【2024/2/17(土)~2/23(金)】『アダマン号に乗って』『音のない世界で』『ぼくの好きな先生』『動物、動物たち』『すべての些細な事柄』

ちゅんこ

「僕らの表情が人と違うせいなのか、好奇の目にさらされるのが辛い」

『アダマン号に乗って』を観たとき、ひとりの男性が発した言葉にどきりとした。自分でも無意識のうちに他者に対して勝手な判断をくだしていることに気づいたからだ。誰かに対して「特別だ」「自分たちとは違う」と差別的な感情を持ちたくない、ただありのままに受け止めたい。だけど心のどこかにほんのわずかでもそう感じている自分がいるのだろう。だからこそどうしていいかわからずに、目をそむけ気づかないふりをする。そのことに気がついたとき、居たたまれないような恥ずかしい気持ちになった。

だけどニコラ・フィリベール監督のまなざしはフラットで、そこには勝手な押しつけや同情もない。たとえば『すべての些細な事柄』はロワール渓谷の近くにあるラ・ボラド精神科クリニックの患者たちの世界を描いたものだが、映画の中では誰が患者で誰が医師だか説明はなく、見分けもつかない。先入観にとらわれずに、ありのままの他者の姿を受けとめる――彼のそうした姿勢は、どの作品にも共通して見てとることができる。

現代ドキュメンタリーの名匠ニコラ・フィリベール監督は、多様性が叫ばれるずっと以前から、社会的マイノリティーとされる存在や価値が共存することを捉え続けてきた。世界的大ヒット作『ぼくの好きな先生』はフランス国内で異例の200万人の動員を記録。ドキュメンタリーが過小評価されているというフランスの映画界で、ジャンルを越えて評価されている。

『アダマン号に乗って』のパンフレットの中で、フィリベール監督はアダマン号のことを、「ここはユートピア(理想郷)ではない」と言う。

「実際に存在していて、私たちを押しつぶそうとするさまざまなもの――それは医療のシステムだったり、精神の問題だったり、そうしたものに抵抗する存在。アダマンという単語は、ダイヤモンドの芯という意味からきていて、『極めて固い(意思)』『断固として屈しない』という意味もある。アマダンという名前は、この施設にとても合っていると思います」(フィリベール監督)

“みんな違ってみんな良い”――『アダマン号に乗って』のキャッチコピーは、まるでフィリベール監督の映画そのままだ。誰かと比べる必要なんかない、ありのままの自分でいい。まるで監督からそう言われているようで、ほっと息ができる気がした。

今週はニコラ・フィリベール監督のドキュメンタリーを5作品一挙上映(うち4本はフィルム上映です!)。ぜひお楽しみください。

アダマン号に乗って
On the Adamant

ニコラ・フィリベール監督作品/2022年/フランス・日本/109分/DCP/ビスタ

■監督・撮影・編集 ニコラ・フィリベール
■撮影助手 レミ・ジェヌカン/ポーリーヌ・ペニシュー/カミーユ・ベルタン/カテル・ジアン
■編集助手 ジャニュス・バラネク/メリル・シャンドリュ

© TS Productions, France 3 Cinéma, Longride – 2022

【2024/2/17(土)~2/23(金)上映】

みんな違ってみんな良い。 パリ、セーヌ川に浮かぶ、奇跡のような船〈アダマン〉

パリの中心地、セーヌ川のきらめく水面に照らされた木造建築の船に、今朝もひとり、またひとりと橋を渡ってやってくる。ここ〈アダマン〉はユニークなデイケアセンター。精神疾患のある人々を迎え入れ、創造的な活動を通じて社会と再びつながりを持てるようサポートしている。この船では誰もが表情豊か。即興のコンサートでフレンチロックを熱唱! ワークショップでは、色とりどりの絵を描き、カフェでレジ打ちをしてお客さんのお気に入りのカップにコーヒーを淹れる。

