲイ・エイゼンシュテイン
■脚本 ピョートル・パヴレンコ
■撮影 エドゥアルド・ティッセ
■美術 イサク・シピネリ/ニコライ・ソロヴィヨフ
■音楽 セルゲイ・プロコーフィエフ

■出演 ニコライ・チェルカーソフ/ニコライ・オフロプコフ/アレクサンドル・アブリコーソフ/ドミトリー・オルロフ/ワシーリー・ノヴィコフ/ヴェラ・イワシェワ/アンナ・ダニーロワ

【1/14(月)・30(水)★2日間】

13世紀に実在したロシアの英雄アレクサンドル・ネフスキー公の半生を描いた伝記ドラマ

13世紀、ロシアは東からタタールに侵略され、西からゲルマンの侵入を受けていた。プスコフがゲルマンのチュートン騎士団に占領されて、危機が迫った商業都市ノヴゴロドの民衆は、降伏を主張する大商人たちを斥けて、かつてネヴァ河でスウェーデン軍を撃退したアレクサンドル・ネフスキー公爵を迎えて、騎士団に立ち向かうことを決めた。 公爵は農民を起ち上らせ、義勇軍を編成し、かつてネフスキーと共に戦った戦士のブスライとオレクシチも農民軍と共に戦場へ向う――。

1932年、エイゼンシュテインは「メキシコ万歳」を未完のままアメリカより帰国。以後、彼は国立映画大学監督科教授を務めながら「べージン草原」の撮影に入った。しかし当時のソビエト映画界は社会主義リアリズム路線が採択され、彼のモンタージュ論や20年代の作品も批判にさらされて、37年には「べージン草原」の製作中止を余儀なくされた。

「全線」から9年たった38年、エイゼンシュテインは、外敵を撃破して祖国を守った、13世紀の民族的英雄アレクサンドル・ネフスキーを描いて映画界にカムバックする。本作はエイゼンシュテインの初めてのトーキー映画で、作曲家セルゲイ・プロコーフィェフの協力を得て、自らの「視聴覚のモンタージュ」を実践。なかでもチュード湖上の“氷上の戦い”のシーンはその典型的な例として有名である。

そして、この作品では、叙事詩的構成が古代ロシアの英雄叙事詩や民話の伝統と潭然となっている。さらに、全面的に俳優が出演しているのもこれまでの作品とちがっている。主人公のネフスキー役を演じたニコライ・チェルカーソフは後に同監督の「イワン雷帝」にも主演することになる。公開の翌年、ドイツと不可侵条約が締結されたため、ナチ・ドイツの侵略性と破滅を予見したこの映画は、一時上映中止となり41年にドイツの侵略が始まると再公開された。

メキシコ万歳
¡Que viva Mexico! (aka Да здравствует Мексика!)

開映時間 ※上映は終了しました
セルゲイ・エイゼンシュテイン監督作品/1931年/ソ連/86分/35mm/スタンダード/MONO

■監督・脚本 セルゲイ・エイゼンシュテイン
■助監督・監修 グリゴーリー・アレクサンドロフ
■撮影 エドゥアルド・ティッセ/ニコライ・オロノフスキー
■編集顧問 芸術博士ロスチスラフ・ユレーネフ
■朗読 セルゲイ・ボンダルチュク

■出演 イサベラ・ヴィリヤセニョル/マルチン・エルナンデス/ダヴィド・リセアガ

■1979年モスクワ映画祭名誉金賞受賞

★字幕なしプリントに日本語字幕を投影しての上映となります。

【1/14(月)・30(水)★2日間】

謎と伝説の扉に閉ざされたエイゼンシュテイン最大の遺産 メキシコ2000年の歴史と精神を描く幻の作品

【プロローグ】ユカタン半島に残る古代マヤ文明の遺跡がとこしえに変らぬ「時」の流れを語りかける。
【第1話(サンドゥンガ)】古い民謡サンドゥンガの調べにのせて、美しい乙女コンセプシオンの結婚式が繰り広げられ、植民地となる前のメキシコの平和な生活が彷彿する。
【第2話(フィエスタ)】ロマンチックで神秘的なグアダルーぺの聖処女祭が描かれる。
【第3話(マゲイ)】20世紀初頭、ポルフィリオ・ディアスの独裁時代の悲劇の物語。
【第4話(ソルダデーラ)】1910年のメキシコ革命の兵士たちと行動を共にする女達の物語。
【エピローグ】1931年のメキシコ。伝統的な“死の日”のカーニバルを描き、死を嘲笑するメキシコ民衆の姿を通して“生の勝利”を謳いあげる。

