しかまる。
20世紀最大の巨匠と呼ばれ、今なお多くのクリエイターに影響を与え続けるイングマール・ベルイマン監督。数ある名作群の中からベルイマンの女性を描く名手としての一面が色濃く表れた『仮面/ペルソナ』と『叫びとささやき』を上映いたします。
主な登場人物が女性だけで構成された『仮面/ペルソナ』と『叫びとささやき』。ベルイマンはそこに真紅で塗られた精神の密室、白と黒の衣装、北欧の冷たい空気を用意しました。その舞台装置上で物語が進むにつれ、母性の欠如や抑圧される性、愛の希薄や渇望など彼女たちが抱える個々の問題が浮かび上がってきます。その痛々しいまでの叫びを彼が愛した歴代の女優たちが見事に体現し、ぶつかり合う魂は演じる互いだけでなく、そのまま観客の心までをも侵食していきます。
生涯にわたって宗教と神の問題や愛と憎悪、親子の確執といったテーマに取り組んだベルイマン。私は“難解そう”という先入観にとらわれ、彼の作品を観てきませんでした。しかし、いざ思い切って触れてみると、そういったテーマだけにとどまらず、ただスクリーンの中で起こる出来事に没頭する面白さに気づかされます。そこに映っているのは普遍的な人間の痛みや苦しみなのです。そうしてベルイマンの作品群を通過した後に様々な映画に触れると、新しい発見と驚きに満ち溢れています。
近年公開された映画に目を向けると、つい最近当館でも上映した『ミッドサマー』(2019)をはじめ、ベルイマンが映画史に残したエッセンスが多く引用されています。例えば2018年にリメイクされた『サスペリア』では主人公スージーの故郷で病に伏している母の呻き声や真紅の色彩が、同年に製作された『女王陛下のお気に入り』ではストーリーの軸となる3人の女性たちの心理戦やモノトーンで構成された衣装にまでオマージュが散りばめられているのです(奇しくも過去にこの2本立てで上映しています)。
今週の作品は以前の私のように、クラシック作品に対してハードルを感じている人たちにこそ観ていただきたい二本立てです。
叫びとささやき
Cries and Whispers
■監督・脚本 イングマール・ベルイマン
■製作 イングマール・ベルイマン/ラーシュ=オーヴェ・カールベルイ
■撮影 スヴェン・ニクヴィスト
■編集 シブ・ラングレン
■美術 マリク・ボス
■使用楽曲 F・ショパン「マズルカ イ短調 作品 17-4」、J・S・バッハ「無伴奏チェロ組曲 第 5 番ハ短調より サラバンド」
■出演 イングリッド・チューリン/ハリエット・アンデション/リヴ・ウルマン/カリ・シルヴァン
■1973年アカデミー賞撮影賞受賞/1972年全米批評家協会賞脚本賞・撮影賞受賞
©1973 AB SVENSK FILMINDUSTRI
【2020年10月31日から11月6日まで上映】
人間の、女の、心の底にうごめくたえざる性と死へのおののき――現代の孤独をあばく衝撃作。
19世紀末のスウェーデンの大邸宅。優雅な生活を送る上流階級の3人姉妹と召使。4人の女性のそれぞれの愛と孤独、生と性の断片を強烈な赤のイメージで抉り出し、まさにベルイマン芸術のエッセンスが花開いた名作。トリュフォーが絶賛し、アメリカでのベルイマンの最大のヒット作となった。
仮面/ペルソナ
Persona
■監督・脚本 イングマール・ベルイマン
■製作 イングマール・ベルイマン/ラーシュ=オーヴェ・カールベルイ
■撮影 スヴェン・ニクヴィスト
■編集 ウッラ・リーゲ
■音楽 ラーシュ・ヨハン・ワーレ
■出演 ビビ・アンデション/リヴ・ウルマン/グンナール・ビョルンストランド/マルガレータ・クローク
■1967年全米批評家協会賞作品賞・監督賞・主演女優賞
© 1966 AB Svensk Filmindustri
【2020年10月31日から11月6日まで上映】
私の中に陶酔するもう一人の私…女だけの愛の世界を白日のもとにさらけだす問題作!
失語症に陥ったスター女優と、彼女を看病することになった看護婦。海辺の別荘でふたりだけで生活していくうちに、お互い自意識の“仮面”が剥がされ、溶け合い、交錯していく…。「映画」と名付けられる予定だった本作は、ベルイマンによる映画論だ。終生にわたるパートナーとなったリヴ・ウルマンとは、本作でベルイマンに見出され、以降共に傑作を生み出してゆくことになる。