【2022/1/22(土)~1/28(金)】『リバー・オブ・グラス』『オールド・ジョイ』『ウェンディ&ルーシー 』『ミークス・カットオフ』

すみちゃん

昨年、ケリー・ライカート監督の作品が、わたしの心の片隅にずっと存在していた。
2020年のイメージフォーラム・フェスティバルで上映されて以来、波紋が広がり続け、様々な映画館を漂うように上映され続けていた。今回、ここ早稲田松竹に漂着し、上映できることがとても嬉しい。

『リバー・オブ・グラス』をわたしは2回鑑賞した。1回目に観た時にとても興奮した覚えがあり、一体わたしは何に興奮したのかを確認するためにもう一度観た。カットとカットのつながりに使われる音楽が、拳銃を失くしてしまった刑事の叩くドラムの音であること、主人公のコージーにはこれといって何かやりたそうなことが見えないのに器械体操がとても得意なことなど、映画の端々にある重要でなさそうな一つ一つがとても丁寧に描かれている。映画として重要ではないかもしれない登場人物たちの動きや仕草や設定が、怠惰な日常を、より鮮明にしている瞬間瞬間に心を動かされたのだ。

『オールド・ジョイ』では、旧友であるマークとカートが久しぶりに会いキャンプに出かける。会話はどこか上滑りしていて、どんなにカートが言葉を紡いでも、マークには届かない。映画全体に漂うもどかしさの中に、ふと緊張感が高まるのだが、最も人が緊張しなさそうな温泉に入っている時に訪れるのだから、埋まらない二人の距離感をより切実に感じる。

『ウェンディ&ルーシー』のウェンディは、愛犬ルーシーと共に車でアラスカに向かう。目的地に到着できぬまま、お金も車もルーシーも失いそうになるウェンディが徐々に追い詰められていく姿に、自分の力で生きていこうとすればするほど苦しくなる現状を目の当たりにする。窮地に立たされるのは、彼女にだけ問題があるのだろうか? 淡々となかなか上手くいかない様子が描かれ続けることで、一層この映画を現実的に感じる。

『ミークス・カットオフ』は西部劇。といっても、当時の女性たちが綴った日記をもとに作られたこの映画には今まで観てきたような西部劇の激しさは見当たらない。目的地になかなか到着できない一行の、男たちの作戦会議に女性は参加できない。道を知っているというミークへの不信感、言葉の通じないカイユース族との距離感。何を信じてどこに進めばよいのか。どんな基準を己に持っていればよいのか、観ている自分自身も分からなくなっていく。

ライカート監督の映画には、目的を達成することができない人たちばかりが登場する。どの映画を観ていても、ある瞬間から息苦しさやむず痒さに気づき、登場人物たちと感情を共に分かち合っているかのような錯覚を覚える。まるで、わたしが日常的に思い悩んでいること(伝わってほしい人に言葉が通じなかったり、お金が無くてできなかったことをわたしの努力不足だと指摘されたり)が、映画として客観的に提示されているようだ。日常で感じている痛みが映画の登場人物と一致していく体験は、少し癒し効果もあるのだろうか? じわじわと悲しみやいたたまれなさが体の隅々に染みていき、分散されていく感覚がある。だからといって消えるわけではないのだけど、痛みを和らげながら、わたしも生きていかなくちゃ! と思わせてくれる力がライカート監督の映画にはあるのだ。何度でも観に行きたくなってしまうのは、弱さを抱えながら生きている人に映画を捧げてくれているからだと思う。一度でもいいし、何度でもいい。一人では抱えきれなかったものを映画に抱えてもらいに来てほしいと思う!

リバー・オブ・グラス 2Kレストア版
River of Grass

ケリー・ライカート監督作品/1994年/アメリカ/76分/DCP/スタンダード

■監督 ケリー・ライカート
■脚本・製作 ケリー・ライカート/ジェシー・ハートマン
■撮影 ジム・ドゥノー
■編集 ラリー・フェセンデン
■音楽 ジョン・ヒル

■出演 リサ・ドナルドソン(リサ・ボウマン名義)/ラリー・フェセンデン/ディック・ラッセル/スタン・カプラン/マイケル・ブシェミ

© 1995 COZY PRODUCTIONS

併映作品:『ミークス・カットオフ』

【2022年1月22日(土)から1月28日(金)まで上映】

楽園リゾート都市マイアミのほど近く、なにもない郊外の湿地で鬱々と暮らす30歳の主婦コージーは、いつか、新しい人生を始めることを夢見ている……。

20代最後の年、故郷に戻ったライカートが、逃避行に憧れ、アバンチュールに憧れ、アウトローに憧れた、かつての思春期の自身に捧げた「ロードの無いロード・ムービー、愛の無いラブ・ストーリー、犯罪の無い犯罪映画」。撮影許可料が払えず、警察から幾多の圧力を受けながら、ゲリラ撮影で完成させた珠玉のデビュー作。

