ヤスミン・アフマド監督特集

すみちゃん

ヤスミン・アフマド監督の作品を見ていつも心に残るのは、笑いの絶えない言葉のやり取りと、容赦ない現実にぶち当たる人々の姿。多民族国家であるマレーシア出身のヤスミンは、常に民族、宗教、言語によるすれ違いを描いています。こんなにもマレーシアが多民族な国だったのかと驚きますが、日本でも様々な国の人が共に働き、生きていることを思い出し、民族間で起こる問題とは、どこの国でもあるのだと気づかされます。

マレーシアではイスラム教が主な宗教とされていて、マレー系がムスリム、中華系、インド系は非ムスリムとして認識されています。このムスリム、非ムスリムによって、結婚が出来なかったり、冠婚葬祭に一緒に参加できなかったりと、様々な壁が存在します。そしてもう一つ、ブミプトラと非ブミプトラの区別があります。ブミプトラとはサンスクリット語の「土地の子」という言葉に由来していて、植民地化以前に祖先がマレーシアにいたマレー人と先住諸族をブミプトラ、植民地期に祖先が来た華人とインド人を非ブミプトラとしています。ブミプトラは大学進学や海外留学の奨学金の割り当て、公務員の採用などで優先されるなど、未だに民族間の根深い違いが存在しています。ヤスミン監督はその壁を、映画の中で乗り越えようとします。そして厳しいマレーシア内の検閲にも、批判にも、彼女は果敢に向き合い続けたのです。ユーモアと共に!

『細い目』は中華系の男の子ジェイソンと、マレー系の女の子オーキッドが恋に落ちるお話。オーキッドは香港映画スターが好きで、市場に出かけた時、海賊版香港映画VCDを販売しているジェイソンと出会います。少し話せる広東語で話しかけるオーキッド。民族の違いを、言語という形でひょいと超えていきます。そして二人のデートでは、男女のイメージをも超えていきます。力強いオーキッドと繊細なジェイソン。どちらもとても魅力的に見えるのは、お互いが惹かれ合い、認め合う姿が愛おしく感じるからかもしれません。

『タレンタイム〜優しい歌』は、ある高校での音楽コンクール“タレンタイム”に向けて、生徒がオーディションを受ける姿や、その生徒たちが直面する恋愛や友情、家族との衝突や支え合う姿が描かれています。こちらもマレー系の女学生ムルーと、インド系の男子学生マヘシュとの恋には民族の違いという壁が存在しています。マヘシュにはもう一つ、耳が聞こえないという壁があり、ムルーと上手くコミュニケーションが取れません。あらゆる壁が存在する中で、この映画では、音楽が一つ、壁を超えるものとして使われます。中華系の楽器である二胡の音色は美しく、ムルーの歌声は優しくて、ハフィズの作詞作曲の歌に込められた思いが心に響きます。そしてなんと、おならの音までも…!?

さっきまで悲しみに包まれた気持ちが、次のシーンでは笑って温かな気持ちに!ヤスミン作品は、悲しみと喜びが表裏一体なものとして存在し、当たり前なものとして描かれます。そしてそれは唐突でもあり、心の準備ができないままに登場人物たちは翻弄されてしまいます。ですが、常に笑ったり泣いたりする場所に、寄り添い、側にいてくれる人がヤスミン監督の作品には必ず存在しています。私たちは一人では生きていないということ、そして違いのある人々が共に側で生きていることを、映画を通して強く感じるのです。

コロナ禍で感じた、近くにいる人と一緒にいる時間の尊さを、より一層と感じるかもしれません。そんな二本立てになることを願っております。

参考文献:『マレーシア映画の母 ヤスミン・アフマドの世界――人とその作品、継承者たち』

タレンタイム~優しい歌
Talentime

ヤスミン・アフマド監督作品/2009年/マレーシア/115分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 ヤスミン・アフマド
■撮影 キョン・ロウ
■音楽 ピート・テオ

