ミ・ナミ
今週の二本立ては、ルーカス・ドン監督『CLOSE/クロース』とシャーロット・ウェルズ監督『aftersun/アフターサン』を上映いたします。
『CLOSE/クロース』の主人公、レオとレミは家族以上に親密な大親友でしたが、中学生になり思春期を迎えると、仲の良さをクラスメイトに揶揄されるようになります。いたたまれなくなったレオはレミに冷淡な態度を取り、二人の間に気まずい時間が流れるようになってしまうのでした。そしてささいな心の行き違いの果てに、レオとレミに決定的な別れがおとずれてしまうのです。
『CLOSE/クロース』はルーカス・ドン監督の実体験をエッセンスとしているそうで、自分はある意味ではレオでもレミでもあると明かしています。映画の中のレオとレミの立場はどちらも耐え難いことだとは思いますが、本作ではレミを失ったレオにフォーカスすることで、彼がたどる絶望と再生の軌跡が鮮烈に映し出されています。レオのように傷つけた側は、相手がどれほど傷ついたか、自分がどれだけ酷い仕打ちをしたかよく理解していればいるほど、償い方がわからなくなるのです。そして相手が忘れてくれればどんなにいいか、自然に自分を許してくれたらと願うのです。傷つけた相手にそれを望むことがさらにずるい行為であると、痛いほど分かっているのにもかかわらず。レミに許される機会を永遠に失い、日々をもがくように生きるレオの姿に向き合う観客は、もしかしたら人生の中にあるかもしれない後悔の記憶が呼び覚まされ、心を強く揺さぶられるのではないでしょうか。
『aftersun/アフターサン』で描かれるのは、若き父カラムとその11歳の娘ソフィが避暑地で過ごす夏のひとときです。普段は離れて暮らしている二人は、小さな楽しみと喜びにあふれた宝物のような時間を過ごしています。カラムはソフィに対して温かくチャーミングな良き父ですが、時折沈痛な表情で殻に閉じこもってしまうのです。まだ幼いソフィも、そしてこの映画を観ている私たちも、カラムの抱えた本当の苦しみに触れることはできないのでした。
どんなに近しい相手であっても、本人の傷の深さは伝わらないものです。カラムの痛みに名前を与えずあえてあいまいなままにしておくのは、彼の感情を一般化しないという作り手の繊細さなのだと思います。映画の中で、大人になったソフィはビデオテープを再生するように、あの頃の父の心に触れようとします。それは実につらい営みでもありますが、それでもなお記憶のありかを探ろうとするのは、そうして思うことでこそ大切な相手のそばにいられるからなのでしょう。
人間にとって、記憶とはとても甘く柔らかいものです。昔の出来事は遠くなるにつれて薄れ、いつでも優しいもの、自分にとって実に都合のよいものへと書き換えられてしまいます。誰かを傷つけたこと。見なかったふり。幼すぎて気づけなかった気持ち。自分の胸に手を当ててみると、このまま忘れてしまった方が気分はおだやかというものばかりです。でもひょっとすると、そこに大事なことが隠されているかもしれない。『CLOSE/クロース』と『aftersun/アフターサン』は、記憶の前に立ち止まらせ、かすかな痛みを得てもなおそこに触れる大切さを語ってくれる映画なのです。
CLOSE/クロース
Close
■監督 ルーカス・ドン
■脚本 ルーカス・ドン/アンジェロ・タイセンス
■撮影 フランク・ヴァン・デン・エーデン
■編集 アラン・デソヴァージュ
■音楽 ヴァランタン・アジャディ
■出演 エデン・ダンブリン/グスタフ・ドゥ・ワエル/エミリー・ドゥケンヌ/レア・ドリュッケール/イゴール・ファン・デッセル/ケヴィン・ヤンセンス
■第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門グランプリ受賞/第95回アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート/2022年ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞ノミネート/ヨーロッパ映画賞2022作品賞・監督賞・男優賞・脚本賞ノミネート ほか多数受賞ノミネート
© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
【2023/12/9(土)~12/15(金)上映】
永遠を壊したのは、僕。
13歳のレオとレミは、24時間ともに過ごす大親友。中学校に入学した初日、親密すぎるあまりクラスメイトにからかわれたレオは、レミへの接し方に戸惑い、次第にそっけない態度をとってしまう。気まずい雰囲気のなか、二人は些細なことで大喧嘩に。そんなある日、心の距離を置いたままのレオに、レミとの突然の別れが訪れる。季節は移り変わるも、喪失感を抱え罪の意識に苛まれるレオは、自分だけが知る“真実”を誰にも言えずにいた…。
世界中を涙に染めた、残酷な悲劇と再生を描いた物語。
第75回カンヌ国際映画祭で「観客が最も泣いた映画」(BBC.com)と称されグランプリを受賞、第95回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされるなど各国の映画賞を席巻した『CLOSE/クロース』。色鮮やかな花畑や田園を舞台に、無垢な少年に起こる残酷な悲劇と再生を描いた物語は、ヨーロッパ、アメリカ、アジアと世界各国で上映され、海外の映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では94%フレッシュ(2022.5.31時点)と高い満足度を記録し、多くの映画人や観客を魅了している。
監督を務めるのは、前作『Girl/ガール』で第71回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞し、鮮烈なデビューを飾ったルーカス・ドン。長編2作目となる本作では、学校という社会の縮図に直面した10代前半に、自身が抱いた葛藤や不安な想いを綴る思春期への旅の始まりを瑞々しく繊細に描いた。主人公・レオと幼馴染のレミを演じるのは、本作で俳優デビューとなるエデン・ダンブリンとグスタフ・ドゥ・ワエル。子供でもなく大人でもない10代特有の揺れ動く心情を表現した二人には、世界中から賛辞が贈られている。