オールド・ジョイ
Old Joy

ケリー・ライカート監督作品/2006年/アメリカ/73分/DCP/ビスタ

■監督・編集 ケリー・ライカート
■製作総指揮 トッド・ヘインズ/ラージェン・サヴィアーニ/ジョシュア・ブルーム/マイク・S・ライアン
■脚本 ケリー・ライカート/ジョン・レイモンド
■撮影 ピーター・シレン
■音楽 ヨ・ラ・テンゴ、スモーキー・ホーメル(グレゴリー・“スモーキー”・ホーメル名義)

■出演 ダニエル・ロンドン/ウィル・オールダム/ターニャ・スミス

■ロッテルダム国際映画祭タイガー・アワード(最高賞)受賞/ロサンゼルス映画批評家協会インディペンデント・フィルム賞受賞

© 2005,Lucy is My Darling,LLC.

併映作品:『ウェンディ&ルーシー 』

【2022年1月22日(土)から1月28日(金)まで上映】

もうすぐ父親になるマークは、ヒッピー的な生活を続ける旧友カートから久しぶりに電話を受ける。キャンプの誘い。 “戦時大統領”G・W・ブッシュは再選し、カーラジオからはリベラルの自己満足と無力を憂う声が聞こえる……。ゴーストタウンのような町を出て、二人は、ポートランドの外れ、どこかに温泉があるという山へ向かう。

『リバー・オブ・グラス』から12年――貯めた資金をもとに完成の目処なくスタートした企画だったが、ライカートの評価を一躍高めた2作目。

ウェンディ&ルーシー
Wendy and Lucy

ケリー・ライカート監督作品/2008年/アメリカ/80分/DCP/ビスタ

■監督・編集 ケリー・ライカート
■製作総指揮 トッド・ヘインズ/フィル・モリソン/ラジェン・サヴィアーニ/ジョシュア・ブルーム
■脚本 ケリー・ライカート/ジョン・レイモンド
■撮影 サム・レヴィ

■出演 ミシェル・ウィリアムズ/ウィル・パットン/ジョン・ロビンソン/ラリー・フェセンデン/ウィル・オールダム/ウォルター・ダルトン

■カンヌ国際映画祭パルム・ドッグ賞受賞

© 2008 Field Guide Films LLC

併映作品:『オールド・ジョイ』

【2022年1月22日(土)から1月28日(金)まで上映】

ほぼ無一文のウェンディは、愛犬ルーシーと共に新しい生活を始めるため、仕事を求めてアラスカへと向かっている。しかし、途中オレゴンのスモールタウンで車が故障。さらに警察に連行されてしまい、ルーシーは行方不明に……。

『オールド・ジョイ』に惚れ込み、ライカートに自らアプローチしたミシェル・ウィリアムズを主演に迎えた、一人と一匹の異色のバディが織りなす彷徨譚。ライカート自身「これは私の物語でもある」と語る、世界の悲惨と個人の尊厳を描き切った代表作。

ミークス・カットオフ
Meek's Cutoff

ケリー・ライカート監督作品/2010年/アメリカ /103分/DCP/スタンダード

■監督・編集 ケリー・ライカート
■製作総指揮 トッド・ヘインズ/フィル・モリソン/ラージェン・サヴィアーニ/アンドリュー・ポープ/スティーヴン・タットルマン/ローラ・ローゼンタール/マイク・S・ライアン
■撮影 クリストファー・ブローヴェルト
■脚本 ジョン・レイモンド
■音楽 ジェフ・グレイス

■出演 ミシェル・ウィリアムズ/ブルース・グリーンウッド/ウィル・パットン/ゾーイ・カザン/ポール・ダノ

■ ヴェネツィア国際映画祭SIGNIS賞受賞

© 2010 by Thunderegg,LLC.

併映作品:『リバー・オブ・グラス』

【2022年1月22日(土)から1月28日(金)まで上映】

1845年のオレゴン。広大な砂漠を西部へと向かう白人の三家族は、近道を知っているというミークを雇うが、長い1日が何度繰り返されど、目的地に近づく様子はない。道に迷った彼らを襲うのは飢えと互いへの不信感だった……。

アメリカのアイデンティティの根源たる西部開拓神話が、ライカートのオルタナティブな視点とスタイルによって見事に解体された歴史的一作。実在の人物と史実をベースに、当時の女性たちが密かに綴った日記を丹念に読み込み、現代の寓話として生々しく再構築した意欲作。