【2023/8/26(土)~9/1(金)】『アダプション/ある母と娘の記録』『ナイン・マンス』/『マリとユリ』『ふたりの女、ひとつの宿命』// 特別レイトショー『ドント・クライ プリティ・ガールズ!』

すみちゃん

メーサーロシュ・マールタ監督作品に出てくる女性たちは、みな切実なものを抱えていて、自分一人ではどうしようもない現実の中、自立した一人の女性として生きたいと思う揺るぎない意志が、静かに燃えている。

『アダプション/ある母と娘の記録』のカタと『ナイン・マンス』のユリはどちらも工場で働いている。本作が制作された1970年代といえば、女性たちが社会へ進出しながらも、偽りの自由、偽りの民主主義の中で生き抜く困難さがあった。カタには妻子ある恋人がおり、子供を産みたくても彼からは理解が得られない。ユリには前パートナーとの子供がいるが、そうとは知らずに言い寄ってくる工場の上司は、子供の存在を知るとつれない態度を取る。子供を持つことは罪なのか? とユリは彼に疑問を投げかける。
両作品とも“子供を持つ”ということの正当性が問われているようだ。子供と共に生き、働きたいという思い。それは正式に結婚をしたひとりの男性とでしか叶わないことなのだろうか? 男性に優位な立場をとられていても、ユリは自身が勉強している農学や仕事を諦めることはないし、カタは寄宿学校で生活するアンナと出会うことで、新たな可能性を見つけていく。

『アダプション』のカタとアンナのように、メーサーロシュ監督作品には世代も境遇も違う女性が出会う。『マリとユリ』では工場の寮長を務めるマリとそこで働くユリ、『ふたりの女、ひとつの宿命』では夢を追うイレーンと裕福なスィルヴィア。マリとユリはお互いの夫婦の問題も自身の性格も違うのだが、自分らしく生きたいと望む者同士が惹かれ、喧嘩をしながらも支え合う。イレーンとスィルヴィアはもともと友だちであるところから、不妊に悩むスィルヴィアがイレーンに代理出産をお願いすることで関係性が崩れ始める。
“女性同士の連帯”という一言では一人一人の女性が抱える問題を解決できるわけではないけれど、お互いの抱える苦しみを想像することができると、おそらく人は手を差し伸べたくもなるし、助けを求めることができるのかもしれない。

完璧に分かり合える関係性を作ることは、どんな性別を持つ者同士でも困難だろう。メーサーロシュ監督の作品では、寄り添うふたりがたびたび「愛している」とお互いに伝えるのだが、果たしてそれが本当に愛なのか、もしくは所有欲なのか、分からなくなってしまう女性たちの混乱が描かれる。身体への接触や価値観を否定することは、どんなに親密な関係でも強引にするべきではないのに、「愛している」という言葉の前では揺らいでしまい、まるで目眩ましにあっているのではないかとさえ感じる。『ドント・クライ プリティ・ガールズ!』では、婚約した若い男女が、お互いに移り行く異性への好奇心を隠さない。両者ともに相手に対して不審感を持つが、自分がとった行動も相手に対して不誠実だったと理解し、共に生きようとする。その姿からは、きっとここからふたりは愛することで葛藤するのだろうと憂慮する気持ちもありつつ、希望を見ることができた。

#MeToo以降、女性たちが声を上げる機会が増えたものの、日本では未だに女性が抱える問題について理解が進んでおらず、日々の生活で耳目に触れる言葉によって絶望的な気持ちになってしまう。大事な友達や恋人や、自分にとって大切だと思える存在の人から言われるとなおさら苦しい。けれど、変わらない社会の中に押しつぶされることなんて望んでいないし、自分らしく生きていくことを諦めたくはない!そうした人に向けて、メーサーロシュ監督の作品は強く心に響いていくだろう。今年一番と言っていいほどに(まだ早い?)観てもらいたい特集だ。

