ルー
技術開発が進み現在では違う方式の作品も存在はしますが、基本的に映画は今も昔も一秒間に24枚の写真(静止画像)を連続させることで動く映像を生み出しています。私たちは映画館でスクリーンに写し出される光の明滅を見る間に、実はかなり長い時間全くの闇も見ているのです。人間が他に闇に包まれる体験をするのは、眠る時と死を迎える時です。映画を見ることは眠りに落ち、夢を見ることに似ているだけでなく、実は短い死を体験することにも似ているのではないでしょうか。
今回上映する映画作家たちに共通するのは、画と画の間にある闇の深さに自覚的だということだと思います。彼らが描く幻想的な光景はどこか強い死の匂いを湛えており、だからこそ私たちひとりひとりにある根源的な感情に訴えかけるのだと思います。深く短い死の体験は、そこから覚醒することによって改めて生を実感させてくれます。私たちが生命を営む限り、彼らの作品は時代を越えて必要とされるのです。
インディア・ソング
India Song
■監督・原作・脚本 マルグリット・デュラス
■撮影 ブリュノ・ニュイッテン
■音楽 カルロス・ダレッシオ
■出演 デルフィーヌ・セイリグ/マイケル・ロンズデール/マチュー・カリエール/クロード・マン
【2020年7月25日から7月27日まで上映】
愛、倦怠、追憶、そして大いなる忘却――1930年代のインドを舞台に官能の映像美で綴った衝撃作
1937年、インドのカルカッタ。フランス大使夫人アンヌ・マリー・ストレッテルは30代の優雅な女性で、彼女は植民地の白人社会の中で娼婦のように男たちに体を許しながら女神のように神秘的な存在であった。彼女の周辺には、恋人たちの姿が絶えず見られた。大使館でのパーティーの夜、ラホールの元副領事が招かれる。彼はアンヌに激しい恋心を抱くが…。
デュラス作品ほど通常の映画文法から自由な映画もなかなかありません。カルカッタのフランス大使夫人と彼女に想いを募らせるラホール元副領事官との不可能な愛の物語、という一応の物語はあるものの、登場人物たちは緩慢な動作でダンスをしたり身を横たわったりするばかり。音は映像と同期することがなく、画面外から謎の少女たちの声が響きつづけます。そこに映し出されるのは、デュラス本人の幼少期の記憶に基づく光景なのですが、私たちにはこの世ならざる彼岸の世界にも見えます。名状しがたい倦怠と郷愁が観る者を包み込んでいく、どんな映画にも似ていない極北の映画体験。カルロス・ダレッシオによる、いつ果てるとも知れない気だるい主題曲も最高。愉悦に満ちた至福の120分。(by ルー)
アンジェリカの微笑み
The Strange Case of Angelica
■監督・脚本 マノエル・ド・オリヴェイラ
■撮影 サビーヌ・ランスラン
■美術 クリスティアン・マルティ/ジョゼ・ペドロ・ペーニャ
■編集 ヴァレリー・ロワズルー
■出演 リカルド・トレパ/ピラール・ロペス・デ・アジャラ/レオノール・シルヴェイラ/ルイス・ミゲル・シントラ/イザベル・ルート
■第63回カンヌ国際映画祭〈ある視点〉部門オープニング作品/2015年キネマ旬報ベスト・テン外国映画第3位
©Filmes Do Tejo II, Eddie Saeta S.A., Les Films De l’Après-
Midi,Mostra Internacional de Cinema 2010
【2020年7月28日から7月31日まで上映】
世にも美しい愛の幻想譚。
ポルトガルはドウロ河流域の小さな町。カメラが趣味の青年イザクは、ある夜、若くして亡くなった娘アンジェリカの写真撮影を依頼され、町でも有数の富豪の邸宅を訪れる。白い死に装束に身を包み、花束を手に抱えて横たわる、かの娘にカメラを向けると、その美しい娘は、突然瞼を開きイザクに微笑みかける。その瞬間、イザクは雷に打たれたように恋に落ち、すっかりアンジェリカの虜になってしまうのだった…。
本作は2015年に106歳で亡くなるまで創作活動を続けたポルトガルの伝説的映画作家オリヴェイラが101歳のときに発表した作品。技術革新にも積極的だったオリヴェイラらしく、絵画的なセンスはそのままに、デジタル撮影やデジタル合成を大胆に導入しています。実孫であるイケメン俳優リカルド・トレパやレオノール・シルヴェイラなどのオリヴェイラファンにはお馴染みの面々の嬉々とした演技も楽しいのですが、なんといっても注目なのは、日本ではホセ・ルイス・ゲリン監督『シルビアのいる街で』で知られる超絶美人女優ピラール・ロペス・アジャラ様の尊い御姿が拝見できることです!死者と生者の境界を超越したアジャラ様の神々しい御姿と当時101歳だったオリヴェイラ御大独特のまったりした映画のリズムに誘われる、ロマンティックで幻惑的な映像世界!(by ルー)
