【2023/7/29(土)~8/4(金)】『ベネデッタ』『アラビアンナイト 三千年の願い』『ナイフ・プラス・ハート』// 特別レイトショー『ダークグラス』

すみちゃん

愛を狂気で語れるならば、それが唯一の孤独の救済となるのかもしれない。『屹立する異才たち  ポール・ヴァーホーベン、ジョージ・ミラー、ヤン・ゴンザレス、ダリオ・アルジェント』と題したこの特集で、わたしは強く心を打たれた。

今回上映される映画に登場する主人公たちは、他者から逸脱していると判断されてしまうだろう。物語や映画、もしくは恋人、酒、神。ある一つのものへ夢中になり、信じきっている人物への好奇の眼差しは、映画にはつきものだ。それゆえ孤独が付きまとい、『アラビアンナイト 三千年の願い』の小さい頃から架空の友だちと過ごしてきたアリシアや、『ナイフ・プラス・ハート』の悲しみに蝕まれているアンあるいは殺人鬼、『ベネデッタ』の神に守られていると信じ切るベネデッタ。みな望んではいなくても他人との距離が生まれてしまっている。

埋まらない距離、周りの人から理解されないこととの葛藤。人間として生まれたからには、人間が作り上げてきた社会でどうにか生きていきたいし、自分がここにいても良いのだと実感したくて他者を求めてしまう。それが愛だとするなら、人間からしか愛を得られない気分にさえなってしまう。けれど、この世界は人間だけでは成り立っていない。もっと言えば、生き物だけでもない。体温だけで世界は作られていないと気づいてしまった時、形のない存在へ彼女たちのエネルギーは奪われていき、対象へ向けられる眼差しや態度は突出して、愛を求めるように熱を帯び、狂っているように見えていく。

『ダークグラス』には盲導犬のネレアが登場する。ネレアは視覚を失ったディアナを助けるために、とんでもなく狂気的になる瞬間がある。盲導犬ゆえ野性的な部分を抑えて生きているけれど、犬にだって猛進してしまう時はあるし、もはやディアナのためというきっかけさえも見失っている。人間だって生きるための術として、正気を失う瞬間はある。それはきっと本能的で、理解という枠組みでとらえられない部分なのだろう。

うまく生きていこうと思うと、ついつい忘我することを恐れてしまう。けれど、うまく生きることなんてそもそも難しいのだから、度外れしながらもこの世界と戦って生きていこうと、映画を観て強く励まされるような気持ちにもなった。アリシアのように、わたしも物語を強く必要としているからこそ、逸脱した人たちの物語とともに、この一週間を過ごしていきたいと思う。

ベネデッタ
Benedetta

ポール・ヴァーホーベン監督作品/2021年/フランス ・ ベルギー ・オランダ/131分/DCP/R18+/シネスコ

■監督 ポール・ヴァーホーベン 
■脚本 デヴィッド・バーク/ポール・ヴァーホーベン
■原案 J.C.ブラウン「ルネサンス修道女物語 聖と性のミクロストリア」(ミネルヴァ書房刊) 
■撮影 ジャンヌ・ラポワリー
■編集 ヨープ・テル・ブルフ
■美術 カーチャ・ヴィシコフ
■音楽 アン・ダッドリー
 
■出演 ヴィルジニー・エフィラ/シャーロット・ランプリング/ダフネ・パタキア/ランベール・ウィルソン/オリヴィエ・ラブルダン/ルイーズ・シュヴィヨット/エルベ・ピエール /クロチルド・クロ

■第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品

©2020 SBS PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA – FRANCE 3 CINÉMA

【2023/7/29(土)~8/4(金)上映】

わたしは 告白する

17世紀イタリア。幼い頃から聖母マリアと対話し奇蹟を起こす少女とされていたベネデッタは6歳で修道院に入る。純粋無垢なまま成人したベネデッタは、ある日修道院に逃げ込んできた若い女性を助ける。様々な心情が絡み合い2人は秘密の関係を深めるが、同時期にベネデッタが聖痕を受け、イエスに娶られたとみなされ新しい修道院長に就任したことで周囲に波紋が広がる。民衆には聖女と崇められ権力を手にしたベネデッタだったが、彼女に疑惑と嫉妬の目を向けた修道女の身に耐えがたい悲劇が起こる。そして、ペスト流行にベネデッタを糾弾する教皇大使の来訪が重なり、町全体に更なる混乱と騒動が降りかかろうとしていた…。

狂言か奇蹟か 信仰か権力か―― 暴力と、セックスと、教会の欺瞞を挑発的に描くポール・ヴァーホーベン監督最新作

『エル ELLE』の次にヴァーホーベンが題材に選んだのは17世紀に実在した修道女の裁判記録。幼い頃からキリストのビジョンを見続け、聖痕や奇蹟を起こし民衆から崇められた一方、同性愛の罪で裁判にかけられたベネデッタ・カルリーニ。男性が支配する時代に権力を手にした彼女がおこした奇蹟は本物か、はたまた狂言か。彼女に翻弄される人々を描いた奇想天外セクシュアル・サスペンスが完成した。主演は『エル ELLE』にも出演しているヴィルジニー・エフィラ。更に世界的大女優シャーロット・ランプリングがベネデッタに疑惑の目を向ける修道院長を演じ「この映画に出演しない理由が見当たらない」と出演理由を述べている。

