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涼し気な目元にぽてっとした唇。すらっとした長い手足に甘い声。どこか、身近にいそうな気もするけれど、近寄りがたい雰囲気もある。今回上映する2作品で主演を務める河合優実さんは、唯一無二の魅力に溢れている。
2000年生まれの彼女は、若くして数々の映画賞を受賞。先日、第48回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞を受賞したことも記憶に新しい。
まさに次世代を代表する俳優としてひと際存在感を放つ彼女は、今回上映する『ナミビアの砂漠』『あんのこと』で「カナ」と「あん」という奇しくも同じ21歳の、今どきの若者を演じている。カナは美容脱毛サロンのスタッフとして無気力に暮らし、あんは母親からの虐待を受け売春をして生活をしている。
どちらの作品も、その徹底された現実世界の描写が印象深い。『あんのこと』は実話がベースとなっていることもあり、ありのまま映し出される歪んだ社会描写に思わず息が詰まる。一方で、『ナミビアの砂漠』のカナを取り巻く世界は虚無感で溢れていて、どこか身に覚えのある会話にドキリとしてしまう。2人を取り巻く環境は違えど、私たちと同じ時代を並走して生きているのだ。
コロナ禍を経た2020年代。
社会は大きく変わり、他者との関わり方にも変化があった。
孤独や不安。怒り。
情報を持たない者が淘汰され、
若い女性というだけで搾取される。
他者の痛みなんか知らない、
自分が痛くなければいい。
自分自身を守るため、
自分の正義のために他者を傷つける。
そんな世界を生きていかなければならないということに改めて心底うんざりした自分がいた。
この2つの作品に希望があるとするならば、彼女たちがもがき苦しむ中で、他者から与えられる小さな光を見逃さないことではないだろうか。カナとあんを通して見える世界がどんなものなのか、彼女たちの見つめる先に何があるのか、覗いてほしい。等身大で生きる彼女、怒る彼女。その姿に心を打たれるのは、2人の女性の生き様があまりにも鮮烈なものだからだ。カナとあんが、心穏やかに過ごせる世界になってくれればなあと切に願うばかりである。
あんのこと
A Girl Named Ann
■監督・脚本 入江悠
■撮影 浦田秀穂
■美術 塩川節子
■編集 佐藤崇
■音楽 安川午朗
■出演 河合優実/佐藤二朗/稲垣吾郎/河井青葉/広岡由里子/早見あかり
■第48回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞/第67回ブルーリボン賞主演女優賞受賞・監督賞受賞
©2023『あんのこと』製作委員会
【2025/4/19(土)~4/25(金)上映】
はじめて、生きよう、と思った。
21歳の主人公・杏は、幼い頃から母親に暴力を振るわれ、十代半ばから売春を強いられて、過酷な人生を送ってきた。ある日、覚醒剤使用容疑で取り調べを受けた彼女は、多々羅という変わった刑事と出会う。大人を信用したことのない杏だが、なんの見返りも求めず就職を支援し、ありのままを受け入れてくれる多々羅に、次第に心を開いていく。
週刊誌記者の桐野は、「多々羅が薬物更生者の自助グループを私物化し、参加者の女性に関係を強いている」というリークを得て、慎重に取材を進めていた。ちょうどその頃、新型コロナウイルスが出現。杏がやっと手にした居場所や人とのつながりは、あっという間に失われてしまう。行く手を閉ざされ、孤立して苦しむ杏。そんなある朝、身を寄せていたシェルターの隣人から思いがけない頼みごとをされる──。
「少女の壮絶な人生を綴った新聞記事」を基に描く、衝撃の人間ドラマ
2020年の日本で現実に起きた事件をモチーフに、『SRサイタマノラッパー』シリーズや『AI崩壊』の入江悠監督が映像化。19年のデビュー以来、数多の映画賞に輝き、テレビドラマ「不適切にもほどがある!」での熱演が話題となった最注目俳優・河合優実が、底辺から抜け出そうともがく主人公・杏を演じる。また、杏に更正の道を開こうとするベテラン刑事に佐藤二朗。2人を取材するジャーナリストに稲垣吾郎と、実力派が脇を固めた。
さらに制作陣には、第75回カンヌ国際映画祭で「カメラドール特別表彰」を受賞した話題作『PLAN 75』(早川千絵監督)のスタッフたちが集結。本作は杏という女性を通し、この社会の歪みを容赦なく突きつける。同時に、単なる社会派ドラマの枠を超えて、生きようとする彼女の意志、その目がたしかに見た美しい瞬間も描き出す。そして静かに、観客に訴えかける。杏はたしかに、あなたの傍にいたのだと。
ナミビアの砂漠
Desert of Namibia
■監督・脚本 山中瑶子
■撮影 米倉伸
■美術 小林蘭
■音楽 渡邊琢磨
■出演 河合優実/金子大地/寛一郎/新谷ゆづみ/中島歩/唐田えりか/渋谷采郁/澁谷麻美/倉田萌衣/伊島空/堀部圭亮/渡辺真起子
■第77回カンヌ国際映画祭監督週間正式出品・国際映画批評家連盟賞受賞/第67回ブルーリボン賞主演女優賞受賞/第79回毎日映画コンクール主演俳優賞受賞/第26回上海国際映画祭パノラマ部門正式出品/2024年香港国際映画祭<夏季>正式出品
©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会
★本作品は『UDCast』方式によるバリアフリー音声ガイド・バリアフリー日本語字幕対応作品となります。
【2025/4/19(土)~4/25(金)上映】
私は私が大嫌いで、大好き
世の中も、人生も全部つまらない。やり場のない感情を抱いたまま毎日を生きている、21歳のカナ。優しいけど退屈なホンダから自信家で刺激的なハヤシに乗り換えて、新しい生活を始めてみたが、次第にカナは自分自身に追い詰められていく。もがき、ぶつかり、彼女は自分の居場所を見つけることができるのだろうか…?
2020年代、先の見えない世界の中で、彼女は“今”を生きている。
わずか19歳という若さで撮影、初監督した『あみこ』は PFF アワードで観客賞を受賞、その後第68回ベルリン国際映画祭のフォーラム部門に史上最年少で招待されるなど、各国の映画祭で評判となり、坂本龍一もその才能に惚れ込むなど、その名を世に知らしめた山中瑶子。あれから7年、山中監督の本格的な長編第一作となるこの『ナミビアの砂漠』の主役に抜擢されたのは、『あんのこと』、『ルックバック』と出演作が続々公開され注目を浴びる河合優実。公開当時まだ学生だった彼女は『あみこ』を観て衝撃を受け、山中監督に「いつか出演したいです」と直接伝え、「女優になります」と書いた手紙を渡したという。
『ナミビアの砂漠』は、運命的に出会っていた山中瑶子と河合優実、ふたつの才能が、ついに念願のタッグを組み、“ 今” の彼女たちでしか作り出せない熱量とセンスを注ぎ込んで生み出された。河合が扮するカナの二人の恋人を演じるのは金子大地と寛一郎という、山中監督と同世代で今の日本映画界をけん引する若き俳優たち。カンヌ国際映画祭でも「若き才能が爆発した傑作」と絶賛され、女性監督として史上最年少となる国際映画批評家連盟賞を受賞する快挙を成し遂げた。2020年代の〈今〉を生きる彼女たちと彼らにとっての「本当に描きたいこと」を圧倒的なパワーとエネルギーで描き切った『ナミビアの砂漠』が、先の見えない世の中に新しい風を吹き込む!