その歴史は今も続いている

ミ・ナミ

『1987、ある闘いの真実』のチャン・ジュナン監督は、「歴史とは奥深いもので、互いに影響を受けながら続いていく」と語っています。過去の歴史と今ある現実の世界は地続きであるからこそ、「歴史から学べ」という言葉がくり返し交わされます。

しかし実際は、起きた直後は人々の耳目を集めはしても、多くの場合次第に風化し忘れ去られてしまいます。後を絶たない銃乱射事件は惨劇の“規模”だけが記録として残り、悲劇をまぬがれた者が胸をかきむしるように生きていることはほとんど省みられません。そのとき、元々あった悲しみや絶望は置き去りにされたままなのではないでしょうか。

今週の早稲田松竹は、悲劇で失われたもの、その後も続いていく生が引き受けるものについて教えてくれる作品を上映いたします。

1987、ある闘いの真実
1987: When the Day Comes

開映時間 ※上映は終了しました
チャン・ジュナン監督作品/2017年/韓国/129分/DCP/ビスタ

■監督 チャン・ジュナン
■撮影 キム・ウヒョン
■編集 ヤン・ジンモ
■音楽 キム・テソン

■出演 キム・ユンソク/ハ・ジョンウ/ユ・ヘジン/キム・テリ/ソル・ギョング/パク・ヘスン/イ・ヒジュン/カン・ドンウォン/ヨ・ジング

■2018年青龍映画賞最優秀作品賞/百想芸術大賞主要4部門受賞

©2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS RESERVED

【2019年3月9日から3月15日まで上映】

1987年、一人の大学生の死が人々の心に火をつけた——

空前の好景気“バブル”の幕開けに日本中が浮かれていた1987年、飛行機でたった3時間の韓国では、歴史をくつがえし、国民全員の人生を劇的に変えた大事件が発生していた——。すべての始まりは、一人の青年の“不可解な死”。警察に連行されたソウル大学の学生が、取り調べ中に命を落としたのだ。警察は心臓麻痺だと発表するが、裏情報をつかんだ新聞が「拷問中に死亡」とスクープし、大騒動へと発展していく…。

誰もが驚愕する。これは、わずか31年前の事件——国民が国と闘った韓国民主化闘争を描く衝撃の実話!

『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』が民主化運動の口火を切った「光州事件」を熱く描き切った作品なら、『1987、ある闘いの真実』は、腐り果てた公権力が崩壊していくさまを克明に見つめた映画だといえます。

一方、闘争で命を落とし英雄として皆から称えられても、大事な家族は二度と戻ってはこないという遺族の複雑な悲哀をすくい取っていて、娯楽作でありながらそうした真摯さが光ります。

ちなみに本作で使われている「その日が来れば」は、古くから韓国の民主化闘争を支える民衆歌謡。1987年の民主化運動、そして、2016年、当時の朴槿恵政権を退陣させる市民デモの現場で掲げられたのでした。
(ミ・ナミ)

判決、ふたつの希望
The Insult

開映時間 ※上映は終了しました
ジアド・ドゥエイリ監督作品/2017年/レバノン・フランス/113分/DCP/シネスコ

■監督・脚本 ジアド・ドゥエイリ
■脚本 ジョエル・トゥーマ
■撮影 トマソ・フィオリッリ
■編集 ドミニク・マルコンブ
■音楽 エリック・ヌヴー

■出演 アデル・カラム/リタ・ハーエク/カメル・エル=バシャ/クリスティーン・シュウェイリー/カミール・サラーメ/ディヤマン・アブー・アッブード

■第74回ヴェネチア国際映画祭最優秀男優賞受賞/第90回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート

©2017 TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL – EZEKIEL FILMS – SCOPE PICTURES – DOURI FILMS
PHOTO © TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL

【2019年3月9日から3月15日まで上映】

ただ、謝罪だけが欲しかった。

レバノンの首都ベイルート。その一角で住宅の補修作業を行っていたパレスチナ人の現場監督ヤーセルと、キリスト教徒のレバノン人男性トニーが、アパートのバルコニーからの水漏れをめぐって諍いを起こす。このときヤーセルがふと漏らした悪態はトニーの猛烈な怒りを買い、ヤーセルもまたトニーのタブーに触れる“ある一言”に尊厳を深く傷つけられ、ふたりの対立は法廷へ持ち込まれる。やがて、メディアが両陣営の衝突を大々的に報じたことから裁判は世間の注目を集め、“水漏れ”から始まった小さな事件は、レバノン全土を震撼させる騒乱へと発展していくのだった…。

人間の尊厳をかけ、二転三転する裁判の判決はいかに? 圧倒的な驚きと感動に満ちた社会派エンターテインメント!