アラビアンナイト 三千年の願い
Three Thousand Years of Longing

ジョージ・ミラー監督作品/2022年/オーストラリア・アメリカ/108分/DCP/PG12/シネスコ

■監督 ジョージ・ミラー
■脚本 ジョージ・ミラー/オーガスタ・ゴア
■製作 ダグ・ミッチェル/ジョージ・ミラー
■原作 A・S・バイアット「ザ・ジン・イン・ザ・ナイチンゲールズ・アイ」
■撮影 ジョン・シール
■編集 マーガレット・シクセル
■美術 ロジャー・フォード
■音楽 トム・ホルケンボルフ

■出演 イドリス・エルバ/ティルダ・スウィントン/アーミト・ラグム/ニコラス・ムアワッド/エチェ・ユクセル/マッテオ・ボチェッリ/ラキー・ハルム/メーガン・ゲール/チャン・チンハイ

© 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

【2023/7/29(土)~7/31(月)上映】

3つの願いを叶えてあげよう

古今東西の物語や神話を研究するナラトロジー=物語論の専門家アリシアは、 講演のためトルコのイスタンブールを訪れた。バザールで美しいガラス瓶を買い、ホテルの部屋に戻ると、中から突然巨大な魔人〈ジン〉が現れた。意外にも紳士的で女性との会話が大好きという魔人は、瓶から出してくれたお礼に「3つの願い」を叶えようと申し出る。そうすれば呪いが解けて自分も自由の身になれるのだ。だが物語の専門家アリシアは、その誘いに疑念を抱く。願い事の物語はどれも危険でハッピーエンドがないことを知っていたのだ。魔人は彼女の考えを変えさせようと、紀元前からの3000年に及ぶ自身の物語を語り始める。そしてアリシアは、魔人も、さらに自らをも驚かせることになる、ある願い事をするのだった…。

ジョージ・ミラー渾身の超大作にして、想像力と狂気の関係に切り込んだ野心作!

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で世界中を熱狂の渦に巻き込んだ鬼才ジョージ・ミラー監督最新作。3000年もの間、幽閉されていた孤独な魔人と、見果てぬ夢を追い求める女性学者とが織りなす、時空を超えた魂の旅の物語。イスラムの説話集「アラビアンナイト」をモチーフに、圧倒的な造形美と絢爛たる色彩美のアラベスクは、愛の神秘、狂気と欲望の世界へと観る者を誘う―。

アリシア役には『サスペリア』のティルダ・スウィントン、優しい魔人〈ジン〉役には『パシフィック・リム』のイドリス・エルバが扮し、時にユーモラスに、時にシリアスに、楽しく息の合った二人の名演が本作の大きな見どころ。英国の小説家・詩人であるA・S・バイアットの短編小説「ザ・ジン・イン・ザ・ナイチンゲール」をミラー監督とオーガスタ・ゴアが脚本化し、メインスタッフには『~怒りのデス・ロード』に引き続き、製作ダグ・ミッチェル、撮影ジョン・シール、編集マーガレット・シクセル、音楽トム・ホルケンボルフら精鋭が再結集している。

ナイフ・プラス・ハート
Knife + Heart

ヤン・ゴンザレス監督作品/2018年/フランス・メキシコ/102分/DCP/R18+/シネスコ

■監督 ヤン・ゴンザレス
■脚本 ヤン・ゴンザレス/クリスティアーノ・マンジョーネ
■撮影 シモン・ボーフィス
■編集 ラファエル・ルフェーヴル

■出演 ヴァネッサ・パラディ/ニコラ・モーリー/ケイト・モラン

■第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/2018年ジャン・ヴィゴ賞受賞

© THE PRODUCERS-FILM CLINIC-I PRODUCTIONS- 2017

【2023/8/1(火)~4(金)上映】

“1979年”_アンダーグラウンドカルチャーシーンに渦巻くマイノリティ・リポート!

