【2019/12/28(土)~2020/1/3(土)】『西鶴一代女』『お遊さま』/『山椒大夫』『武蔵野夫人』

ルー

極端に聞こえるかもしれませんが、映画史は溝口健二の出現以前と以後に分かれると思います。彼の代名詞となったワンシーン=ワンカットは、私たちの生きる現実と地続きの時間を導入することによって、映画を今までにないほど生々しく、混沌とした現実を映し出すものへ決定的に変容させてしまったからです。

故に50年代に彼の作品が海外に紹介され世界中に衝撃を与えたことこそが、現代映画の本格的な出発だったと思います。溝口映画に最大の賛辞を送り、自作でかなり直接的なオマージュをささげたゴダールやリヴェットを筆頭とするヌーヴェルバーグは、溝口なくしては少なくとも現在の形にならなかったでしょうし、溝口から始まった現代映画の在り方は、その後の全ての映画作家たちに(望むと望まないと関わらず)、受け継がれているといっても過言ではないのです。

溝口健二作品に「古き良き日本映画」という紋切り方の表現は通用しません。混沌とした現実を映し出す傑作群は、女性が被る人生の残酷な流転といった主題と共に、私たちが今生きている現在をもヴィヴィットに反映して(しまって)いるからです。

とはいえ、世界の混沌をリアルに映し出すということは、そこに生きる人間の人生の残酷さ、醜ささを一面的に描くことだけを意味しません。彼の作品が重く痛ましい題材が多いのは事実ですが、そこには虚飾を排した世界の醜さと複雑に絡みあった、豊かで美しい瞬間も限りなく溢れています(『西鶴一代女』や『山椒大夫』を一度でも見た人は、その崇高なラストシーンをどうして忘れられるでしょうか)。

溝口作品を観ることは、映画を通して私たちが生きる複雑な世界と人生のありようを見つめ直す体験でもあるのです。

お遊さま
Miss Oyu

溝口健二監督作品/1951年/日本/93分/35㎜/スタンダード/MONO

■監督 溝口健二
■原作 谷崎潤一郎「蘆刈」
■脚本 依田義賢
■撮影 宮川一夫
■音楽 早坂文雄

■出演 田中絹代/乙羽信子/堀雄二/柳永二郎/進藤英太郎

©KADOKAWA1951

【2019年12月28日から2020年1月3日まで上映】

自己を犠牲に生きる切なさ――男をめぐる姉妹の歪んだ三角関係

船場の名家の末娘・お静とのお見合いに臨んだ若き骨董商の慎之助は、お静ではなく付き添いの姉のお遊に惹かれてしまう。未亡人で一児の母であるお遊は、そんな慎之助の気持ちを知りもせず、お静に結婚を勧める。お静は慎之助がお遊に惹かれていることを知り、二人の橋渡し役になることを心誓うのだった…。

溝口による大映での第一作。撮影の宮川一夫をはじめ、50年代の傑作群を支えるスタッフと初めて顔を合わせた作品として重要である。

原作は谷崎潤一郎の「蘆刈」。現実と虚構の境界を曖昧化させた複雑な枠構造が映画化には不向きだったが、現実味の薄い物語と描写のリアリズムの落差こそがこの作品に独自の魅力を与えている。

前作『雪夫人絵図』から本作を経て『武蔵野夫人』へと、この時期の溝口は同時代の文学に材を求めつつ、単純な姦通とは異なる、性愛を超えた複雑な男女の三角関係を描くことに執着を見せているが、本作ではさらに姉妹間の同性愛的要素も加わり、決して肉欲に行き着くことのない濃密なエロティシズムが夢幻的に匂い建つ。

西鶴一代女 4Kリマスター版
The Life of Oharu

溝口健二監督作品/1952年/日本/137分/DCP/スタンダード

■監督・構成 溝口健二
■原作 井原西鶴「好色一代女」
■製作 児井英生
■脚本 依田義賢
■撮影 平野好美
■音楽 斎藤一郎

■出演 田中絹代/山根寿子/三船敏郎/宇野重吉/菅井一郎/松浦築枝/進藤英太郎

■1952年ヴェネチア国際映画祭国際賞

Ⓒ1952 東宝

【2019年12月28日から2020年1月3日まで上映】

男に弄ばれ堕ちていく流転の女の一生。掛け値なく必見の大傑作!