アダプション/ある母と娘の記録
Adoption

メーサーロシュ・マールタ監督作品/1975年/ハンガリー/88分/DCP/PG12/ビスタ

■監督 メーサーロシュ・マールタ 
■脚本 メーサーロシュ・マールタ/ヘルナーディ・ジュラ/グルンワルスキ・フェレンツ
■脚本監修 ヴァーシャールヘイ・ミクローシュ
■撮影 コルタイ・ラヨシュ
 
■出演 ベレク・カティ/ヴィーグ・ジェンジェヴェール/フリード・ペーテル/サボー・ラースロー

■第25回ベルリン国際映画祭金熊賞・OCIC特別賞受賞/C.I.D.A.L.C. Award名誉賞/Interfilm Award – Otto Dibelius Film Award

©National Film Institute Hungary -Film Archive

【2023/8/26(土)~9/1(金)上映】

43歳のカタは工場勤務の未亡人。彼女は既婚者と不倫関係にある。カタは子どもが欲しいのだが、愛人は一向に聞き入れない 。とある日カタは、寄宿学校で生活するアンナと出会い、彼女の面倒を見ることにした。次第にふたりは奇妙な友情を育んでいく。

メーサーロシュの名を一躍世界に知らしめた記念すべき作品。家父長制すら歯牙にもかけぬ主人公たちの親密さを、決して見逃してはならない。アニエス・ヴァルダが『ラ・ポワント・クールト』で交わらない視線をパートナー同士の断絶として実践したのとは対照的に、本作ではまるで親密さと比例するかのように視線の交差が慎重に避けられていく。

ナイン・マンス
Nine Months

メーサーロシュ・マールタ監督作品/1976年/ハンガリー/94分/DCP/R15+/スタンダード

■監督 メーサーロシュ・マールタ
■脚本 ヘルナーディ・ジュラ/コーローディ・イルディコー
■脚本監修 ヴァーシャールヘイ・ミクローシュ
■撮影 ケンデ・ヤーノシュ

■出演  モノリ・リリ/ヤン・ノヴィツキ

■第30回カンヌ国際映画祭 国際映画批評家連盟(FIPRESCI)賞受賞/第27回ベルリン国際映画祭 OCIC特別賞受賞

©National Film Institute Hungary -Film Archive

【2023/8/26(土)~9/1(金)上映】

ユリは工場勤務の傍ら、農学を学んでいる。工場の上司は彼女と恋に落ちる。ユリは彼に誠実な関係を望むいっぽう、前パートナーとの間に子どもがいる事実を隠している。やがて彼女の秘密は明らかになるのだが、上司は子どもの存在 を受け入れるだけの心の準備ができておらず……。

ドキュメンタリー作家としてキャリアをスタートさせたメーサーロシュが、作為性や修飾を極限にまで削ぎ落した「真実」の記録。互いに自分が正しいと考え、閉鎖的な社会で激しくぶつかり合う男と女。フィクションとドキュメンタリーの境界が一気にガラガラと壊されるラストシーンに圧倒される。本作は第30回カンヌ国際映画祭 国際映画批評家連盟賞、第27回ベルリン国際映画祭 OCIC特別賞を受賞した。

マリとユリ
The Two of Them

メーサーロシュ・マールタ監督作品/1977年/ハンガリー/98分/DCP/スタンダード

■監督 メーサーロシュ・マールタ
■脚本 コーローディ・イルディコー/バラージュ・ヨージェフ
■脚本監修 ヴァーシャールヘイ・ミクローシュ
■撮影 ケンデ・ヤーノシュ

■出演 マリナ・ヴラディ/モノリ・リリ/ヤン・ノヴィツキ

©National Film Institute Hungary -Film Archive

【2023/8/26(土)~9/1(金)上映】

マリの夫は偏狭な男で、ユリの夫はアルコールに依存している。彼女たちはつらい夫婦生活を乗り越え、慰めを求めあう。互いの葛藤を知ったふたりは、それぞれの人生を歩むべく、ある決断をする。

