すみちゃん
イオセリアーニの故郷であるジョージアは、コーカサス山脈の南に位置し、北はロシア、南はトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと国境を接し、西は黒海に面している。
『唯一、ゲオルギア』を見るまで、わたしはこんなにもジョージアが近隣の大国に支配を受けてきた国だとは知らなかった。古くから数多くの民族が行き交う交通の要衝であるが故に、オスマン帝国、イラン、ロシア帝国など、幾度もの他民族支配にさらされてきた。しかし、人々は宗教(ジョージア正教)、言語(ジョージア語)、ワイン造り等、この国独自の文化を守り育み、またそれらを心の礎にして敵国と戦を交え、度重なる滅亡の危機から国を再生させてきた。(*1)
現在も続いているロシアによるウクライナ侵攻は、今に始まったことではないことを、ロシアに隣接するジョージアの歴史からも見てとれる。今や世界で同時多発的に争い、虐殺が起きているが、ジョージアのように多くの犠牲を払わなければ人の尊厳を守ることは出来ないのだろうか?
1991年にソ連が崩壊し、ジョージア内で表面化してきた民族対立が紛争に発展。アブハジア紛争が勃発した。1994年5月15日に停戦合意が成立したものの、国が荒廃してしまい、その様子は映画内に収められているのだが言葉を失う。『唯一、ゲオルギア』が製作されたのは1994年で、イオセリアーニの祖国への思いからこの作品は生まれた。ジョージア人としての誇り、憂い。国が無くなるかもしれないという状況を、この映画を観れば手に取るように分かる。
『群盗、第七章』では、亡命状態であったイオセリアーニがジョージアに戻り撮影をした作品だ。その決意の大きさは映画を見たらすぐに感じ取ることができる。街を戦車が行き交い、市民のすぐそばで爆撃が起こる内戦時代のジョージアを描いている冒頭のシーンは、現在、パレスチナで起きているイスラエルによる爆撃の映像と重なってしまう。この作品はフィクションではあるが、間違いなく人間の犯した現実なのだ。中世、旧ソ連時代、内戦時代、現代と同じ俳優たちが人物を変えて出演しており、悪人も善人も境なく殺されては生まれ変わる。この世界は不条理だと心底感じさせられる。
『素敵な歌と舟はゆく』では、郊外の屋敷に住む家族が、それぞれ別の世界を見て生きている。実業家の母親はひたすらパーティーを開き、父親は飲んだくれ、息子は盗みをしている仲間たちとつるんでいる。特に息子は郊外から街へと繰り出し、カフェで働く娘やホームレスなど、様々な人と出会い、別れる。自分の生き方は自分で決めなければならない。その選択が果たして間違いだったのか正しかったのか分からないが、人生は進んでいく。時間の流れには逆らえない現実を突きつけられるような作品だ。
わたしたちは自分の生活でいっぱいいっぱいかもしれない。けれど、もしかしたら自分の生活のことを考えられることは幸せなのではないかと思う。住まいも家族も故郷も失ってしまったら、自分自身に向き合う時間など持てないだろう。『月の寵児たち』『そして光ありき』も含め、イオセリアーニの作品は、言い争ったり警察に捕まったり、ヘマばかりする人や騙してお金をくすねようとする人など、すべてを等しく同じ街に住む人間として描いている。日々の喧嘩や盗みやいじわる。それさえも人間の営みとしてかけがえないものと捉え、愛でるように観察し、なくなってしまうかもしれないものを残すことが、イオセリアーニが映画に込めているものなのではないかと思う。
イオセリアーニはインタビューで「…映画によって私は我々の思考の痕跡を残すことができる。私だけじゃない、我々の世代の、だ。我々が共有する人生観、我々が見てきた様々な事象の痕跡。映画は我々に続く人々のための橋のようなものだ。」(*2)と語っている。
その映画に込められた思いを受け取った、わたしたちにできることはなんだろうか?