aftersun/アフターサン
Aftersun
■監督・脚本 シャーロット・ウェルズ
■製作 アデル・ロマンスキー/エイミー・ジャクソン/バリー・ジェンキンス/マーク・セリアク
■撮影 グレゴリー・オーク
■編集 ブレア・マックレンドン
■音楽 オリヴァー・コーツ
■出演 ポール・メスカル/フランキー・コリオ/セリア・ロールソン・ホール
■2022年アカデミー賞主演男優賞ノミネート/英国アカデミー賞新人賞<監督>受賞・主演男優賞ほか2部門ノミネート/カンヌ国際映画祭批評家週間<フレンチタッチ賞>受賞/全米批評家協会賞監督賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation,
The British Film Institute & Tango 2022
【2023/12/9(土)~12/15(金)上映】
最後の夏休みを再生する
思春期真っただ中、11歳のソフィは、離れて暮らす若き父・カラムとトルコのひなびたリゾート地にやってきた。輝く太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、親密な時間をともにする。20年後、カラムと同じ年齢になったソフィは、ローファイな映像のなかに大好きだった父の、当時は知らなかった一面を見出してゆく…。
映画界に新たな波を起こす、フレッシュな才能が集結。誰の心にも在る、大切な人との大切な記憶の物語。
11歳のソフィが父親とふたりきりで過ごした夏休みを、その20年後、父と同じ年齢になった彼女の視点で綴った本作。2022年カンヌ国際映画祭での上映を皮切りに話題を呼び、A24が北米配給権を獲得。多くのメディアが"ベストムービー”に挙げるなど勢いはとどまらず、その年を代表する1本となった。
監督・脚本は、瑞々しい感性で長編デビューを飾ったスコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。本作は、成長した娘の視点を通して、まばゆさとヒリヒリした痛みを焼きつける宝物のような思い出を振り返るというフィクションであると同時に、1987年生まれのウェルズ監督のパーソナルな自叙伝の要素も多く盛り込まれている。家庭用小型ビデオカメラやポラロイドといったアイテムや、クイーン&デヴィッド・ボウイ「アンダー・プレッシャー」、ブラー「テンダー」等のヒットソングが全篇を彩り、90年代のローファイな夏休みが再現された。
繊細な父親を演じたポール・メルカルは本作でアカデミー賞主演男優賞のノミネートを果たし、今後も『グラディエーター2』の主演に抜擢されるなど活躍が期待されている。思春期のソフィ役には半年にわたるオーディションで800人の中から選ばれた新人フランキー・コリオが務めた。
【レイトショー】SOMEWHERE
【Late Show】Somewhere
■監督・脚本 ソフィア・コッポラ
■製作 G・マック・ブラウン/ローマン・コッポラ/ソフィア・コッポラ
■製作総指揮 フランシス・フォード・コッポラ/ポール・ラッサム/フレッド・ルース
■撮影 ハリス・サヴィデス
■編集 サラ・フラック
■音楽 フェニックス
■出演 スティーヴン・ドーフ/エル・ファニング/クリス・ポンティアス
■第67回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞
©2010-Somewhere LLC
【2023/12/9(土)~12/15(金)上映】
どうしてだろう、娘との時間が美しいのは。
ハリウッドの映画スター、ジョニー・マルコ。彼はロサンゼルスのホテル“シャトー・マーモント”を仮住まいにし、高級車を乗り回してはパーティーで酒と女に明け暮れ、まさにセレブリティらしい華やかな生活を送っていた。しかし、それらはいずれも孤独な彼の空虚感を紛らわすだけのものに過ぎなかった。そんな彼が大切にしているのは、前妻と同居する11歳の娘クレオとの親子の短いひとときだった。自堕落な日常を過ごす彼だったが、母親の突然の長期不在により、無期限でクレオの面倒を見ることになる。やがて、映画賞の授賞式出席のためクレオと一緒にイタリアへと向かうジョニーだったが…。
第67回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞 ソフィア・コッポラが父との思い出や母になった経験を投影した珠玉の一作
『ヴァージン・スーサイズ』『ロスト・イン・トランスレーション』『マリー・アントワネット』に続く、ソフィア・コッポラ監督第4作は、すさんだセレブ生活を送る俳優の父と、ティーンエイジャーになる一歩手前の娘が過ごす、かけがえのない日々を描いたハートフルなドラマ。孤独にうつろう心を繊細に映し出してきたソフィアが、親子のひと時のふれあいを優しい眼差しで見つめた傑作で、第67回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。
父フランシス・フォード・コッポラが製作総指揮、兄ローマン・コッポラが製作に名を連ね、撮影は『エレファント』『ラストデイズ』といったガス・ヴァン・サント監督作で映像美を残してきたハリス・サヴィデスが務めた。『ロスト・イン・トランスレーション』にも楽曲を提供したフェニックスが音楽を担当し、スウィートでメランコリックなメロディを劇中に響かせている。娘のクレオ役に起用されたのは当時弱冠12歳のエル・ファニング。彼女は本作出演後『マレフィセント』や『ネオン・デーモン』など数々のヒット作に出演する人気俳優に成長し、ソフィア・コッポラが2017年に監督した『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』にも再び出演している。