ささいな諍いの火の粉が、対立を利用して利を得ようとする集団によって大きな憎悪へと変容してしまうことがあります。『判決、ふたつの希望』で、トニーとヤーセルという、二人の平凡な中年男性のささいな口論は、やがて当事者もあずかり知らぬ政治と民族の緊張にまで発展してしまいます。

本作でパレスチナとレバノンの複雑さについてあまりにも無知であることに気づかされましたが、しかし同時に、映画における「希望」の表現だけが、そうした葛藤を理解する可能性を示唆しています。すなわち人間の心のやり取りによってこそ、深く強い憎しみから救いだせるのかもしれません。
(ミ・ナミ)

特別レイトショー『静かなる叫び』
【Late Show】Polytechnique

開映時間 ※上映は終了しました
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品/2009年/カナダ/77分/DCP/シネスコ

■監督・脚本 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
■脚本 ジャック・ダヴィッド
■撮影 ピエール・ギル
■編集 リチャード・コモー
■音楽 ブノワ・シャレスト

■出演 カリーヌ・ヴァナッス/セバスチャン・ウベルドー/マキシム・ゴーデット/エブリーヌ・ブロシュ

■2009年ジニー賞(カナダアカデミー賞)作品賞、監督賞ほか主要9部門受賞

★レイトショー上映はどなた様も一律1000円でご鑑賞いただけます。
★チケットは、連日10:00より受付にて販売いたします(当日券のみ)。
★ご入場は、チケットに記載された整理番号順となります。

© 2008 RP POLYTECHNIQUE PRODUCTIONS INC.

【2019年3月9日から3月15日まで上映】

あの日のことは今も 私の魂を揺さぶる

1989年12月6日、モントリオール。理工科大学に通い、就職活動中の女子学生ヴァレリーとその友人であるジャン=フランソワは、いつも通りの一日を送っていた。しかし、そんな日常は突然、恐怖に陥れられる。男子学生の一人がライフル銃を持って構内に入り、女子学生を目がけて次々と発砲し始めたのだ。容赦ない銃撃に必死に逃げ惑う学生たち。犯人は14人もの女子学生を殺害し、最後は自殺を図る。重傷を負いながらも生き残ったヴァレリーと、負傷した女子学生を救ったジャン=フランソワ。心に深い傷を負った2人は、その後も継続する非日常の中でもがき苦しみ、戦い続けるが——。

カナダで実際に起きた銃乱射事件を基に描き出す、人間の儚さ、痛み、そして希望——ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、幻の問題作!

最新作『ブレードランナー2049』、次回作がリブート版『デューン砂の惑星』と、職業監督としての名声を十分に得た感のあるドゥニ・ヴィルヌーヴの隠れた名作『静かなる叫び』。カナダのモントリオール理工科大学で1989年に起きた銃乱射事件をベースに作られた本作は、ヘイトクライム(*)の恐怖と残酷さに肉迫しています。しかしそれ以上にこの映画には、人間の機微の描き方において大きな価値があります。

女性ばかりに執拗に発砲を繰り返した犯行の残忍さを憎むべきものととらえつつも、犯人である青年の孤独も見過ごしません。憎悪犯罪は、事件が起きたあとの社会に計り知れない分断を残しますが、本作で監督はそうした対立に抗おうとしているのです。かつての人生に戻れないほどの痛手を負った者が再び踏み出すことの困難と挫折に寄り添い、空虚な理想主義によることのない筆致が素晴らしい一本です。
(ミ・ナミ)

(*)ヘイトクライム(英: hate crime、憎悪犯罪):人種、民族、宗教、性的指向などに係る、特定の属性を持つ個人や集団に対する偏見や憎悪が元で引き起こされる、嫌がらせ、脅迫、暴行等の犯罪行為を指す。