ラ・ジュテ
La jetée
■監督・脚本 クリス・マルケル
■撮影 ジャン・チアボー
■音楽 トレヴァー・ダンカン
■出演 エレーヌ・シャトラン/ジャック・ルドー/ ダフォ・アニシ
© 1962 ARGOS FILMS
【2020年7月25日から7月31日まで上映】
男は子どもの頃に戻りたいと願った。それは女が待っているかもしれない世界——
第三次世界大戦後、放射能に汚染されたパリの地下で戦争を生きのびた勝者側の科学者たちは、“過去”と“未来”に人類の救済を求めるために、捕虜を使って時間旅行を試みる。彼らはそこで、ある記憶に取りつかれた男を選び出す。
彼は少年時代、オルリー空港の送迎台で見た断片的なイメージ――凍った太陽と叫ぶ女――が心に焼き付いている。実験台での注射により過去に送り込まれた男は、送迎台で見た女と再会し夢見心地の時間を過ごす。続いて、未来へと送り込まれた男は、世界を救うためのエネルギーを持ち帰る。そして、彼は自分の記憶の驚くべき真実を知ることになる…。
写真、映画、ビデオ、コンピューター……あらゆるメディアを駆使して20世紀後半~21世紀初頭を「記憶」しようとした作家クリス・マルケルが珍しく創作したサイエンス・フィクションは、全編を静止した白黒写真とナレーションで構成した前衛的な短編映画。直接的な翻案であるテリー・ギリアム監督の『12モンキーズ』をはじめ、その後の数多くの<タイム・トラベル>ものに影響を与えた、映画史の中でも特異な地位に屹立する傑作。
去年マリエンバートで 4Kデジタル・リマスター版
Last Year at Marienbad
■監督 アラン・レネ
■脚本 アラン・ロブ=グリエ
■撮影 サッシャ・ヴィエルニー
■音楽 フランシス・セイリグ
■出演 デルフィーヌ・セイリグ/ジョルジョ・アルベルタッツィ/サッシャ・ピトエフ
■1961年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞/1962年アカデミー賞脚本賞ノミネート/英国アカデミー賞作品賞ノミネート
©1960 STUDIOCANAL – Argos Films – Cineriz
【2020年7月25日から7月31日まで上映】
まどろむ記憶、混じり合う時間、交錯する夢と現。時を彷徨う、果てしない愛の物語。
バロック風の豪奢で陰鬱な、迷路のようなホテル。夜会服をまとった紳士淑女たちが、演劇やコンサートに無表情に身を沈め、いかさまゲームに興じ、人形のようにワルツを踊り、ナンセンスな会話を繰り返している。そこに、ひとりの男がやってくる。去年出会い、恋に落ち、そして1年後に駆け落ちする約束をした女をここから連れ出すために。
しかし再会した女は、そのようなことは全く覚えていないと拒絶する。あなたの夢物語でしょうと。まるで、このホテルには過去など、はたまた恋や愛などという概念は存在しないかのように。彼女は去年の出来事を忘れてしまったのか?忘れたふりをしているのか?それとも、男が嘘をついているのかー?
【ヌーヴェル・ヴァーグ】と【ヌーヴォー・ロマン】の奇跡の結晶。【文学】と【映画】の最前線が交わった真の革命。映画史に屹立する、永遠の神秘。
初の長編映画『二十四時間の情事(ヒロシマ・モナムール)』が一大センセーションを巻き起こし、一躍【ヌーヴェル・ヴァーグ】の先駆者として、世界にその名を知らしめたアラン・レネ。 一方、戦後世界文学に革命的な地殻変動をもたらした【ヌーヴォー・ロマン】の旗手として、文学界に名を轟かせていた作家アラン・ロブ=グリエ。ともに当時38歳。運命的なタイミングで出会ったふたりのアランは即座に意気投合。映画のエクリチュールだけを使ってリアルな感情を呼び起こす、といった空前絶後の作品づくりに挑み、本作で見事ヴェネツィア国際映画祭では金獅子賞を受賞した。
ヒロイン、デルフィーヌ・セイリグが身にまとう衣装は本作のためにココ・シャネルがデザインし、映画が公開されるや、「ドレス・ア・ラ・マリエンバート」と呼称され、世界的なブームを巻き起こした。本作を鑑賞し、セイリグに強烈に憧れたブリジッド・バルドーが、シャネルの邸宅を訪問し、劇中と全く同じブラックリトルドレスをオーダメイドで作ってもらったという逸話もあるほど。
2018年にはシャネルの主導により、半世紀の時を経て、最高精細・最高解像度での4Kデジタル完全修復が実現。シャネルの華麗な衣装の数々が永遠の美しさをまとい、鮮烈によみがえる。