ぽっけ
今週の早稲田松竹ではアキ・カウリスマキ監督の労働者三部作とよばれる『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』と、それに連なる4作目と監督自身が位置づける最新作『枯れ葉』をすべて観ることができます。今回はそれに加えて『愛しのタチアナ』という作品もレイトショーで上映します。
東西に引き裂かれる冷戦下のフィンランドで生まれ育ったカウリスマキが、往年のサイレント映画や、国外脱出願望を抱える登場人物たちが描かれたフィルム・ノワール映画から受けた影響は計り知れません。自由への渇望や、文化のおおらかな魅力に惹かれ、古典映画の世界と現代フィンランドの結びつきから生み出したのが初期の代表作群である労働者三部作と言えます。
カウリスマキ作品を支えたマッティ・ペロンパーとカティ・オウティネンの初の共演作であり、寄る辺ない男女のフィンランドからの旅立ちを描く『パラダイスの夕暮れ』。閉山して雇い止めになった鉱夫が、死神に魅入られたかのような不幸続きの旅路の先に、旦那に逃げられ食肉工場で働く母と少年に出会い国外に脱出しようとする『真夜中の虹』。義父と母との貧乏な三人暮らしを支えながら、理想の恋人との出会いを夢みて耐え忍ぶが、容赦ない現実に希望を奪い去られる『マッチ工場の少女』。
アキ・カウリスマキの労働者三部作にはすべて「いま、ここではないどこかへ」逃げ出しくなるような状況に置かれた人々が描かれています。その原因は貧しさでもあるし、唯一の頼みの綱とも言える仕事を失うことや、友人や家族との結びつきを失いかけた状況でもあります。カウリスマキの映画は、社会から零れ落ちてしまいそうな孤独な状況に置かれた人々の逃走線を引きながら、ある種の希望を描いてきました。
しかし、労働者三部作の国際的な評価を受けて現代フィンランドの代表的な映画監督になったアキ・カウリスマキは、途端にフィンランドで映画を撮らなくなります。ジャン=ピエール・レオを主演にフランスで『コントラクト・キラー』を撮り、パリのボヘミアンな生活や芸術家たちの暮らしを『ラヴィ・ド・ボエーム』で描き、レニングラード・カウボーイズと一緒にアメリカからメキシコ、ヨーロッパ中を旅しました。その時期にソ連は崩壊し、ロシアとともにフィンランド湾を囲む隣国エストニアは1991年にいち早く主権国家として独立しました。そして、東西の緊張関係に置かれ続けたフィンランドがEUに加盟した1994年にカウリスマキのフィンランド回帰作である『愛しのタチアナ』は撮られたのです。
『愛しのタチアナ』は引きこもり同然で母と二人っきりで洋裁業で暮らす無口な男が、不意に友人と旅に出て、出会ったロシアとエストニアからの女性の二人組の旅人を港まで送り届けるというシンプルな物語です。しかし、エストニア女性と恋に落ちた友人はそのままエストニアに留まり、男は一人で家に帰って今まで通りミシンを動かします。わたしはこのシーンを、一人でフィンランドに留まって映画を作り続けるというアキ・カウリスマキ監督の姿と重ね合わせてしまいます。
社会の片隅に置かれた寄る辺ない孤独な男女を描いた『枯れ葉』が、カウリスマキ一流のピュアでノスタルジックな魅力でわたしたちを魅了するとき、『パラダイスの夕暮れ』でゴミ収集車からマッティ・ペロンパーが拾ったレコードを聴くシーンや、アルコール中毒で恋人に嫌われてしまった男が、酒場で出会った音楽に勇気づけられるシーンを見逃すわけにはいきません。誰かが捨てて、誰かが拾う。行き当たりばったりの道の先で、誰かに慰められる、勇気づけられる。そんな繰り返しを今作でも描き続けるフィンランドの映画監督アキ・カウリスマキ。本当にありがたい。
枯れ葉
Fallen Leaves
■監督・脚本 アキ・カウリスマキ
■プロデューサー アキ・カウリスマキ/ミーシャ・ヤーリ/マーク・ルヴォフ/ラインハルト・ブルンディヒ
■撮影 ティモ・サルミネン
■編集 サム・ヘイッキラ
■美術 ヴィッレ・グロンルース
■出演 アルマ・ポウスティ/ユッシ・ヴァタネン/ヤンネ・フーティアイネン/ヌップ・コイヴ
■第76回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞/2023年国際批評家連盟賞年間グランプリ/第96回アカデミー賞国際長編映画賞部門フィンランド代表
© Sputnik
Photo: Malla Hukkanen
【2024/7/31(水)~8/2(金)】上映
愛を、信じる
孤独さを抱えながら生きる女と男。ヘルシンキの街で、アンサは理不尽な理由から仕事を失い、ホラッパは酒に溺れながらもどうにか工事現場で働いている。ある夜、ふたりはカラオケバーで出会い、互いの名前も知らないまま惹かれ合う。だが、不運な偶然と現実の過酷さが、彼らをささやかな幸福から遠ざける。果たしてふたりは、無事に再会を果たし想いを通じ合わせることができるのか…?
