ミ・ナミ
今週の早稲田松竹では、寺山修司監督作品『田園に死す』『書を捨てよ町へ出よう』と、松本俊夫監督作品の『薔薇の葬列』『修羅』を上映いたします。
この4本は、「物語を理解し、登場人物たちに共感する」という、私たちの日常的な映画の鑑賞姿勢を大きく揺るがしてしまうように感じます。松本監督の提灯のショットやラブシーンは、それぞれの持つ意味や役割ではなく、純粋な“シルエット”や“かたち”としてスクリーンに投影されます。初めて寺山修司の作品にふれる観客は、『書を捨てよ町へ出よう』の、アジテーションのような呼びかけに面食らうかもしれません。ストーリーとカットに理由を探すことができない映画たちと言ってもよいでしょう。
しかし、寺山修司と松本俊夫の作品には、観て純粋に感動できる映画とは違う、映像作品としての不思議な魅力が存在しています。たとえば『修羅』は、ゴス・ムービーとして今なお格調が高いと言ってよいと思います。本作は初公開から50年近く経ってはいるものの、モノクロのカットは今観ても緻密で、褪せることのない美しさに圧倒されてしまいます。『田園に死す』には、寺山修司自身の少年時代が背景にありますが、寺山によれば本作は思い出の単純な映画化ではないそうです。何度も心の底にある記憶をたずねていく小さな個人の彷徨が、誰しも思い当たる普遍的アイデンティティの旅として語られています。そのためでしょうか、私は劇中に出現する幻影のような風景を目にしたとき、自分の過去に記憶があるはずがないのに、何か寂しく懐かしい思いに浸ったものでした。
実験映画やアングラ映画には、たしかにある種の不可解さがつきまといます。その〈目に映ったものの腑に落ちなさ〉が人生に清新な爪痕を残すことも、映画を観ることのひそやかな楽しみではないでしょうか。
書を捨てよ町へ出よう
Throw Away Your Books, Rally in the Streets
■監督・製作・脚本・原作 寺山修司
■撮影 鋤田正義
■編集 浦岡敬一
■音楽 下田逸郎/J.A.シーザー/柳田博義/クニ河内/加藤ヒロシ/荒木一郎
■出演 佐々木英明/斎藤正治/小林由起子/平泉征/森めぐみ/丸山明宏/新高恵子/浅川マキ/鈴木いづみ
©︎1971 テラヤマ・ワールド/ATG
【2020年1月11日から1月17日まで上映】
映画はクラ闇の中でしかいきられないのかな。電気がつけば消えてしまうんだから……。
いつも家出を考えている主人公「私」。万引き癖のあるおばあちゃん。もと陸軍上等兵、もと屋台ラーメン屋、いま無職、48才にもなってもまだオナニーを止められない親父。ほとんど口をきかず、ウサギを偏愛している妹、セツ。「私」を中心にした家族を中心に、過去と現在、虚構と現実が交錯していく。
現実と幻想が奔放に交じり合う映像美が圧巻。日本アングラ映画永遠の金字塔!