ベルリン国際映画祭金熊賞《最高賞》受賞! 優しい眼差しで現代社会を見つめ続ける名匠の最新作

第73回ベルリン国際映画祭でクリステン・スチュワートら審査員たちが華々しい作品群のなか金熊賞《最高賞》を贈ったのは、1本のドキュメンタリーだった。「人間的なものを映画的に、深いレベルで表現している」と賞賛された本作を手掛けたのは、世界的大ヒット作『ぼくの好きな先生』(02)で知られる現代ドキュメンタリーの名匠ニコラ・フィリベール監督。多様性が叫ばれるずっと以前から、社会的マイノリティーとされる存在や価値が共存することを淡々と優しい眼差しで捉え続けてきた。

精神科医療の世界に押し寄せる“均一化”、“非人間化”の波に抵抗して、共感的なメンタルケアを貫くデイケアセンター〈アダマン〉をニコラ監督は「奇跡」だという。〈アダマン〉の日々をそっと見つめる眼差しは、人々の語らう言葉や表情の奥に隠れされたその人そのものに触れていく。そして、深刻な心の問題やトラウマを抱えた人々にも、素晴らしい創造性があり、お互いの違いを認め共に生きることがもたらす豊かさを観るものに伝えてくれる。ベルリン国際映画祭最高賞に輝いた本作は、間違いなく最も「優しい」映画であり、この時代にもたらされた“希望”そのものである。

音のない世界で
In the Land of the Deaf

ニコラ・フィリベール監督作品/1992年/フランス/99分/35mm/ヨーロピアンビスタ

■監督 ニコラ・フィリベール
■製作 セルジュ・ラルー
■編集 ギイ・ルコルヌ 
■撮影 フレデリック・ラブラッス

■1992年ポポリ国際映画祭グランプリ受賞/1994年ボンベイ国際映画祭グランプリ受賞

【2024/2/17(土)~2/23(金)上映】

沈黙の中で生きる多くの人にとって、世界はどんなふうに見えているだろう

これはパリに住むろう者たちの物語である。ろう学校で授業をうける幼い子供たち、アメリカへ帰る友人を見送るつらい別れに涙する若者、結婚し新居を探すろう者のカップル。彼らの何気ない生活を、カメラはあくまでも客観的に映し撮る。まるで魔法のような言葉を話す彼らの真っ直ぐな瞳に、世界はどのように映っているのだろう。こうして異文化への旅が始まる——。

驚くほど豊かな感覚に満ちあふれた<音のない世界>を発見し、歓びとともにその世界に観客を誘う傑作ドキュメンタリー。

ニコラ・フィリベール監督が“ろう”というテーマに出会ったのは、映画の完成から10年以上も前のこと。当時通った手話学校で、はじめて彼が接したろう者の世界=異文化への感嘆は、ずっと彼の中に生き続けていた。製作にあたって様々な試行錯誤を繰り返した監督は、最終的に何も主張せずただ提示するという手法にたどり着いた。それは、障害をもった人々の社会的問題という視点を超越し、独自の歴史や慣習、コミュニケーション手段をもち、それを育ててきた、ろう文化そのものを描くということだった。

淡々としながも根底にはろう者との共感や親愛に満ちあふれ、彼らの生活に寄り添うように、ごく自然に描くことに成功した本作は、世界中から高い評価を受けた。

ぼくの好きな先生
To Be and to Have

ニコラ・フィリベール監督作品/2002年/フランス/104分/35mm/ヨーロピアンビスタ

■監督・編集 ニコラ・フィリベール
■製作 ジル・サンドーズ
■撮影 カテル・ジアン/ロラン・ディディエ
■音楽 フィリップ・エルサン

■出演  ロペス先生と3才から11才までの13人のクラスメイトたち

■2002年カンヌ国際映画祭特別招待作品/ヨーロピアン・フィルム・アワード最優秀ドキュメンタリー受賞

【2024/2/17(土)~2/23(金)上映】

ゆっくり、大きくなる

ゆっくりとした時の流れる大自然の中、親密な空気に包まれた小さな教室。ここはフランス中部、オーベルニュ地方にある小学校。厳しくも美しい自然の中、1つの教室で3才から11才までのこどもたちが、ロペス先生からあらゆることを教わっている。あと半年で35年に渡る教師人生に幕を閉じるロペス先生。その事実を受け入れられないこどもたち。先生とこどもたちの日常と対話を、詩情豊かな美しい映像で綴る。