ノスタルジックな風景と多様な音楽、とぼけたユーモア、溢れ出る映画愛。最高のラブストーリーとともに、アキ・カウリスマキが帰ってきた!
2017年、『希望のかなた』のプロモーション中に監督引退宣言をし、世界中のファンを悲嘆にくれさせたアキ・カウリスマキ。それから6年、監督カウリスマキはあっけらかんと私たちの前に帰ってきた。労働者3部作『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』に連なる新たな物語として発表された本作『枯れ葉』には、ギリギリの生活を送りながらも、生きる喜びと人間としての誇りを失わずにいる労働者たちの日常が描かれる。また劇中には、主人公たちが初めてのデートで見に行く映画として、盟友ジム・ジャームッシュの『デッド・ドント・ダイ』が大胆に引用され、ゴダールやブレッソンの名前も登場。映画愛から画面から溢れ出る。
一方で、登場人物たちの横ではつねにロシアによるウクライナ侵攻のニュースが流れ、いま、私たちが生きる悲痛な現実を映し出そうとする意志が感じられる。カウリスマキ映画のなかでもかつてないほどまっすぐな愛の物語となった本作は、戦争や暴力がはびこる世の中で、それでもたったひとつの愛を信じつづける恋人たちの姿を通して、今を生きる希望を与えてくれる。主演はカウリスマキ映画には初出演となる二人。『TOVE/トーベ』で大きな注目を集めたアルマ・ポウスティと、『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』で高い評価を得たユッシ・ヴァタネン。それぞれの友人役として、ヤンネ・ヒューティアイネン(『街のあかり』『希望のかなた』)、ヌップ・コイヴ(『希望のかなた』)が出演。そして、カウリスマキ映画には欠かせない名優“犬”の登場も忘れてはいけない。
パラダイスの夕暮れ
Shadows in Paradise
■監督・脚本 アキ・カウリスマキ
■製作 ミカ・カウリスマキ
■撮影 ティモ・サルミネン
■出演 マッティ・ペロンパー/カティ・オウティネン/サカリ・クオスマネン/エスコ・ニッカリ
©Sputnik Oy
【2024/7/31(水)~8/2(金)】上映
ゴミ収集人のニカンデルとスーパーのレジ係イロナの悲哀に満ちた恋物語。現実の厳しさに洗われながらぎくしゃくと進展する恋の行方を、ヘルシンキの景色や挿入歌が雄弁に物語る初期の傑作。カウリスマキは「『枯れ葉』は『パラダイスの夕暮れ 2.0』」と発言している。
真夜中の虹
Ariel
■監督・製作・脚本 アキ・カウリスマキ
■撮影 ティモ・サルミネン
■出演 トゥロ・パヤラ/マッティ・ペロンパー/スサンナ・ハーヴィスト/エートゥ・ヒルカモ
■パンフレット販売なし
©Sputnik Oy
【2024/7/31(水)~8/2(金)】上映
鉱山の閉鎖と父の自殺に直面した炭鉱夫カスリネンは、父の遺したオープンカーで南へ向かうが、暴漢に金を奪われ一文無しに…。フェードアウトで繋げられる不幸な出来事の連鎖に、ふと挟まれるユーモア。不幸に見舞われ続ける男の姿は『過去のない男』の原点とも言える。
【レイトショー】マッチ工場の少女
【Late Show】The Match Factory Girl
■監督・脚本 アキ・カウリスマキ
■撮影 ティモ・サルミネン
■出演 カティ・オウティネン/エリナ・サロ/エスコ・ニッカリ/ヴェサ・ヴィエリッコ/シル・セッパラ/レイヨ・タイパレ
©Sputnik Oy
【2024/7/31(水)~8/2(金)】上映
マッチ工場に勤め、母とその愛人を養う憂鬱な日々を送る、地味でモテない少女イリスの物語。台詞をほとんど用いず、画面の連鎖でイリスの不幸な境遇を浮かび上がらせる演出は、『街のあかり』に受け継がれている。洗練と毒の極まった初期の代表作。
【レイトショー】愛しのタチアナ
【Late Show】Take Care of Your Scarf, Tatiana
■監督・製作 アキ・カウリスマキ
■脚本 アキ・カウリスマキ/サッケ・ヤルヴェンパー
■撮影 ティモ・サルミネン
■出演 カティ・オウティネン/マッティ・ペロンパー/キルシ・テュッキュライネン/マト・ヴァルトネン
©Sputnik Oy
【2024/7/31(水)~8/2(金)】上映
ふとしたことから旅にでた仕立屋ヴァルトと修理工レイノは、旅の途中で二人の女性クラウディアとタチアナに出会う。ゆったりとした車での道行は、無口な男たちと、呆れながらも彼らを見守る女たちの距離を近づけていく…。