ジャック
カンヌ、ヴェネチア、ベルリンと国際映画祭のグランプリを制覇し、間違いなく映画界の巨匠であるロバート・アルトマン。群像劇からSF、戦争、ミステリー、ハードボイルドなどの様々なジャンルに挑み多くの作品を残しているが、彼の作風は妙に捉えどころがないように思う。
物語におけるシーンとシーンから導き出される答えをあえて裏切るようなスタイルや、特徴的な登場人物。創作物なのだからこのディティールには何か意味があるはずだ、という考え方が通用しない。次々に現れては消えていく人や物。しかしその数々から確かに感じる、言い表すことのできない何か、私はそれをムードと呼ぶことしかできない。
だからといってそのムードに、ただ身をゆだねていられるほど安心はできない。電車から外の風景を眺めるような穏やかな時間ではなく、むしろ電車内で隣に人が座っているときのような生々しい存在感がそこに現れているように思う。
ロバート・アルトマン初期の監督作である『ロング・グッドバイ』『雨にぬれた舗道』『イメージズ』。ジャンルの違う3つの映画は、どの作品も先が読めず、捉えどころがない。しかし予想を裏切られながら進む物語とは裏腹に、これらの映画が持つムードからは、監督自身の何かをまっすぐと見据える、恐れのない確信的な態度が見えてくるのではないだろうか。
ロバート・アルトマン
1925年2月20日、ミズーリ州カンザス・シティ生まれ。父バーナードは生命保険のセールスで成功を収めた地元の名士。妹ふたり、従姉もよく遊びに来る家で、女性に囲まれて育った。18歳で空軍に志願、第二次大戦中はB-24の副操縦士として50回以上の爆撃任務に就く。
除隊後は、故郷カンザスで60本を超える産業映画や記録映画を監督した。本格的な長編第一作は、独立系低予算映画『非行少年たち』(57)。次いでG・W・ジョージと共同で記録映画『ジェイムス・ディーン物語』(57)を監督。この2本はヒッチコックの目に留まり、TVシリーズ『ヒッチコック劇場』の演出家として起用される。60年代は多数のテレビドラマを演出した。
『宇宙大征服』(67)でハリウッド映画デビューするも、再編集を拒否したため完成直前に解雇されてしまう。映画監督としてしばらく不遇をかこっていたが、長編4作目の『M★A★S★H マッシュ』(70)が大ヒット、カンヌ国際映画祭パルムドールも獲得し、40代半ばにしてようやく映画界の第一線に躍り出る。
70年代は『ロング・グッドバイ』(73)『ナッシュビル』(75)『ビッグ・アメリカン』(76)など、型破りかつ斬新な語り口で数々の名作を発表するも、80年代になると興行的失敗作も続いてハリウッドから距離を置き、舞台劇を翻案にした実験的映画作りを試みる。ところが90年代に入り、多数のスター俳優をカメオ出演させた『ザ・プレイヤー』(92)や『ショート・カッツ』(93)で本格復活。その後も創作意欲は衰えず、遺作『今宵、フィッツジェラルド劇場で』(06)まで、映画のみならずTVや舞台の演出も手がけ続けた。
2005年にアカデミー名誉賞を受賞。2006年11月20日、カリフォルニア州ロサンジェルスにて死去。
雨にぬれた舗道
That Cold Day in the Park
■監督 ロバート・アルトマン
■脚本 ギリアン・フリーマン/レオン・ミレル
■撮影 ラズロ・コヴァックス
■音楽 ジョニー・マンデル
■出演 サンディ・デニス/マイケル・バーンズ/スザンヌ・ベントン/ルアナ・アンダース
©MCMLXIX Commonwealth United
【2023/9/30(土)~10/6(金)上映】
ブルジョワの婦人が、自宅に隣接する公園のベンチでずぶ濡れになっている見知らぬ青年を招き入れて、風呂に入れ食事を与えたことがきっかけとなり、二人の奇妙な関係が始まる……
