【2020/8/22(土)~8/28(金)】『ある女優の不在』『読まれなかった小説』// 特別レイトショー『クスクス粒の秘密』

ぽっけ

今週の早稲田松竹は世界中の映画祭が注目する現代トルコの映画作家ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作『読まれなかった小説』と、一度はイラン政府に身柄を拘束され映画製作と海外渡航の禁止、作品の上映を禁止されながらもそのフィルモグラフィを絶やすことなく新作を発表し続けるジャファル・パナヒ監督の『ある女優の不在』です。


ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督は『読まれなかった小説』についてこう語っています。「【父親が隠しているものは息子の中で明かされる】ということわざがあります。弱さ、習慣、癖など、人は父親から特定の特性をどうしても受け継いでしまうのです。これは、自分の父親と同じ運命を辿ることを受け入れる青年の物語です。」

多くの場合、物事は常に新しいものによって塗り替えられていると信じられていますが、水は低きに流れ人は易きに流れるように、古びていっているだけではないでしょうか。社会や身近な人間関係との葛藤を抱えながら、他者と向き合うことは簡単なことではありません。『読まれなかった小説』は田舎に暮らしながらも変化する若者の価値観と、現実との葛藤の履歴を繊細に描き出します。


『ある女優の不在』は古い慣習に苦しめられてきた三世代にわたる女優たちのイラン社会における立場を描きながらも、監督自身が本人役で登場することでまた別の一面を見せようとしています。元女優であるがために“芸人”と揶揄され村で孤立した存在であるシャールザードの家の前で、本人役のパナヒは映画に関わる男性だからという理由で家に泊めてもらうでもなく車中で一夜を過ごします。家の中で揺れる三人の女優たちのシルエット見つめるパナヒ。その優しくも沁みる距離とまなざし。それだけでなくパナヒは様々な理由でこの映画で屋内に入ることを回避し続けます。

イラン社会の現実を描き出しながら、反体制側を支持したことで政府に映画製作を禁じられたパナヒ監督が、自分の置かれた状況を含めてアパートの一室で撮られた『これは映画ではない』、車中のみで撮影された前作「人生タクシー』。それらに続く本作で彼が屋内に入らないのはなぜでしょうか?巻き込んだ地元の人々をイラン政府から守るため?(前作ではエンドロールに協力者たちの名前をクレジットしていません)。そういった古い慣習にもう巻き込まれるのが面倒だから?久しぶりに自由に外に出て映画を作っているから?

答えはわかりません。しかし、その姿を見ていると、言葉にし難いこの映画や周囲にある問題との、監督自身の距離感を感じることができます。『ある女優の不在』(原題:3faces)はパナヒや女優たちだけでなく、イランという国を映画という筆で描いた自画像のようなものにも見えてくるのです。

二人の映画作家は人々に根付いた慣習や伝統からの逃れづらさを描きながらも、その土地や人の垢抜けない清しさをそのまま見つめようとします。どちらの作品も、そうした慣習を捨て去り新しい時代へと進んでいこうとする進歩的かつ批判的な視線も伴なってはいますが、映画作家たちのまなざしは決して一方的なものではありません。なぜなら、女優たちの家の前のパナヒのように現実にカメラを向けることがそうした美しさを作り出すことを彼らはきっと知っているからなのだと、私は思います。

読まれなかった小説
The Wild Pear Tree

ヌリ・ビルゲ・ジェイラン 監督作品/2018年/トルコ・フランス・ドイツ・ブルガリア・マケドニア・ボスニア・スウェーデン・カタール/189分/DCP/シネスコ

■監督 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
■脚本 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン/エブル・ジェイラン/アキン・アクス
■撮影 ゲクハン・ティリヤキ
■編集 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
■音楽 ミルザ・タヒロビッチ
■挿入曲 J・S・バッハ「パッサカリア ハ短調 BWV582」

■出演 アイドゥン・ドウ・デミルコル/ムラト・ジェムジル/ベンヌ・ユルドゥルムラー/ハザール・エルグチュル/アキン・アクス

© 2018 Zeyno Film, Memento Films Production, RFF International, 2006 Production, Detail Film, Sisters and Brother Mitevski, FilmiVast, Chimney, NBC Film

【2020年8月22日から8月28日まで上映】

すべての気持ちを原稿にしたためた――

作家を夢見るシナンは、トロイ遺跡近くの故郷で処女小説を出版しようとするが、誰にも相手にされない。父イドリスは引退間際の教師。競馬好きな父とシナンは相容れない。父と同じ教師になって、平凡に生きるなんて…。交わらぬように見えた父子の心を繋いだのは、意外にも、誰も読まなかったシナンの書いた小説だった。

チェーホフ、ニーチェ、ドストエフスキーに捧げる至高の傑作! 『雪の轍』ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督最新作

『雪の轍』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞したトルコの名匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン。知人の物語に自身の人生も反映させて完成させた本作の主題は「父と息子の軋轢と邂逅」だ。