■出演 パメラ・チョン/マヘシュ・ジュガル・キショール/モハマド・シャフィー・ナスウィップ/ハワード・ホン・カーホウ

■2009年シネマニラ国際映画祭最優秀東南アジア映画賞受賞/マレーシア・アカデミー賞最優秀監督賞・脚本賞・助演男優賞・有望新人賞受賞

© Primeworks Studios Sdn Bhd

歌ってごらん 笑ってごらん すべてを越えて 心は届く

ある高校で、音楽コンクール“タレンタイム” (マレーシア英語=学生の芸能コンテストのこと)が開催される。ピアノの上手な女子学生ムルーは、耳の聞こえないマヘシュと恋に落ちる。二胡を演奏する優等生カーホウは、成績優秀で歌もギターも上手な転校生ハフィズに成績トップの座を奪われ、わだかまりを感じている。マヘシュの叔父に起きる悲劇、ムルーとの交際に強く反対するマヘシュの母、闘病を続けるハフィズの母…。マレー系、インド系、中国系…民族や宗教の違いによる葛藤も抱えながら、彼らはいよいよコンクール当日を迎える……。

たくさんの民族が暮らす街で、音楽コンクール"タレンタイム”に挑戦するかけがえのない青春を描くヤスミン・アフマド監督の遺作長編作品。

2009年7月25日、51歳の若さで亡くなったマレーシアの女性監督ヤスミン・アフマド。アジア映画の未来への道しるべと期待された彼女の早すぎる死は世界中のファンを悲しませた。2003年に監督デビューし、2004年の『細い目』が東京国際映画祭最優秀アジア映画賞を受賞。その後も素晴らしい作品を発表し、国際的にも注目を集めたが、本作『タレンタイム〜優しい歌』を発表後、脳内出血により急逝した。活動期間はわずか6年。その間に残した長編は6本だった。

ヤスミンが遺した映画は多民族国家マレーシアを映しだし、マレー語・中国語・タミル語など言語も複数使われ、民族や宗教が異なる人々が登場する。様々な人々が混在する世界をそのまま肯定し、民族や宗教の壁を軽やかに越えるヤスミン・ワールドともいうべき世界を描きだした。ヤスミンの最高傑作で、長編映画としての遺作となった『タレンタイム〜優しい歌』は、映画を見た人のほとんどが、宝物のような映画、生涯のベストワンと語る伝説の映画となった。

細い目
Sepet

ヤスミン・アフマド監督作品/2004年/マレーシア/107分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 ヤスミン・アフマド
■撮影 キョン・ロウ
■編集 アファンディ・ジャマルデン

■出演  シャリファ・アマニ/ン・チューセン/ライナス・チャン/タン・メイ・リン/ハリス・イスカンダル

■2004年マレーシア・アカデミー賞グランプリ・最優秀監督賞・脚本賞・助演女優賞・新人男優賞・新人女優賞受賞/第18回東京国際映画祭最優秀アジア映画賞受賞

想いはとどく。

オーキッドは、香港映画のスター、金城武が大好きなマレー人の少女。ある日、香港映画を探しに友達と市場に出かけた彼女は、屋台で海賊版の香港映画VCDを売る中華系(華人)の少年ジェイソンと出会う。ジェイソンは、オーキッドを見て、一瞬で恋に落ちてしまう。

それから二人はデートを重ね、会うたびにどんどん心が近づいていく。民族や宗教が異なろうと、彼らの家族は2人の恋を理解するが…。

今もなお。そして10年後もきっと。心に残りつづける初恋。ヤスミン・アフマド監督が贈る、もうひとつの傑作。

見た人の多くが「オールタイム・ベスト1!」と絶賛する『タレンタイム~優しい歌』(09)とともにもうひとつの傑作といわれる本作『細い目』。観客の心に涙と笑いを。社会のあり方を問いながらも喜びを届けつづけたヤスミン監督らしい名作だ。細い目とは、中国系の目が細いことをからかうマレーシアの言い方。この映画の大ヒットをきっかけに、チャーミングな目と価値観さえも変えたという。

『細い目』は、普遍的なラブストーリーであり、家族の愛情や友情を描く普遍的な人間ドラマであるとともに、一方で、民族や宗教が異なる男女の恋という当時マレーシア映画が描こうとしなかった題材をとりあげている。また、マレー語映画が主流であった時代に英語、マレー語、広東語、などが飛び交う多言語の映画として完成させたことからも、マレーシア映画界を革新し、より寛容な世界を望んだヤスミン監督の勇気ある優しさが感じられる。

主演はヤスミン監督のミューズ、当時17歳のシャリファ・アマニと映画初出演のン・チューセン。ヤスミン・ファミリーといえる役者たちが若いふたりを支える。マレーシア・アカデミー賞でグランプリ、監督賞、脚本賞、新人男優&女優賞など6部門を独占し、第18回東京国際映画祭でも最優秀アジア映画賞を受賞。ヤスミンの名前を一躍、世界に知らしめた必見の一作。