【2023/7/15(土)~7/21(金)】『カラビニエ』『カルメンという名の女』『ゴダールの探偵』『ゴダールの決別』// 特別モーニングショー『小さな兵隊』

ミ・ナミ

わかりやすさとタイムパフォーマンスで価値が測られる現代にあって、およそゴダールほど手ごわい映画監督もいないのではないでしょうか。劇中で繰り出される出来事はあらすじに包括されずに、登場人物たちは「無垢なものに扱えるような世界ではないことは分かっている」(『カルメンという名の女』)のような観念的(それでいてどこか爪痕を残していく)セリフと行動でストーリーから逸脱し続けるので、うかうかしていると映画からふり落されてしまいます。しかし、いわゆる“説明してくれない映画”でありながらも、シークエンスの流れと無関係に聞こえてくる壮大なオーケストラの旋律や意味深長なダイアローグの効果、どこにカメラを置くのが適切なのかの最適解のように築かれる、スタンダードサイズの画角に緻密に収まるショットの数々は、目の前を通り過ぎようとする瞬間に心を力強くつかんで離してはくれません。

ジャン=リュック・ゴダールの精髄は数えきれないほどありますが、第一は犯しがたい美的感性であると私は思います。“探偵”というタイトルは名ばかりに、推理よりも戯れのように入り続ける音響や登場人物たちの人間関係こそスリリングな『ゴダールの探偵』や、『カルメンという名の女』のカルメンの持つ無垢で高貴な美しい横顔。『ゴダールの決別』でゆっくり流れていく船の雄大さや水辺の抒情を切り取るショット。たやすく撮っているようで実は絶対的哲学が行き届いた映像は、『カラビニエ』『小さな兵隊』のようにかなり社会と時代を意識した作品においても同様です。さらに加えるなら、学がなく俗物漢の兄弟が“王様”と呼ばれる権力者に言われるがまま武器を手に蛮行をし尽くしていく『カラビニエ』と、アルジェリア戦争で対立する軍事組織の末端の者を主軸に描く『小さな兵隊』は、ありふれたバイオレンスとは遠い淡白で乾いたタッチにすぐれた社会批評の眼差しがあり、日常に転がる残忍さや恐怖の本質を言い当てているように思うのです。

こうしてゴダールの映画を観終わると、自分自身の生活がふと彼の映画に侵犯される気配をおぼえて、不思議な感動に誘われるのです。昨年9月、その諸作品で幾度もエンドロールを飾った“FIN”のカットのように、ゴダールは人生を終えました。今週の早稲田松竹は、映画とともに生きた巨星のフィルモグラフィのうち、特に才気みなぎる時代とされている1960年代と1980年代から5本をピックアップ。『カラビニエ』『カルメンという名の女』『ゴダールの探偵』『ゴダールの決別』、特別モーニングショーといたしまして『小さな兵隊』を上映します。たとえ彼にまつわる映画史や用語を知らなくとも、厳粛な信仰心すら呼び起こさせるゴダール映画のルックには、心を震わせられるのではないでしょうか。

【特別モーニングショー】小さな兵隊
【Morning Show】The Little Soldier

ジャン=リュック・ゴダール監督作品/1960年/フランス/88分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 ジャン=リュック・ゴダール
■製作 ジョルジュ・ド・ボールガール
■撮影 ラウル・クタール
■音楽 モーリス・ルルー

■出演 ミシェル・シュボール/アンナ・カリーナ/ラズロ・サボ

THE LITTLE SOLDIER ©1962-STUDIOCANAL IMAGE

【2023/7/15(土)~7/21(金)上映】

極右のOAS(秘密軍事組織)およびこれと対立する組織FLN(アルジェリア民族解放戦線)の間で翻弄される男女のスパイを描いた長編第二作。60年に完成していたが、アルジェリア戦争を主題とし、両組織による拷問を批判的に描いたことで63年まで公開されなかったいわくつきの作品。アンナ・カリーナが初めて出演したゴダール映画でもある。二人は本作完成後に結婚した。

「小さな兵隊」はゴダールのアンナ・カリーナへの永遠の愛をノロケた、やさしさあふるる≪純愛映画≫だ。ハイドンの愛の交響楽を聞きながら、キャノンのカメラでヴェロニカをうつし撮るブリュノくらい、女への愛をノロケたゴダールの自画像はあるまい。だが、そこにこそ、フランソワ・トリュフォーの言う「女なき映画の限りなき悲しさ」の感動的なモチーフがあるにちがいなのだ。

――山田宏一 『小さな兵隊』1968年公開時パンフレットより抜粋

カラビニエ
The Carabineers

ジャン=リュック・ゴダール監督作品/1963年/フランス・イタリア/80分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 ジャン=リュック・ゴダール
■製作 ジョルジュ・ド・ボールガール/カルロ・ポンティ
■原作 ベニャミーノ・ヨッポロ
■脚本 ジャン=リュック・ゴダール/ジャン・グリュオー/ロベルト・ロッセリーニ
■撮影 ラウル・クタール
■音楽 フィリップ・アルチュイ

■出演 マリノ・マゼ/アルベール・ジュロス/ジュヌヴィエーヴ・ガレア/カトリーヌ・リベイロ

©1963 / STUDIOCANAL – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – Tous droits réservés

【2023/7/15(土)・17(月)・19(水)・21(金)上映】

題名は「歩兵たち」の意。イタリア人作家ヨッポロの同名舞台劇に基づく寓話的反戦・反帝国主義風刺劇。前年に同劇を演出したロッセリーニが、脚本家の一人として名を連ねている。架空の国の貧しく学のない若者二人が、世界の富をわがものにできるとの甘言に釣られて「王様」からの徴兵に応じ出征、破壊と略奪の限りを尽くすが……ジャン・ヴィゴに捧げられている。

