【2023/1/7(土)~1/13(金)】『リコリス・ピザ』『パトニー・スウォープ デジタル・レストア・バージョン』// 【特別レイトショー】『ブギーナイツ(無修正版)』

すみちゃん

ある女性たちがこの世界に生きていた。ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地に暮らすジャンヌ、ペンシルバニアの炭鉱町に住むワンダ。同じ1970年代に作られた映画の中で生活するふたりは、ある空間に留まり続ける人と漂い続けている人という違いがあるにもかかわらず、同じようにも見えてくる。なぜそう見えてしまうのか。

わたしが”妻として”や”母として”という言葉に違和感を覚えたのは大人になってからだった。もしかしたらいつか、わたしもその役割を背負わなければならないのかもしれないと思うと荷が重かった(おそらく良き妻、良き母でなければいけないというプレッシャーやイメージに押しつぶされていた)。主人公であるジャンヌとワンダは、まさにその役回りに閉じ込められているようだ。

シモーヌ・ド・ボーヴォワールが著書『第二の性』で残したあまりにも有名な言葉「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」を改めて思い出す。ジャンヌが黙々と家事をする姿はまるで作業をこなしているようで、喜びが見えない。ワンダは妻や母という役割に向いていないことで自信が奪われていく。いつしかわたしも女性として求められる役割に押しつぶされて、自分自身が消えてしまうのではないかと不安になる。両作品ともに1970年代に作られ、50年も経とうとしているが、未だにジェンダーによって不安を抱える人がいる。監督のシャンタル・アケルマンやバーバラ・ローデンが今も生きていたら、どんなことを思うだろうか?

『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』は、英国映画協会(BFI)の発行する映画雑誌、「サ イト&サウンド」誌が10年ごとに発表している「史上最高の映画トップ10」の2022年版にて1位となった。『WANDA/ワンダ』もベスト100の中に選ばれていて、やっと、この不安がいかに多くの人を苦しめているのか、人々が目を向け始めたのではないかと思った。是非当館で、劇場で、ジャンヌとワンダに会いに来てほしい。映画を観ることで、この生きづらい世の中を前進していくためのきっかけとなることをわたしは強く、強く願っている!

ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地
Jeanne Dielman, 23, Quai du Commerce, 1080 Bruxelles

シャンタル・アケルマン監督作品/1975年/ベルギー/200分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督・脚本 シャンタル・アケルマン
■撮影 バベット・マンゴルト

■出演 デルフィーヌ・セイリグ/ジャン・ドゥコルト/ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ

© Chantal Akerman Foundation

【2023/1/7(土)~1/13(金)上映】

45歳のジャンヌは、16歳の息子と二人暮らしをしている。息子が学校に行っている間、彼女は「客」をとっている。湯を沸かし、ジャガイモの皮をむき、買い物にでかけ、食事をし、眠りにつく…。

アパートの部屋に定点観測のごとく設置されたカメラによって映し出される反復する日常。その執拗なまでの描写は我々に時間の経過を体感させ、反日常の訪れを予感させる恐ろしい空間を作り出す。主婦のフラストレーションとディティールを汲み取った傑作。アケルマンが25歳で世に送り出した本作は、世界で旋風を巻き起こした。ジャンヌを演じるのは『去年マリエンバートで』(61)、『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(72)、『インディア・ソング』(74)のデルフィーヌ・セイリグ。

英国映画協会(BFI)の発行する映画雑誌、「サ イト&サウンド」誌が10年ごとに発表している「史上最高の映画トップ10」の2022年版にて、本作は『めまい』や『市民ケーン』などを抑え突如1位にランクイン。この結果は世界で驚きと論争を呼んでいる。

WANDA/ワンダ
Wanda

バーバラ・ローデン監督作品/1970年/アメリカ/103分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 バーバラ・ローデン
■撮影・編集 ニコラス T・プロフェレス
■照明・音響 ラース・ヘドマン 
■制作協力 エリア・カザン

■出演 バーバラ・ローデン/マイケル・ヒギンズ/ドロシー・シュペネス/ピーター・シュペネス/ジェローム・ティアー

■1970年ヴェネツィア国際映画祭最優秀外国映画賞受賞/2017年アメリカ国立フィルム登録簿永久保存

【2023/1/7(土)~1/13(金)上映】

哀しいほど滑稽な逃避行が始まる――

ペンシルベニアの炭鉱町に住むワンダは、自分の居場所を見つけられずにいる主婦。知人の老人を訪ねお金を貸してほしいと頼むワンダは、バスに乗り込み夫との離婚審問に遅れて出廷する。タバコを吸いヘアカーラーをつけたまま現れたワンダは、夫の希望通りあっさりと離婚を認め退出する。街を漂うワンダは、バーでビールをおごってくれた客とモーテルへ。

ワンダが寝ている間、逃げるように部屋を出ようとしたその男の車に無理矢理乗り込む。だが、途中ソフトクリームを買いに降りたところで逃げられてしまう。 またフラフラと夜の街を彷徨い歩き、一軒の寂れたバーでMr.デニスと名乗る小悪党と知り合う。彼に言われるがまま、犯罪計画を手伝うハメになるワンダの行方は…。

70年代アメリカ・インディペンデント映画の道筋を開いた奇跡の映画。

世界中の映画人たちから「忘れられた小さな傑作」と賛美され、バーバラ・ローデン監督・脚本・主演のデビュー作にして遺作となった『WANDA/ワンダ』。アメリカの底辺社会の片隅に取り残された、崖っぷちを彷徨う女の姿を切実に描く。粒子の粗い16mmフィルムの質感はティファニーブルーを基調に、シネマ・ヴェリテ・スタイル(ドキュメンタリー撮影手法)でむき出しのアメリカの風景をスクリーンに映し出す。

1970年ヴェネツィア国際映画祭最優秀外国映画賞を受賞するが、その名声とは裏腹にアメリカ本国ではほぼ黙殺された。フランスの小説家・監督のマルグリット・デュラスはこの映画を「奇跡」と絶賛し、「配給することを夢見ている」と語った。デュラスの夢を実現すべくフランスの大女優イザベル・ユペールは配給権を取得しフランスで甦らせた。

巨匠監督エリア・カザンの妻でもあるローデンは、彼からの独立宣言とも言うべき本作を残し、癌により48歳の生涯を終える。だが、その評判は次第に高まり、ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、ジョン・ウォーターズ、ケリー・ライカート、ダルデンヌ兄弟監督ら名だたるアーティストが彼女を不世出の作家として敬意を表する。“インディペンデント映画の父”と称されるジョン・カサヴェテスは「『ワンダ』は私のお気に入りの作品。彼女は正真正銘の映画作家だ」と高く評価する。

”私は無価値でした。友達もいない、才能もない。私は影のような存在でした。『ワンダ』を作るまで、私は自分が誰なのか、自分が何をすべきなのか、まったく分からなかったのです。” ――バーバラ・ローデン