1979年、パリ。ゲイポルノ映画の女性プロデューサー・アンは、映画編集者ルイスとの終わった蜜月を諦めきれず苦悶する。そんななか、アンが制作する映画の出演男優が連続して惨殺される。アンはその現実を制作中の映画に盛り込んでゆき、ルイスを引き止め、再び振り向かせようとする。ひとりまたひとりと出演男優が凶刃に倒れ、明らかにこの映画クルーが標的にされていることが明白になり、事態は深刻さを増すが、警察はアンダーグラウンドの彼らの存在を軽んじ、本腰を入れて捜査に動こうとしない。

いつ、どの瞬間に誰が惨殺されるのかわからない恐怖に包まれたままアンと彼らの映画は完成し、スクリーンに映される。やがて明るみになる哀しき者の存在。そしてさらなる悲劇が訪れる。映画と現実、幻想の錯綜はどこへ行き着くのか――。

闇の現代映画史に一筋の光をあてる、フランス映画界の新たなる鬼才ヤン・ゴンザレス

1970年代フランスのポルノ映画業界を舞台として、フィルム撮影の『ブレードランナー』的なダークでアンダーグラウンドな映像美に彩られ、まるで現実が安いスリラー映画のプロットのように展開していく本作は、ヤン・ゴンザレス監督が闇に包まれたフランス・ゲイポルノ映画史の断面を映像に再現。80年代アンダーグラウンドカルチャーのにおいを全編にみなぎらせ、ビザールな世界観を創出する。

ゲイポルノ映画に出演する寄る辺なき同性愛者を次々と殺害してゆく仮面の殺人鬼のたただならぬ異様な情動、ゲイ映画プロデューサーが同性の元恋人に対する執着で精神を激しく揺さぶられる危うさ、映画撮影という装置(しかもゲイ映画というキッチュな)がもたらす倒錯性は、1979年当時のアンダーグラウンドゲイカルチャーの人々の息遣いをフィルムに定着させようとするヤン・ゴンザレスの意気を感じて余りある。

スコアを担当したM83は80年代のゲームや映画からの影響を強く打ち出すアーティストで、ヤン・ゴンザレスの弟アンソニー・ゴンザレスのソロプロジェクトによるエレクトロ・シューゲイズ・ポップ・バンド。本作ではまるで『ブレードランナー』のヴァンゲリスを彷彿とさせるような旋律から、より幅広い表現性豊かな劇伴が各シーンに埋め込まれている。

長編デビュー作『真夜中過ぎの出会い』を経て、第2作目の本作で2018年度カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、ヤン・ゴンザレスの名は一躍フランス映画界の新たな鬼才として刻まれた。2022年にはイングランドのバンド・The xxのオリヴァー・シムとタッグを組み、ショートフィルム『Hideous』を発表し話題を呼んだ。

【レイトショー】ダークグラス
【Late show】Dark Glasses

ダリオ・アルジェント監督作品/2021年/イタリア・フランス/85分/DCP/PG12/シネスコ

■監督 ダリオ・アルジェント
■脚本 ダリオ・アルジェント/フランコ・フェリーニ
■撮影 マッテオ・コッコ
■編集 フローラ・ボルピエール
■美術 マルチェッロ・ディ・カルロ
■音楽 アルノー・ルボチーニ

■出演 イレニア・パストレッリ/アーシア・アルジェント/シンユー・チャン/アンドレア・ゲルペッリ/マリオ・ピレッロ/マリア・ロザリア・ルッソ/ジェンナーロ・ヤッカリーノ

■第72回ベルリン国際映画祭プレミア上映

Copyright 2021 © URANIA PICTURES S.R.L. e GETAWAY FILMS S.A.S.

【2023/7/29(土)~8/4(金)上映】

今夜もどこかで行われる美女の血祭り――切り裂きジャックのごとき殺人鬼、現代のローマに現る

ローマで娼婦ばかりを狙った猟奇的な連続殺人事件が発生。その4人目のターゲットにされたコールガールのディアナもまた殺人鬼によって車を衝突させられ大事故に遭い、両目の視力を失ってしまう。同じ事故で両親を亡くした少年チンとの間に絆が生まれ、一緒に暮らすこととなるが、サイコパスの殺人鬼はその後もしつこくディアナたちを殺害しようとつけ狙う。

“幻の脚本”が実現! “ホラーの帝王”10年ぶりの新作は原点回帰のジャッロで恐怖を誘う

1977年に日本でも異例の大ヒットを記録した『サスペリア』では、極彩色の悪夢的なビジュアルと先鋭的な音楽を融合させ、とかく低俗と見なされがちなホラーを官能的なアートの域にまで押し上げたイタリアの巨匠ダリオ・アルジェント。その誰にも模倣できない鮮血の美学は、リメイク版『サスペリア』のルカ・グァダニーノ、『死霊館』シリーズのジェームズ・ワン、さらにはクエンティン・タランティーノらを熱狂させ、世界中のクリエイターに影響を与え続けている。

そのアルジェントが82歳にして、前作から10年ぶりに完成させた本作は、自身のルーツであるジャッロに立ち返ったイタリアン・ホラーだ。2000年代初頭に脚本を執筆しながらも、製作サイドの事情で中止を余儀なくされた幻の企画がついに実現。盲目のヒロインがサイコパスの殺人鬼に脅かされる“見えない恐怖”をスタイリッシュに映像化し、第72回ベルリン国際映画祭におけるプレミア上映で大きな反響を呼んだ。