自身が主催する演劇実験室「天井桟敷」の同名演劇作品を独自の映像作品として脚色した、寺山修司長編監督デビュー作。「天井桟敷」の俳優たちが多数出演している他、丸山明宏(現在の美輪明宏)や浅川マキ、鈴木いずみなど豪華な出演者が脇を固めている。さらに音楽を担当した荒木一郎やクニ河内、美術が漫画家の林静一、スチール写真を荒木経惟や森山大道が担当するなどスタッフにも当時のカルチャースターたちが総結集している。
田園に死す
Pastoral: To Die in the Country
■監督・製作・脚本・原作 寺山修司
■撮影 鈴木達夫
■編集 山路早智子/大坪隆平/浅井弘
■出演 菅貫太郎/高野浩幸/八千草薫/斎藤正治/春川ますみ/三上寛/原田芳雄
©︎1974 テラヤマ・ワールド/ATG
【2020年1月11日から1月17日まで上映】
新しき仏壇買ひにゆきしまま行方不明のおとうとと鳥…
恐山の麓に母と2人で暮らしている「私」。唯一の楽しみはイタコに父親の霊を呼び出させて会話をすること。そんなある日、村に来たサーカス団から外の世界を聞かされた「私」は家出することを決意し、意中の人妻と共に村から逃げる事を約束したのだが…。
度肝をぬく前衛表現と郷愁が同居した自伝的作品
寺山修司が自身の同名歌集を映画化した長編第二作。主人公「私」を演じるのは名バイプレイヤー菅貫太郎。本作が唯一の主演作になる。「私」が憧れる美しい人妻役は先日亡くなった八千草薫。他に春川ますみや三上寛、原田芳雄やデザイナーの粟津潔が出演するなど、『書を捨てよ町へ出よう』と同じく豪華なキャストが脇を固めている。今も語り草になっている衝撃的なラストシーンは、アングラを超え日本映画史上の名シーンである。
修羅
Demons
■監督・脚本 松本俊夫
■原作 鶴屋南北/石沢秀二
■撮影 鈴木達夫
■編集 岩佐寿枝
■出演 中村賀津雄/ 三条泰子/唐十郎/今福正雄/田村保/観世栄夫/松本克平
©︎1969 Matsumoto Production
配給:ダゲレオ出版
【2020年1月11日から1月17日まで上映】
血と怨念に彩られた、この世の地獄絵!
赤穂浪人・源五兵衛は、仇討に加わろうと、敵の目を欺くため酒と女にうつつを抜かす。だが、美しい芸者・小万への執心にはそれ以上のものがあった。仇討のため一度は小万との縁を切ろうとした源五兵衛だが、愛を選ぶか、武士の道を選ぶか、心は千々に乱れる。結局百両を投げ出して小万を選んだが…。
華やかな「忠臣蔵」の裏の愛の物語
鶴屋南北の狂言「盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)」を基に作られた松本俊夫の長編第二作。全編夜の闇の中で起こる壮絶な怨念劇が、朝倉摂の舞台劇を思わせる大胆なセット、名キャメラマン、鈴木達夫による黒を基調にハイコントラストの美しいモノクロ画面で描かれる。主人公の源五郎を演じるのは、東映時代劇のベテラン・中村賀津雄(嘉葎雄)。エロスと憎悪のみなぎる凄まじい演技を見せるほか、三条泰子や状況劇場を主宰していた唐十郎らが熱演を披露している。古典と前衛が見事に融合した、松本俊夫の初期到達点。
薔薇の葬列
Funeral Parade of Roses
■監督・脚本 松本俊夫
■撮影 鈴木達夫
■編集 岩佐寿枝
■音楽 湯浅譲二
■出演 ピーター/土屋嘉男/小笠原修/東恵美子/城よしみ/仲村紘一/淀川長治/篠田正浩/藤田敏八
©︎1969 Matsumoto Production
配給:ダゲレオ出版
【2020年1月11日から1月17日まで上映】
鏡よ鏡 この世で一番美しい人はだれ?
父に家出され、母に女手一人で育てられたエディは、母の情事を目撃したことで発作的に母を殺してしまう。エディはゲイボーイたちのアングラパーティに引き込まれ、虚実が入り乱れる妖しい世界を生きるうちに、エディとゲイボーイたちのコミカルなドラマは血の惨劇へと変わっていく…。
松本俊夫の長編処女作にして「元祖ビジュアル系」ピーター、 衝撃のデビュー作!
実験的なドキュメンタリーや前衛映画で世界的に著名な松本俊夫の長編劇場用映画第一作。オイディプス物語をベースにしたアヴァンギャルドな映像作品であると共に、活気に満ちた60年代新宿文化の第一級の映像ドキュメント。主演は、本作で鮮烈なデビューを飾った当時16歳のピーター(池畑慎之介)。そのファッショナブルで妖艶な姿は必見。映画評論家の淀川長治や篠田正浩監督、藤田敏八監督などがゲスト出演するポップな仕掛けも楽しく、海外でも人気の高い作品。