老醜を厚化粧で隠し、道にたたずむ娼婦お春。羅漢堂に入った彼女は、さまざまな仏像を見つめるうちに、今まで関わってきた男たちのことを思い返していく。御所勤めだった彼女はなぜ街娼になり果てたのか…?

本作の企画が通らなかったため、溝口が十年以上在籍した松竹を離れたとされる作品。プロデューサーの児井英生が独立製作することで実現にこぎつけた。本作のために枚方の人形展示場をステージに改装し、七千万円の製作・宣伝費をつぎこんだ児井は巨額の負債を負った。

井原西鶴の「好色一代女」を原作に、ほぼ全編が老醜のお春のフラッシュバックとして語られる。阿弥陀堂の羅漢像に昔の男の面影を見て、頬被りをゆっくり下ろして回想を始めるお春の微笑みは、田中絹代一世一代の演技。新東宝の平野好美はこれが唯一の溝口作品だが、流麗なカメラワークが田中の小走りと絶妙の調和をなし、世界映画史に残るいくつかの瞬間を生み出した。

1952年のヴェネチア国際映画祭で国際賞を受賞し、西欧で評価された初の溝口映画となった。

武蔵野夫人
The Lady of Musashino

溝口健二監督作品/1951年/日本/88分/35㎜/スタンダード/MONO

■監督 溝口健二
■原作 大岡昇平「武蔵野夫人」
■製作 児井英生
■潤色 福田恆存
■脚色 依田義賢
■撮影 玉井正夫
■音楽 早坂文雄

■出演 田中絹代/轟夕起子/森雅之/片山明彦/山村聰/進藤英太郎

Ⓒ1951 東宝

【2019年12月28日から2020年1月3日まで上映】

撮影玉井正夫の映す美しい自然描写が忘れがたい絢爛豪華な文芸叙事詩

武蔵野の高台に住む道子の許へ従弟の勉が復員してきた。嫉妬深い夫は勉をアパートに住まわせるが、やがて道子と勉はただならぬ関係に。しかし夫もまたそれを見てみぬふりをして、従兄の妻・富子との不倫へ走り…。

戦中と戦後、旧世代と新世代。貞淑と姦通、理性と情念。諸々の葛藤がこのいささか人工的な人間相関の中で生起し、展開し、破局へと向かう。大岡昇平の原作通り、語られるのは美しくも時代錯誤なメロドラマである。

この通俗性を凡庸さから遠ざけているのは、カメラマン玉井正夫がとらえた清冽な屋外撮影だ。溝口とは最初で最後の共作となった玉井は『浮雲』などの成瀬巳喜男とのコンビで知られる。木漏れ日の繊細な移ろいを軟調の画面によって定着させていく手腕は玉井ならではのものといえる。

山椒大夫 4Kデジタル復元版
Sansho the Bailiff

溝口健二監督作品/1954年/日本/124分/DCP/スタンダード

■監督 溝口健二
■原作 森鴎外「山椒大夫」
■製作 永田雅一
■脚本 八尋不二/依田義賢
■撮影 宮川一夫
■音楽 早坂文雄

■出演 田中絹代/花柳喜章/香川京子/進藤英太郎/河野秋武/菅井一郎

■1954年ヴェネチア国際映画祭サン・マルコ銀獅子賞

©KADOKAWA2017

【2019年12月28日から2020年1月3日まで上映】

奴隷社会の犠牲となった家族の絆――感涙必至のクライマックス

平安末期、越後を旅していた母子連れは、人買いに騙され生き別れにされた。母親と離れ離れとなった厨子王と安寿の兄妹は、丹後の豪族・山椒大夫のもとに売られてしまう。奴隷となった二人は過酷な労働を課せられながらも、母親との再会を望む日々を送る。

それから十年、大きくなった二人は依然として奴隷の境遇のままであったが、ある日、新しく買われた奴隷が口ずさむ唄に、自分たちの名前が呼ばれているのを耳にする。由来を尋ねると、子供を攫われた自分たちの母親の叫びであることがわかり、二人は遂に脱走を決意する。

森鴎外の同名短編を原作としつつ、荘園制と奴隷経済について歴史を参照してより過酷な物語を語り、人間平等のメッセージを伝える。

1954年のヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受け、今日に至るまで海外で評価の高い作品。ジャン=リュック・ゴダールの『軽蔑』や『気狂いピエロ』が、佐渡の海辺をパンするラストショットにオマージュを捧げているのはよく知られている。

※解説は主に「はじめての溝口健二」(コミュニティシネマ支援センター/角川ヘラルド映画株式会社)より抜粋