すみちゃん
ニナ・メンケスとウルリケ・オッティンガーの作った映画たちを、わたしは美しくて寂しくて愛おしいと感じる。
『アル中女の肖像』には、戦争の跡が残る暗い雰囲気のベルリンの中に、色鮮やかな洋服を着て酩酊するアル中女がいて、『クイーン・オブ・ダイヤモンド』では眩いほどのカジノのネオンのなかに真っ白な顔に真っ赤なリップを塗った退屈そうなディーラー女がいる。そのちぐはぐさ。その場にふさわしい格好や行動をとるなんてつまらないと言わんばかりの存在感! 主人公の女性たちはほとんど言葉を話すことはなく寡黙であるのに、視覚的な強さを持って、怠惰な日常や不安定な世界に対抗している。なんて美しくてカッコイイのだろう!
毅然としたビジュアルと同時に、サウンドだってイカしている! どうしようもない寂しさや憤りを、登場人物たちは言葉ではなく何かを壊す音で表現する。オッティンガーはその場にはない別の音で作りあげ、メンケスはノイズもそのままにあるがままの音を捉える。映画の中にある音の質感に違いはあれど、どちらの作家も、音に込めたこだわりがそのまま見る者に伝わってくる。手触りのあるふたりの映画が好きだ。監督自身で撮影を行い、オッティンガーは美術、メンケスは製作もしていて、自らが持つ感性やまなざしを大切にしているから、わたしはふたりの作る映画に愛おしさを感じるのだろう。
まなざしは映画を見る側にも問われている。メンケスが2022年に製作したドキュメンタリー『ブレインウォッシュ セックス-カメラ-パワー』は超必見! この映画は、メンケスがなかなか映画を作る資金が得られない理由に、女性が置かれた映画産業における構造的問題があることに気づき作られた。映画というメディアがいかに「Male Gaze=男性のまなざし」に満ちているのかを、様々な映画を紹介しながら分析していく。
このドキュメンタリーは、映画にまつわる構造的問題を取り上げてはいるけれど、同時に自分自身が持っているジェンダーに対する価値観に疑問を抱くきっかけにもなる。美しいと思う感覚は人それぞれだとは思うけれど、誰かから植え付けられた美しさじゃないだろうか? とか、無意識に男女別に当たり前だと思っていることがあるのではないか? などなど。ぜひ、メンケスとオッティンガーの映画を観て、誰かから借りたまなざしではなくて、自分のまなざしで世界を見つめる時間になればと思う。
マグダレーナ・ヴィラガ 2Kレストア版
Magdalena Viraga
■監督・製作・脚本・撮影 ニナ・メンケス
■編集 ティンカ・メンケス、ニナ・メンケス
■出演 ティンカ・メンケス/クレア・アギラール
©1986 Nina Menkes ©2024 Arbelos
【2024/9/7(土)~9/13(金)上映】
ある娼婦が生きる世界と内面を描いた初長編
殺人の容疑で、ひとりの娼婦が捕まった。彼女の名前はアイダ、そしてこうも呼ばれる──マグダレーナ・ヴィラガ。刑務所を、ネオンがきらめくダンスホールを、プールサイドを、彼女が長い時を過ごす寝室を横断し、時系列を曖昧にしながら、映画は女の肉体的、精神的な細部をとらえ、孤独な<囚われの女>アイダが生きる血濡れた世界と、内なる心の世界を描き出してゆく。
静かに沈んだブルーの映像のなか、いくつかの言葉は何度も祈りのように繰り返され──私はここにいる、私はここにいない、私を絶対に縛らないで──突き刺すような美しさとなって燃え上がる。主演は、メンケスの5本の映画に出演した最大の協力者にして実の妹、ティンカ・メンケス。
クイーン・オブ・ダイヤモンド 4Kレストア版
Queen of Diamonds
■監督・製作・脚本・撮影 ニナ・メンケス
■編集 ティンカ・メンケス、ニナ・メンケス
■出演 ティンカ・メンケス/エメルダ・ビーチ
★当館では2K上映となります。
©1991 Nina Menkes ©2024 Arbelos
【2024/9/7(土)~9/13(金)上映】
ラスベガスのディーラーの日常を追った代表作
ラスベガスで生きる女性ディーラー、フィルダウス(インドネシア語で“楽園”の意)の倦怠に満ちた日常を描いた傑作。昼間は瀕死の老人を介護し、夜はカジノでカードを配る。時には砂漠に浮かぶ湖に友人と出かけたり、恋人に手を上げる隣人に悪態をついたり、行方不明になった夫の消息を探ろうと施設に足を運ぶものの、放たれる言葉や歌声は誰にも届かず、何も変容しないまま一日が過ぎる。
眩暈がするほど煌びやかなネオン、無機質なアパートメント、純白のシーツやウェディングドレス、業火に焼き尽くされる大木。大胆な構図でとらえたショットがことごとく美しく圧倒的で、永遠に続くかのような反復とそこかしこに横たわる暴力に感覚が麻痺していく。
フリーク・オルランド
Freak Orlando
■監督・脚本・撮影・美術 ウルリケ・オッティンガー
■製作 ルネ・ガンデラッハ
■編集 デルト・ヴェルツ