近しいからこそ、疎み、軽んじ、分かり合えないと断じてしまう父子。しかし、実は根底で繋がり、理解し合える。不可解でいて絶対に失うことのない家族の絆を、豊かな台詞と映像で描き出す。

繰り返されるバッハの旋律、作家志望のシナンが訪れる書店に飾られたカフカやカミュ、ガルシア・マルケス、ヴァージニア・ウルフの肖像、チェーホフ、ドストエフスキー、ニーチェら世界中の偉大な作家たちを感じさせる語り口…すべてが合わさり、崇高な文学のような映画作品に昇華させている。

ある女優の不在
3 Faces

ジャファル・パナヒ監督作品/2018年/イラン/100分/DCP/ビスタ

■監督・製作・脚本 ジャファル・パナヒ
■撮影 アミン・ジャファリ

■出演 ベーナズ・ジャファリ/ジャファル・パナヒ/マルズィエ・レザイ

■オフィシャルサイト http://3faces.jp/

■物販情報
・パンフレット(700円)

©Jafar Panahi Film Production

【2020年8月22日から8月28日まで上映】

イラン革命前後、時代に翻弄された3人の女性。彼女たちは深い孤独の淵に立ちながら、それでも女優として生きる――

イランの人気女優ジャファリのもとに、見知らぬ少女からの悲痛な動画メッセージが届いた。その映画好きの少女は、女優を志して芸術大学に合格したが、家族の裏切りによって夢を砕かれて自殺を決意。その動画は少女が首にロープをかけたところで途切れていた。衝撃を受けたジャファリは、友人である映画監督パナヒが運転する車で少女が住むイラン北西部の村を訪れるが…。

カンヌ映画祭脚本賞受賞! 名匠パナヒが3世代の“女優”たちの心の旅路を描き出すヒューマン・ミステリー

長編デビュー作『白い風船』以降、わずか10年余りで世界三大映画祭を制し、名実共にイランを代表する国際的なフィルムメーカーとなったジャファル・パナヒ。しかしイラン政府当局と対立し、2010年には20年間もの映画製作禁止を命じられた。それでもパナヒは自宅軟禁中に作り上げた『これは映画ではない』(2011)など、その後も作品を発表し続け、断固として権力の圧力に屈しない姿勢と、実験精神やユーモアに満ちあふれた作風で賞賛を集めてきた。

待望の最新作『ある女優の不在』では、首都テヘランから遠く離れた地方の村でロケーション撮影を実施。映画/芸術の表現の自由、女優/女性の人生という切実なテーマで、過去、現在、未来の3つの時代をシンボリックに体現する3人の女優をめぐる深遠なドラマを映像化。2018年の第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で脚本賞を受賞した。

【特別レイトショー】クスクス粒の秘密
【Late Show】The Secret of the Grain

アブデラティフ・ケシシュ監督作品/2007年/フランス/153分/ブルーレイ/ビスタ

■監督・脚本 アブデラティフ・ケシシュ
■製作 クロード・ベリ
■撮影 ルボミール・バクチェフ
■編集 ガーリア・ラクロワ/カミーユ・トブキス 

■出演 アビブ・ブハール/アフシア・エルジ/ハティカ・カラウイ/ファリダ・バンケタッシュ/アリス・ウーリ/サブリナ・オアザニ

■第64回ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞・マルチェロ・マストロヤンニ賞ほか3部門受賞/セザール賞作品賞・監督賞・脚本賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート

©HIRSCH – PATHÉ RENN PRODUCTION – FRANCE 2 CINÉMA

【2020年8月22日から8月28日まで上映】

こんなにも愛おしく切ない晩餐があったでしょうか…

南仏の港町セートの港湾労働者スリマーヌは初老のチュニジア移民。前妻スアドや家族たちから疎まれ、恋人ラティファの経営するホテル住まいの身だ。ラティファの娘リムは彼を実の父親のように慕っている。そんなスリマーヌがリストラの憂き目にあう。彼は廃船を買い取って、スアドが作るクスクス料理を出す船上レストランの開業を決意。だが銀行は融資を渋り、役所の許可も下りない。彼は関係者を納得させようと、プレ・オープンの試食会を開くのだが…。

ヴェネツィア映画祭ほか多くの賞に輝いた珠玉の家族劇。『アデル、ブルーは熱い色』のA・ケシシュ2007年の監督作!

『アデル、ブルーは熱い色』で2013年カンヌ国際映画祭パルムドールを手にしたチュニジア系フランス人監督アブデラティフ・ケシシュが、2007年に発表した長編第3作。フランス南部の港町セートを舞台に、船上レストランを開こうするチュニジア移民の老主人公と、その家族や仲間が必死の奔走を繰り広げるさまを、切なくもほろ苦いタッチで活写する。

素人とプロの俳優たちを見事に共演させたケシシュ監督の緊張感溢れる演出によって、ヴェネツィア国際映画祭では審査員特別賞ほか5部門、セザール賞では作品賞ほか4部門に輝いた。