一切のキャストを現地人(半農奴や実際の警官)で固め、セットを使わない徹底したドキュメンタリー型式を採用、数篇の象徴的な挿話から成り立つユニークな構成によって、古代マヤやアステカの神々の時代から2000年に及ぶメキシコの“民族の生きた歴史”を鮮烈なイメージにして甦えらせようとしている。また、この作品で「ワン・ショットヘの深い凝視」と呼ばれる新しいスタイルの映像表現を試みようとした。

1928年、エイゼンシュテインは誕生したばかりのトーキー映画の実情調査とハリウッドで映画製作を行うために、アメリカへ渡り、メキシコでの映画撮影を実現した。しかし、映画は資金不足と出資者との意見のくい違いが原因で32年に製作中止となった。その後、長い交渉の末、ニューヨーク近代美術館に保管されていたネガがモスクワの国立フイルムフォンドに返還され、撮影スタッフでただ一人の生存者、アレクサンドロフ監督らの手で当時の脚本やその他膨大な資料を基に編集し、79年、撮影から実に半世紀を経て完成させた。

イワン雷帝 第1部/第2部
Ivan the Terrible, Part I/Part II (aka Иван Грозный)

開映時間 ※上映は終了しました
セルゲイ・エイゼンシュテイン監督作品/1944-1945年/ソ連/第1部:99分|第2部:88分/35mm/スタンダード/MONO

■監督・脚本 セルゲイ・エイゼンシュテイン
■撮影 アレクサンドル・モスクヴィン/エドゥアルド・テイッセ
■美術 イオシフ・シピネーリ
■音楽 セルゲイ・プロコーフイェフ

■出演 ニコライ・チェルカーソフ/リュドミーラ・ツェリコフスカヤ/カラフィーマ・ビルマン/パーヴェル・カードチニコフ/ミハイル・ナズワーノフ

■1946年ロカルノ映画祭最優秀撮影賞受賞

★字幕なしプリントに日本語字幕を投影しての上映となります。

【1/27(日)・31(木)★2日間】

"映画技法の父"エイゼンシュテインがイワン4世の圧政による国家統一の道程を描いた歴史スペクタクル

中世ロシアで外敵の侵入、貴族の横暴と戦い、強大な国家を建設して“雷帝”と呼ばれた専制君主イワン四世の激動の半生を描く2部作。第1部では、イワン雷帝が封建ロシアを強力な中央集権国家に統一していくまでを、第2部では、大貴族たちの陰謀と闘うイワン四世が描かれ、孤独で残忍な人間像が浮かびあがってくる。

『イワン雷帝』はエイゼンシュテインの遺作だが、同時にまた、“映画の悲劇”とも云べき不幸な運命を担わされた作品である。エイゼンシュテインは当初、16世紀の内乱時代にロシア統一をはたした皇帝イワン四世の生涯を描く三部作の映画を計画した。まず、戦火を逃れて疎開中の撮影所で第一部を完成させ、これはスターリン賞を受賞。第二部は45年に完成したが、時の“ジダーノフ批判”を受け、改作を命じられた。また、部分的に撮影が終っていた第三部の材料も破棄させられた。これは国家統一を成し遂げ、専制を築きあげたイワン雷帝の残酷無慈悲な弾圧や孤独の影にスターリン体制への批判が映ぜられていたからであった。

第2部はスターリン批判後の58年に初公開された。『イワン雷帝』は全体に優れた造型美を彷彿させるが、歌舞伎の所作事を演技に持ちこむなど、徹底した様式美の追求を行って、そのため長くコンビを組んだ、撮影のエドゥアルド・ティッセとも意見のくい違いを生むことになった。また第2部のラストの二巻では、「色づきでなく色彩で描く」という「色彩モンタージュ論」を試みて、主観的な彩色を行った。