■音楽 ヴェルヘルム・D.ジーベルト
■衣装 ヨルゲ・ヤラ
■出演 マグダレーナ・モンテツマ/デルフィーヌ・セイリグ/アルベルト・ハインス/クラウディオ・パントーヤ/ヒロ・ウチヤマ/ガリ/ジャッキー・レイナル/エディ・コンスタンティーヌ/フランカ・マニャーニ
Freak Orlando,Photo: Ulrike Ottinger © Ulrike Ottinger
【2024/9/7(土)~9/13(金)上映】
過ち、無能、権⼒の渇望、恐怖、狂気、残虐⾏為、そして、⽇々の⽣活を含んだ世界の始まりから今⽇までの歴史
ヴァージニア・ウルフの小説『オーランドー』を奇抜に翻案し、神話の時代から現代までが5つのエピソードで描かれる「小さな世界劇場」。ユニークな映像感覚の中に、ドイツロマン主義の伝統とブレヒトやアルトーなどの近現代演劇の文脈が息づく。
主演のマグダレーナ・モンテツマは、ウルリケ・オッティンガー監督の「ベルリン三部作」に出演し、ヴェルナー・シュレイターや R.W.ファスビンダーといった映画作家と共にニュー・ジャーマン・シネマのムーブメントを⽀えた。また、近年、フェミニストとしての活動に焦点が当てられたドキュメンタリー映画作品が制作され、フランスで画期的な評伝が出版されるなど注⽬の集まるデルフィーヌ・セリッグが大いにその存在感を発揮している。
アル中女の肖像
Ticket of No Return
■監督・脚本・撮影・美術・ナレーション ウルリケ・オッティンガー
■製作 マリアンヌ・ガスナー
■編集 イーラ・フォン・ハスパーグ
■音楽 ペーア・ラーベン
■衣装 タベア・ブルーメンシャイン
■歌 ニナ・ハーゲン
■出演 タベア・ブルーメンシャイン/ルッツェ/マグダレーナ・モンテツマ/オルファ・テルミン/モニカ・フォン・クーべ/パウル・グラウアー/ニナ・ハーゲン/ギュンター・マイスナー/クルト・ラープ/フォルカー・シュペングラー/エディ・コンスタンティーヌ/ヴォルフ・フォステル/マーティン・キッペンバーガー
Bildnis einer Trinkerin,Photo: Ulrike Ottinger © Ulrike Ottinger
【2024/9/7(土)~9/13(金)上映】
ベルリン・テーゲル 現実です ベルリン・テーゲル どうぞ現実へ
飲むために生き、飲みながら生きる、酒飲みの人生。西ベルリンのアート、ファッションシーンのアイコン的存在であったタベア・ブルーメンシャインの爆発する魅力。R.W.ファスビンダーが「最も美しいドイツ映画」の一本として選出し、リチャード・リンクレーターが最愛の作品とした一本。
主演は、ベルリンの実験的な⾳楽パフォーマンス集団「ディー・テートリッヒェ・ドーリス(DIE TÖDLICHE DORIS)」に参加するなど、80年代の⻄ベルリンの前衛的なアートやファッションの分野でアイコン的存在であったタベア・ブルーメンシャイン。本作では衣装も担当している。1974年に発表された「Du hast den Farbfilm vergessen(カラーフィルムを忘れたのね)」が大ヒットしたパンク歌手のニナ・ハーゲンが出演し、パワフルで魅力的な歌を歌っている。
本作では名もなき⼥性が未知の場所からやってきて、アルコール飲料への興味をもとにベルリンの観光をするという、極めて特殊な旅に出る。このプロジェクトは、ある意味、未踏の世界の探求でもある。それは冒険を極めるだけでなく、⾃⼰愛に満ちた⾃⾝の内⾯への逃避⾏でもあった。それぞれの旅の終わりには、死と破壊が平等に彼⼥を待ち受けている。
――ウルリケ・オッティンガー
【レイトショー】ブレインウォッシュ セックス-カメラ-パワー
【Late Show】Brainwashed: Sex-Camera-Power
■監督・製作 ニナ・メンケス
■撮影 シェイナ・ヘイガン
■作曲 シャロン・ファーバー
■出演 リアノン・アーロンズ/ロザンナ・アークエット/キャサリン・ハードウィック
© BRAINWASHEDMOVIE LLC
【2024/9/7(土)~9/13(金)上映】
「男性のまなざし」を解き明かすドキュメンタリー
映画というメディアがいかに「Male Gaze=男性のまなざし」に満ち、当然のこととして受け止められてきたか、そして、その表現がいかに我々の実生活に影響を及ぼしているか。この事実と問題点を、ラング、ヒッチコック、スコセッシ、タランティーノといった有名監督の名作から2020年代の最新作まで大量の映画のクリップを用いて、メンケス自ら解き明かしていく傑作ドキュメンタリー。フェミニスト映画理論のパイオニア、ローラ・マルヴィをはじめ業界で活躍する女性陣も次々とインタビューに登場、彼女たちの真摯な闘いの言葉が力強く響きわたる。本作を見終わったあとは、あなたの映画へのまなざしも永遠に変わるかもしれない。