家父長制が残る 70 年代ハンガリーで、結婚生活に絡めとられる二人の女性の連帯を、厳しくも誠実なまなざしで捉えた精緻な秀作。少しずつ取り乱していくマリの姿は、『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル 1080 、コメルス河畔通り 23 番地 』のデルフィーヌ・セイリグを思い起こさせる。ミドルエイジ・クライシスと有害な男性性が切実に明かされる本作には、国境はおろか時代をも超えてしまう危うさがある 。

ふたりの女、ひとつの宿命
The Heiresses

メーサーロシュ・マールタ監督作品/1980年/ハンガリー・フランス/105分/DCP/ビスタ

■監督 メーサーロシュ・マールタ
■脚本 コーローディ・イルディコー/メーサーロシュ・マールタ
■脚本監修 ヴァーシャールヘイ・ミクローシュ
■撮影 ラガーイ・エレメール

■出演  イザベル・ユペール/モノリ・リリ/ヤン・ノヴィツキ/ペルツェル・ズィタ/サボー・シャーンドル

©National Film Institute Hungary -Film Archive

【2023/8/26(土)~9/1(金)上映】

1936年。ユダヤ人のイレーンは、裕福な友人・スィルヴィアからある相談を持ち掛けられる。スィルヴィアは不妊に悩んでおり、イレーンに自身の夫との間で子どもをつくってほしいと言う。そうして生まれた子どもに莫大な財産の相続が約束されたのだが、彼らの関係は悪化の一途をたどる。その頃世界ではファシズムが台頭し……。

幅広い文化圏の映画監督と協業を続けるイザベル・ユペールは、その最初期の重要な出演作として本作を挙げている。この後メーサーロシュは「日記」四部作に代表される歴史映画を手掛けていくが、その契機としても見落とす ことができない意欲作。同じ服を身にまとい、格好を揃えるイレーンとスィルヴィアは、ヴェラ・ヒティロヴァ『ひなぎく』のマリエたちを彷彿とさせる。代理出産をめぐり変容していく彼女たちの連帯に、大戦がもたらした体制と被迫害者という残酷な宿命が影を落とす。

【レイトショー】ドント・クライ プリティ・ガールズ!
【Late show】Don't Cry, Pretty Girls!

メーサーロシュ・マールタ監督作品/1970年/ハンガリー/89分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督 メーサーロシュ・マールタ
■脚本 ズィムレ・ペーテル
■脚本監修 ビロー・イヴェット
■撮影 ケンデ・ヤーノシュ

■出演 ヤロスラヴァ・シャレロヴァー/ザラ・マールク/バラージョヴィチ・ラヨシュ
■出演アーティスト Metro/Illés/Kex/Sziriusz/Tolcsvay Trió

©National Film Institute Hungary -Film Archive

【2023/8/26(土)~9/1(金)上映】

ビート・ミュージックのファンである若者たちは、うだつの上がらない日々を工場での労働に費やしている。ユリは不良青年のうちのひとりと婚約しているのだが、とあるミュージシャンと恋に落ちた。ギグを開くという彼とともに、ユリは小旅行へ出かける。しかし嫉妬深い婚約者と彼の不良仲間たちは執拗にふたりを追いかけ……。

溢れんばかりのビート・ミュージックとともに、当時の息詰まるような社会の閉塞性がたしかに刻印された、珠玉の音楽逃避行劇。主人公ユリがみせる表情の微妙な変化に、最初から最後まで目が離せない。バーバラ・ ローデン の 『WANDA/ワンダ』や ケリー・ ライカート の『リバー・オブ・グラス』をも思い起こさせる、伝統的な逃避行劇の見事な解体。閉塞的かつ家父長的な社会から抜け出せぬ若者たちの思いを、ビート・ミュージックが鮮やかに代弁する。