『イメージズ』『三人の女』と併せて、女性とパーソナリティ障害の関係を探求したスリラー/ホラー/幻想映画的三部作を構成する一編。原作は、ハリウッド映画の子役から作家に転身したリチャード・マイルズの長編小説。この初期作品で早くもアルトマンは、女性の強迫観念や性的欲求不満を前面に出した主題の選択のみならず、画作り(ハンガリー出身の撮影監督ラズロ・コヴァックスが起用された)の面でも大胆な試みをおこなっている。サンディ・デニスの繊細な演技も素晴らしい。
ロング・グッドバイ
The Long Goodbye
■監督 ロバート・アルトマン
■脚本 リー・ブラケット
■撮影 ヴィルモス・ジグモンド
■音楽 ジョン・ウィリアムズ
■出演 エリオット・グールド/ニーナ・ヴァン・パラント/スターリング・ヘイドン/マーク・ライデル/ヘンリー・ギブソン
■1973年全米批評家協会賞撮影賞受賞/アメリカ国立フィルム登録簿2021年新規登録作品
©1973 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved
【2023/9/30(土)~10/6(金)上映】
私立探偵マーロウの家に、親友テリーが突然訪ねて来る。テリーは妻とケンカしたと話し、メキシコへ連れて行ってほしいとマーロウに頼む。テリーを車で送り帰宅したマーロウは、テリーの妻が殺されたことを知る。テリーを匿っていると疑われたマーロウは留置場に入れられるが、テリーがメキシコで自殺したとの報せを受けて釈放される。そんな中、マーロウは有名作家の妻から、行方不明になった夫の捜索を依頼される。
レイモンド・チャンドラー小説の私立探偵マーロウを現代によみがえらせた、寓話的フィルム・ノワール。脚本はかつてマーロウもの『三つ数えろ』(ハワード・ホークス、46)を手がけた女性SF作家リー・ブラケット。「生命の尊さなど一顧だにされず、友情や義理のたぐいが無意味なものとなった自分本位の世の中でさまよう、道義をわきまえた寛大な男」(アルトマン)の物語である。原作からかけ離れた探偵像と結末の大改変に公開当時は非難轟々だったが、歳月を経てカルト映画に。グールド演じる飄々とした可笑しみのある猫好きのマーロウ、探偵を取り巻く個性的な面々、ジグモンドの冒険心溢れる撮影、奇抜で魅力的な楽曲使用など、繰り返し観たくなる魔術的作品。
【レイトショー】イメージズ
【Late Show】Robert Altman's Images
■監督 ロバート・アルトマン
■脚本 ロバート・アルトマン/スザンナ・ヨーク
■撮影 ヴィルモス・ジグモンド
■音楽 ジョン・ウィリアムズ/ツトム・ヤマシタ
■出演 スザンナ・ヨーク/ルネ・オーベルジョノワ/マルセル・ボズフィ
■第45回アカデミー賞作曲賞ノミネート/第25回カンヌ国際映画祭女優賞受賞/第26回英国アカデミー賞撮影賞ノミネート
©2023 Phoenix Films Holdings Limited
【2023/9/30(土)~10/6(金)上映】
ロンドン在住の女性児童文学作家が、ある晩正体不明の女からの不気味な電話を受けたのをきっかけに、幻聴や幻視に悩まされ始め、周囲の男性たちのアイデンティティが区別できなくなり、ついにはドッペルゲンガーと対峙するにいたる。
オリジナル脚本はアルトマン自身と主演女優ヨークの共作。劇中で読み上げられる童話も、彼女が書いた作品である。アルトマンが当時取り組んでいた ジャンル映画批評からいったん退いて、複雑な構成を通じて狂気の主題を探求した、さまざまな解釈が可能な芸術映画。ヨークの演技(カンヌ国際映画祭最優秀女優賞を受賞)、ヴィルモス・ジグモンドの撮影、ジョン・ウィリアムズとツトム・ヤマシタの音楽も賞賛された。