【2021/1/2(土)~1/8(金)】小津安二郎監督特集<第2週>『秋日和』+『彼岸花』/『戸田家の兄妹』+『東京の合唱』

ぽっけ

早稲田松竹2021年の一週目は先週に引き続き小津安二郎監督特集です。今週上映する『秋日和』『彼岸花』『戸田家の兄妹』『東京の合唱』。小津監督の作品は一つの作品としても傑出していますが、多くの作品、作品群として見ることでまた一段と面白さが増します。

 娘の結婚という出来事は小津監督の作品には欠かせない題材ですが、『秋日和』は娘の結婚を主題にした代表作『晩春』と並んで、まるで姉妹作のように類似点の多い作品です。まだ結婚しないと言い張る娘の姿も『晩春』だけでなく『秋刀魚の味』などでも見られますが、残されるのが父親ではなく母親であるという点が大きく異なります。自分が結婚すれば一人ぼっちになってしまう母親を気遣い婚期を遅らせる娘。『晩春』ではその娘役を演じた原節子が今作で母親役を演じていることも見逃せません。その一人きりの佇まいは『晩春』『秋刀魚の味』の笠智衆の姿を思わせます。

 また『彼岸花』の結婚の相手を勝手に決められてしまうことから逃れようとする娘たち、それに右往左往させられる父親たち、例えばその佐分利信の姿を『戸田家の兄妹』で母をたらい回し(ここには『東京物語』も感じさせます)にした親戚たちを叱りつけるその姿に重ねて見てみるのも面白いでしょう。『戸田家の兄妹』では『小早川家の秋』で扱われる一家の当主の急な死と、それに伴う家の崩壊、ひいては戦中のこの時期に撮られたにも関わらず家父長制の衰退を扱っています。見合い相手と会うことを避けて海岸へと下駄のまま逃れていく佐分利信の姿は『彼岸花』で最後まで反対していた結婚した娘の元へと向かう姿と切り返しの関係を結んでいます。

 『東京の合唱』は今回上映するなかでは最も古い作品です。保険会社に勤めていたが、同僚の不当な解雇を訴え、直談判したばかりに即刻解雇されてしまう主人公。息子と約束していた自転車も買ってやれず、しつこいおねだりを叱りながらも、可哀そうだからと無理をする。娘の病気も重なり、妻の心配を背中に感じながら仕事を探す主人公が、昔叱られてばかりいた中学時代の先生に偶然再会したところ、先生は昔の知己を頼って仕事を斡旋してくれるのです。

『秋刀魚の味』での先生は今ではラーメン屋を営み「ああはなりたくない」と思わせられるような酩酊した姿を見せつけていますが、『東京の合唱』の先生ももう先生はやめていてカレー屋を営んでいます。小津作品において、先生の姿はどこか現役で会った頃よりもいつも落ちぶれてしまっているのです。頭ごなしに解雇され、久しぶりに再会した昔は偉かった先生が、今は自分たちと同じ目線になっていること。ここには、解雇した(今でいえばパワハラ?)社長のみならず、息子のおねだりを叱った父親としての自分自身の姿さえ反映されているのです。

映画を見ることはまるで鏡を見るようだと思う瞬間がありますが、小津監督の映画には映画と映画の間、人と人の間に反復するこうした関係が潜んでいるように思えてなりません。そうした似姿の影を見てみると、あるときには写されているものが、あるときには明確に隠され、ずらされながら語り続けられている。その増殖しながら、ずれていくような面白さは、多様で一筋縄ではいかない現実を見つめる小津作品の魅力だと思います。

今回上映するのは限られた作品でありますが、まだまだたくさんある小津監督の作品の中からお気に入りの作品を見つけて楽しんでもらえれば幸いです。

彼岸花<デジタル修復版>
Equinox Flower

小津安二郎監督作品/1958年/日本/118分/DCP/スタンダード

■監督 小津安二郎
■原作 里見弴
■脚本 野田高梧/小津安二郎
■撮影 厚田雄春
■編集 浜村義康
■美術 浜田辰雄
■音楽 斎藤高順

■出演 佐分利信/田中絹代/有馬稲子/久我美子/佐田啓二/高橋貞二/山本富士子/桑野みゆき/笠智衆/浪花千栄子/渡辺文雄

©1958 松竹株式会社

★本編はカラーです

【2021年1月2日から1月5日まで上映】

娘の結婚に冷静になれないがんこ親父を中心に描いた、小津の初めてのカラー作品。

平山渉は娘、節子には良い縁談をと考えていた。ある日、突然、節子との結婚を了解して欲しいという谷口が平山の会社を訪れ、節子と谷口の交際が発覚。知人の娘の縁談には寛容な平山であったが、節子が相談なしに結婚の約束をしたと知り、激怒する。節子と谷口との結婚を許さない平山のもとに、節子の友人、幸子が自分の縁談で困っている、と相談にやってきて…。