*1 「ジョージア映画祭2022」 公式ホームページ “ジョージア文化と映画”より参照
(https://georgiafilmfes.jp/)
*2 「オタール・イオセリアーニ映画祭~ジョージア、そしてパリ~」公式パンフレットより引用
【特別モーニングショー】唯一、ゲオルギア
【Morning show】Georgia, Alone
■監督・脚本・編集 オタール・イオセリアーニ
■撮影 ヌグザル・エルコマイシヴィリ/ダト・ビルチャゼ
■編集 マリー=アニェス・ブラン
【2023/11/11(土)~11/13(月)上映】
イオセリアーニの真髄ここにあり。
ソ連が崩壊に向かい、政治的混迷を深め内戦が勃発したゲオルギア(ジョージア)。祖国が無くなるかもしれないという思いから製作を決意したイオセリアーニ。ゲオルギアの歴史、文化など、過去を振り返り現在を検証する。まだ先行きが混沌とする1994年の製作だが、現在の世界情勢とも通じる4時間におよぶドキュメンタリー大作。
そして光ありき
And Then There Was Light
■監督・脚本・編集 オタール・イオセリアーニ
■撮影 ロベール・アラズラキ
■編集 アーシュラ・ウェスト/マリー=アニェス・ブラン
■美術 イヴ・ブロヴェ
■音楽 二コラ・ズラビシヴィリ
■出演 シガロン・サニャ/サリー・バジー/ビンタ・シセ/マリ=クリスティーヌ・ディエム/ファトゥ・セイディ/アルファ・サン/アブドゥ・サン/スレイマン・サニャ/ムサ・サニャ
■1989年ヴェネチア国際映画祭審査員特別大賞受賞
【2023/11/11(土)~11/17(金)上映】
全編アフリカで撮影された異色作。
セネガルの森に住むディオラ族。男たちは川で洗濯をし、女たちは弓矢で鹿を狩る。女祈祷師バディニャ、狩人の女ムゼズヴェ、怠け者の夫ストゥラと別れ、3人の子供を連れてイェレと再婚するオコノロ…。一方、白人による森林伐採は進み、彼らの村に危機が迫る。
ディオラ族の牧歌的な生活と、産業により文化が侵食されていく様を寓話的に描く。「彼らの生活を描くことで、強烈に明確な表現で観客との会話を可能にした。会話(セリフ)がなくても伝わる」との理由から、本編中のディオラ族の言葉にはほとんど字幕は入っていない。
月の寵児たち
Favourites of the Moon
■監督 オタール・イオセリアーニ
■脚本 オタール・イオセリアーニ/ジェラール・ブラッシュ
■撮影 フィリップ・テオディエール
■編集 ドミニク・ベルフォール
■音楽 二コラ・ズラビシヴィリ
■出演 アリックス・ド・モンテギュ/パスカル・オビエ/ベルナール・エイゼンシッツ/マチュー・アマルリック/カーチャ・ルーペ/ハンス・ペーター・クロース/ジャン=ピエール・ボヴィアラ
■1984年ヴェネチア国際映画祭審査員特別大賞受賞
【2023/11/11(土)~11/17(金)上映】
マチュー・アマルリックの記念すべきデビュー作。
18世紀末の絵皿と貴婦人の裸体画をめぐる物語。パリの女画廊主と愛人の技師、銃砲店主、美容師、警視、空き巣の父子、過激派の音楽教師、娼婦、暗殺者のアラブ人、ホームレスなど――。彼らの行動が主役、脇役の区別なくポリフォニックに描かれる、とぼけた味わいの奇想天外な群像劇。フランス・パリに活動拠点を移したイオセリアーニが、オールパリロケで描いた初の長編映画。
群盗、第七章
Brigands-Chapter VII
■監督・脚本・編集 オタール・イオセリアーニ
■撮影 ウィリアム・ルプシャンスキー
■出演 アミラン・アミラナシヴィリ/ダト・ゴジベダシヴィリ/ギオ・ジンツァゼ/ニノ・オルジョニキゼ/ケティ・カパナゼ/アレクシ・ジャケリ/ニコ・カルツィヴァゼ/ニコ・タリエラシヴィリ/オタール・イオセリアーニ
■1996年ヴェネチア国際映画祭審査員特別大賞受賞/ダンケルク国際映画祭男優賞受賞
【2023/11/11(土)~11/17(金)上映】
中世から現代へ、ジョージアからパリへと時空を超えて繰り広げられる、荒唐無稽なジョージア史劇。
現代のパリ。男たちがタバコを吸いながら試写室で映画を見ている。スクリーンに映し出されるのは、豪邸で酔っぱらいながら乱痴気騒ぎする大人たちを少女が射殺する映像だ。中世のジョージアで、王は森で美しい羊飼いの娘を見初めてそのまま城に連れ帰る。内戦下のジョージアでは、街には装甲車が走り、ビルの屋上から狙撃手が市民を狙っている。
戦争や暴力を繰り返す愚かな権力者たちをあざ笑い、権力に屈することなくひたすら日々を生きようとする人々を讃えるイオセリアーニ流の人間賛歌が、縦横無尽・奇想天外に綴られる。同じ役者が違う時代のキャラクターを演じるのも楽しい。郷愁の切なさに涙するラストシーンは圧巻。
素敵な歌と舟はゆく
Farewell, Home Sweet Home
■監督・脚本 オタール・イオセリアーニ
■撮影 ウィリアム・ルプシャンスキー
■編集 オタール・イオセリアーニ/エヴァ・ランキュヴィチュ
■音楽 ニコラ・ズラビシヴィリ
■出演 ニコ・タリエラシヴィリ/リリ・ラヴィ―ナ/フィリップ・バス/ステファニー・アンク/ミラベル・カークランド/アミラン・アミラナシヴィリ/ジョアサン・サランジェ/マニュ・ド・ショヴィニ/オタール・イオセリアーニ/ナルダ・ブランシェ/ヤニック・カルパンティエ/アルベール・マンディ/アリックス・ド・モンテギュ/マチュー・アマルリック/マチュー・ドゥミ
【2023/11/11(土)~11/17(金)上映】
ほのぼのとした幸福感が心を満たす群像喜劇の傑作。
郊外の屋敷に住む、鉄道模型とワインが大好きな父、パーティー好きな実業家の母、街で物乞いやバイトに明け暮れる長男。金持ち一家を中心に風流な浮浪者、カフェの看板娘や鉄道員、はてはマラブーやラブラドールまで! 様々な人と動物がパリを舞台に交錯するエピソードが、なめらかなカメラワークによってしりとりのように連なってゆく。
金持ち息子二コラを演じたニコ・タラエラシヴィリは監督の娘ナナの長男で、声の吹替をアニェス・ヴァルダとジャック・ドゥミの息子マチュー・ドゥミが担当している。