笑ったり、悩んだり、ケンカしたり――フランス中部の小さな学校の先生とこどもたちの日々

2002年カンヌ国際映画祭で特別上映され、ドキュメンタリーでありながら、監督の秀でた視点と作品の美しさにより大きな話題を呼んだ『ぼくの好きな先生』。現代社会において見失われがちな「学ぶ事が持つ素晴らしさ」や「素朴で純真な心の絆」がわたしたちに暖かい感動を与えてくれる本作は、フランスで動員200万人にせまる大ヒットを記録した。

動物、動物たち
Animals and More Animals

ニコラ・フィリベール監督作品/1994年/フランス/59分/35mm/ヨーロピアンビスタ

■監督・編集 ニコラ・フィリベール
■製作代表 セルジュ・ラルー

■1995年サンフランシスコ国際映画祭ゴールデン・ゲイト賞/1994年ポポリ映画祭最優秀ドキュメンタリー研究映画賞

【2024/2/17(土)~2/23(金)上映】

《動かない》動物たちが目を覚ます時が来た! パリ国立自然史博物館の裏側へようこそ。

私たちはパリ5区にある世界最大級の博物館、フランス国立自然史博物館にいる。ふと見ると、はしごの上ではジーンズ姿の作業員がキリンの頭を絵筆で優しくなでている。別の部屋では、白衣を着た男性が鼻歌まじりにアナグマのお腹を縫い合わせている。かと思えば、動物のミニチュアを前に深刻な顔で立ったりしゃがんだりしている大人たちがいる。25年もの間、閉鎖されていた大ギャラリーが、ついにリニューアルオープンするのだ!

数万におよぶ標本や剥製が眠り、フランスの子供たちと世界中の好奇心ある大人たちを惹きつけてやまない、フランス国立自然史博物館にカメラを向けたドキュメンタリー。剥製師、博物学者、建築家、運搬業者…博物館に集い、自分を捧げて一所懸命に仕事をする人間たちを優しいまなざしで映し撮った本作は、サンフランシスコ国際映画祭で最高賞にあたるゴールデン・ゲイト賞などを受賞した。撮影は1991~1994年の博物館の改修工事の期間に行われ、フランス国立自然史博物館の裏側や剥製たちの復活する姿は、まるでマジックのように私たちに夢と驚きの世界を見せてくれる。

すべての些細な事柄
Every Little Thing

ニコラ・フィリベール監督作品/1996年/フランス/105分/35mm/ヨーロピアンビスタ

■監督・編集 ニコラ・フィリベール
■製作 セルジュ・ラルー
■撮影 カテル・ジアン/ニコラ・フィリベール
■音楽 アンドレ・ジルー

■出演 ラ・ボルドのみなさん/ジャン・ウーリー/マリー・アンジュマルシャン/マリー・レディエ/リンダ・ドゥ・ジッテール

【2024/2/17(土)~2/23(金)上映】

癒しの森と光、音、風――。

フランスのブロワにあるラ・ボルドは、ユニークな治療法で知られる精神科クリニック。今は亡き、フェリックス・ガタリと精神科医ジャン・ウーリーが1953年に設立した解放病棟のクリニックだ。ここには、心を病んだ人たちがのんびり暮らしている。

緑に囲まれた広大な敷地を有するラ・ボルドは、まるで世俗から隔絶された別天地。お城のような建物が印象的で、いわゆる精神病院とはだいぶ様子が違う。白衣を着た人もいなければ病院然とした寒々しさもない。ここにはただ、疲れた心を抱えた人たちを母のように包み込む優しさと、明るい緑と、緩やかに流れる時間だけがある。

『すべての些細な事柄』は最近観た映画のなかで、私が最も好きな作品だ。 ――ジャン=リュック・ゴダール

フィリベールは、声高な主張もなければ、押しつけがましい結論めいたものは用意しない。彼の芸術とは、経緯に満ちた慎み深い視線を向けて、他者との出会いを撮ることだ。撮影にあたってフィリベールは、病理学や患者の病歴についてはいっさい尋ねなかったという。先入観にとらわれずに、ありのままの他者の姿を受けとめる――そうした姿勢が、たぐいまれな感受性をあらわにしている。本作はフランスで半年におよぶロングランを記録した。