娘を持つ頑固な父親の悩みと喜びをしみじみと描いた家族ドラマ。田中絹代、有馬稲子、山本富士子という豪華女優陣の共演が楽しめる。存在感のある父親像を佐分利信がおもしろおかしく好演。小津安二郎が手がけた初カラー作品で、監督が好んだドイツのアグファカラーの落ち着いた発色は、以後‟小津の色”として定着する。

秋日和<デジタル修復版>
Late Autumn

小津安二郎監督作品/1960年/日本/128分/DCP/スタンダード

■監督 小津安二郎
■原作 里見弴
■脚本 野田高梧/小津安二郎
■撮影 厚田雄春
■編集 浜村義康
■美術 浜田辰雄
■音楽 斎藤高順

■出演 原節子/司葉子/岡田茉莉子/佐田啓二/佐分利信/北竜二/中村伸郎/沢村貞子/桑野みゆき/島津雅彦/ 笠智衆/三上真一郎

©1960 松竹株式会社

★本編はカラーです

【2021年1月2日から1月5日まで上映】

まだ美しい未亡人である母に持ち込まれた再婚話に娘は誤解をする…。人生の真実にさりげなく触れる晩年の小津の成熟したドラマ。

麻布の寺で、三輪の七回忌の法要が行われた。三輪の学生時代の友人・間宮、田口、平山の三人が久しぶりに集まる。彼らは三輪の娘・アヤ子に縁談を勧めるが、笑ってごまかされてしまう。実はアヤ子は、結婚すると母・秋子が一人になるのを気遣っていたのだった。間宮と田口は、秋子が再婚すれば、アヤ子も結婚を決心するだろうと秋子と平山の再婚を画策するのだが、話はこじれてしまう…。

亡夫の七回忌を終えた美しい未亡人と、婚期を迎えた娘の間に起きる小さな心の波風を繊細に描く名作。取り巻きの紳士たちのユーモアに小津の余裕に満ちた練達の技が見える。『晩春』の父娘関係を母娘に置き換えてカラー化した作品とも言える。

東京の合唱
The Chorus of Tokyo

小津安二郎監督作品/1931年/日本/90分/35mm/サイレント/スタンダード

■監督 小津安二郎
■原案 北村小松
■脚本 野田高梧
■撮影・編集 茂原英朗

■出演 岡田時彦/八雲恵美子/菅原秀雄/高峰秀子/斎藤達雄/飯田蝶子/坂本武

©1931 松竹株式会社

【2021年1月6日から1月8日まで上映】

不景気の世相を背景に、サラリーマンの悲哀をコミカルに描いたサイレント作品。

生意気な中学時代を過ごし、現在は妻と長女の美代子ら3人の子どもを持つサラリーマンの岡島はボーナスを心待ちにしていた。だが、老社員の山田が不当にクビにされたことを社長に抗議して自分も解雇されてしまう。そして、中学時代の恩師である大村先生が定年退職後に始めた食堂「カロリー軒」をいやいや手伝うことになるが…。

不景気の世相を背景に、同僚の解雇に抗議して自分もクビになったサラリーマンの悲哀を、コミカルな演出も交えて描いた作品。脚本は北村小松の小説集「小市民街」に収められたいくつかの小説からまとめられている。長女に扮するのは子役時代の高峰秀子。また”オズ映画の洋食屋”として印象深い「カロリー軒」の登場にも注目。

戸田家の兄妹
Brothers and Sisters of the Toda Family

小津安二郎監督作品/1941年/日本/105分/35mm/スタンダード/MONO

■監督 小津安二郎
■脚本 池田忠雄/小津安二郎
■撮影 厚田雄治
■編集 浜村義康
■美術 浜田辰雄
■音楽 伊藤宣二

■出演 藤野秀夫/葛城文子/吉川満子/斎藤達雄/三宅邦子/坪内美子/近衛敏明/高峰三枝子/桑野通子

©1941 松竹株式会社

-35㎜プリント上映素材の状態について-
本作品は製作から長い年月が経っているため、一部お聞き苦しい箇所がございます。ご了承の上ご鑑賞下さい。

【2021年1月6日から1月8日まで上映】

父の死をきっかけに解体してゆく大家族を描き出した、大船スター総出演の家族劇。戦時下の小津作品として貴重な一本。

上流階級である戸田家の当主が亡くなり、借財の整理に本宅などを処分することになった。未亡人は末娘を連れ、結婚して家を出た子どもたちの家を転々とするが、どこでも邪魔者扱いされ、結局、最後は古ぼけた別荘に落ちつくことになる。だが、亡父の一周忌に満州から帰国した末弟は、そんな兄姉たちの不義理をなじり…。

中国戦線から帰還した小津安二郎監督の久々の作品。ブルジョワ一家の当主が亡くなり、残された妻や子供達とそれぞれの家族が右往左往しながら、父親の一周忌を迎えるまでの経緯を描く。終盤、兄や姉の親孝行ぶりを批判する次男の言葉は、その決然とした態度によって強いカタルシスを感じさせる。