戦争を知っている人々の話を聞いて私の心をうったものは、戦争に対する悪感や嘔吐感ではなく、その感覚が全く当たり前の単調なものになってしまう事実であり、その単調さが極くノーマルなものと化してしまうという事実である。(中略)恐怖はもう恐怖ではなく、あらゆる事物がその本来の意味を失ってしまう。音という音がまじり合い、戦闘機や戦車の音がすべて入り乱れ、そのけたたましい騒音のさなかに突如として静寂が襲うのだ。これが戦線から帰った男の感じなのだ…。

――ジャン=リュック・ゴダール(訳・山田宏一)、『カラビニエ』1989年公開時パンフレットより抜粋

カルメンという名の女
First Name: Carmen

ジャン=リュック・ゴダール監督作品/1983年/フランス/85分/DCP/R15+/スタンダード

■監督 ジャン=リュック・ゴダール
■製作 アラン・サルド
■脚本 アンヌ゠マリー・ミエヴィル
■撮影 ラウル・クタール/ジャン=ベルナール・ムヌー

■出演 マルーシュカ・デートメルス/ジャック・ボナフェ/ミリアム・ルーセル

©1983 STUDIOCANAL – France 2 Cinéma

【2023/7/15(土)・17(月)・19(水)・21(金)上映】

テロリストと思しき集団と共に銀行を襲撃する美貌の娘カルメンと、彼女と恋に落ちた警備員ジョゼフがたどる数奇な運命。そこにカルメンのおじで精神病院に入院中の元映画監督ジャン(ゴダール自身が演じている)およびベートヴェンの弦楽四重奏曲を練習する演奏家集団が交差しつつ、悲喜劇的なラストですべてが合流する、ゴダール流“カルメン映画”。

私は映画にはラヴ・ストーリーしかないと思っています。もしそれが戦争映画なら、青年たちが武器に対して持つ愛。ギャング映画なら、青年たちが盗みに対して持つ愛。それこそ私は映画だと思います。そして、それこそヌーヴェル・ヴァーグが新たに映画に持ち込んだものです。

――ジャン=リュック・ゴダール『カルメンという名の女』1984年公開時チラシより抜粋

ゴダールの探偵
Detective

ジャン=リュック・ゴダール監督作品/1985年/フランス/98分/DCP

■監督 ジャン=リュック・ゴダール
■製作 アラン・サルド
■脚本 アラン・サルド/フィリップ・セトボン/ジャン=リュック・ゴダール/アンヌ゠マリー・ミエヴィル
■撮影 ブリュノ・ニュイッテン/ピエール・ノヴィオン/ルイ・ビイ

■出演 ジャン=ピエール・レオ/ジョニー・アリディ/ナタリー・バイ

■第38回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品

THE DETECTIVE ©1985-STUDIOCANAL IMAGE

【2023/7/16(日)・18(火)・20(木)上映】

探偵と刑事、ボクシング関係者、飛行士夫妻、老いたマフィアらが滞在中のホテルで交差する姿を、スター俳優を起用して描いた犯罪群像悲喜劇。『マリア』の完成資金を稼ぐためにゴダールが引き受けた企画で、カサヴェテス、イーストウッド、ウルマーに捧げられているのもそれぞれ商業的要請の中で見事な犯罪劇を撮った彼らへのオマージュと受け取れる。

(探偵ものを作ろうと思っていたのか?という質問に対して)

「いや、探偵ものとはなんの関係もない。ぼくは探偵ものは一度もつくったことがない。探偵ものをつくろうなどとは少しも考えなかった。<探偵もの>という言葉はプロデューサーが持ち出す言葉だ。『ゴダールの探偵』はむしろ、風俗(ジャンル)の映画なんだ。戦前によく言われたような、雰囲気(アトモスフィール)の映画なんだ。」

――ジャン=リュック・ゴダール『ゴダールの探偵』1986年公開時パンフレットより抜粋

ゴダールの決別
Oh, Woe Is Me

ジャン=リュック・ゴダール監督作品/1993年/フランス・スイス/84分/DCP

■監督・脚本 ジャン=リュック・ゴダール
■製作 アラン・サルド/ルート・ヴァルトブルガー
■撮影 カロリーヌ・シャンプティエ

■出演 ジェラール・ドパルデュー/ロランス・マスリア/ベルナール・ヴェルレー

■第50回ベネツィア国際映画祭コンペティション部門正式出品

ALAS FOR ME ©1993-STUDIOCANAL IMAGE

【2023/7/16(日)・18(火)・20(木)上映】

ある男がスイスの小村で数年前に起こった出来事を調査する。一連の回想を通じて明らかになるのは、夫が出張中、妻のもとに夫の姿を借りた神が訪れた、という摩訶不思議な話だった。ギリシャ神話中のゼウス神が夫に化けて人妻と時を過ごす伝説に想を得た、人間の欲望、苦悩、歓びを巡る真実を経験したいとの神の願望を巡る物語。シャンプティエの撮影と相まって、最も美しいゴダール映画の一本と評される。

愛はどのように人の指、胸を満たし、額や両目の中に達するのか。諍い、涙、血、戦争によりほとんど不可避的に終わりを遂げる、その永遠の強烈な魅力とはどのようなものなのか。

だが、神に、ただの死すべき人間の女を捧げることなどできないのでろうか。その女が不死を拒むとするならば。

――ジャン=リュック・ゴダール『ゴダールの決別』1994年公開時パンフレットより抜粋