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今週の早稲田松竹のテーマは「フリークショウとノワール~人間の欲望の棲むところ~」。ホラーではないけれど、どこか仄暗く恐ろしい幻想的なノワールの世界。今週はそんなノワールの世界を、フリークショーという人間の欲望や悲哀が渦巻く場所を通して皆様にご覧いただきたいと思います。
『ナイトメア・アリー』は『シェイプ・オブ・ウォーター(2017年)』や『パンズ・ラビリンス(2006年)』など、ダークな世界観で人気を博すギレルモ・デル・トロ監督の最新作。今作の舞台は1939年。巡業をする見世物小屋の呼び込みとして雇われた主人公のスタンが、読心術師としてトップ興行師へと上り詰めていくというストーリー。原作となったのはウィリアム・リンゼイ・グレシャムによる小説「ナイトメア・アリー 悪夢小路」。1974年には『悪魔の往く町』というタイトルで映画化もされています。
幻想的な古典文学にルーツを持つデル・トロ監督らしく、「原作の精神性に忠実でありながら今日にも通ずるノワール作品」と、オリジナルへのリスペクトを感じさせつつも、誰も見たことがない現代に蘇った新しいノワール作品に仕上がっています。カーニバルの細部までこだわり抜かれた舞台装置、そして映画の後半で登場する当時最先端であったアール・デコ調の贅を尽くした意匠にはあっと驚かされるでしょう。
『エレファント・マン』はカルト的な人気を博した初監督作品『イレイザー・ヘッド(1981年)』を受け、当時ほとんど無名だったデイヴィッド・リンチが監督に抜擢された作品。舞台は19世紀のロンドン。外科医であるトリーヴスが場末の見世物小屋で出合ったのは、「エレファント・マン」と呼ばれる特異な容姿の青年ジョン・メリック。彼を研究対象として、密かに自身の病院に呼び寄せたトリーヴスですが、そこでメリックが見世物小屋で酷い扱いを受けていたことが発覚します。
驚くのは、この作品が実在した人物の半生を元に描いた回顧録であること。(実際に作中でメリック青年が作っていた教会の模型は、今もなお王立ロンドン病院博物館に展示されています。)異形の彼の姿を見るや、悲鳴を上げる者、面白がる者、顔をしかめる者、涙を流す者…カメラは容赦なくその現実を見せつけてきます。ただ同じ人間として存在しているはずなのに、どうして人間はここまで残酷になれるのか。好奇の目に晒され、愛されることを知らなかった彼は芸術を愛する心穏やかな一人の人間なのです。
どちらの作品も、美しいとされるもの・醜いとされるものが対比的に、そして象徴的に映し出されます。きらきらした華やかな世界、暗く怪しげな世界。上質なベッドで眠る人、または見世物小屋の檻の中で眠る人。まるで、誰の心にも存在する善と悪、表と裏とも捉えられるかもしれません。しかし、果たしてそれは本当に美しいのだろうか? 醜いのだろうか? 美しいものに惹かれることと同じように、彼らの奇怪な魅力に惹かれてしまうのもまた人間なのです。見かけの美しさが物事の本質ではないことを残酷に思い知らされる『ナイトメア・アリー』と『エレファント・マン』。人間の心の闇が見せるノワールの世界で、彼らは最後にどんな表情をするのか、また私たちは彼らをどう見つめるのか、そして彼らの魅力を是非スクリーンでご覧いただければと思います。
エレファント・マン 4K修復版
The Elephant Man
■監督 デイヴィッド・リンチ
■脚本 クリストファー・デヴォア/エリック・バーグレン/デイヴィッド・リンチ
■原作 フレデリック・トリーヴス/アシュレー・モンタギュー
■製作総指揮 メル・ブルックス/スチュアート・コーンフェルド
■製作 ジョナサン・サンガー
■撮影 フレディ・フランシス
■音楽 ジョン・モリス
■出演 アンソニー・ホプキンス/ジョン・ハート/アン・バンクロフト/ジョン・ギールグッド/ウェンディ・ヒラー/フレディ・ジョーンズ/デクスター・フレッシャー
■第53回アカデミー賞作品賞ほか8部門ノミネート/第34回英国アカデミー賞作品賞・主演男優賞受賞
©1980 BROOKSFILMS LTD
【2022年6月18日から6月24日まで上映】
僕は動物じゃない 僕は人間なんだ
19世紀のロンドン。優秀な外科医トリーヴズは、見世物小屋でエレファント・マンと呼ばれる青年メリックと出会う。極端に身体が変形したメリックの姿を目にしたトリーヴズは、大きな衝撃を受け、彼を研究対象として病院で預かることに。
当初は物も言えず怯え続けるメリックを誰もが知能も低いと思っていたが、ある日、知性溢れる穏やかな性格であることが発覚。その後、新聞で取り上げられたメリックの元を舞台女優のケンドール夫人を始め、上層階級者が訪れるようになる。トリーヴズは自分が形を変えた見世物小屋の興行師と同じなのではないかと悩むが…。
マイノリティとそれを取り巻く人々の在り方を描いた問題作。リンチ自ら監修した4K修復版!
第53回アカデミー賞作品賞など主要8部門でノミネートされ、第34回英国アカデミー賞では作品賞と主演男優賞を受賞。『イレイザーヘッド』(77)でカルト的な人気を集めていた若きデイヴィッド・リンチ監督の名を一躍世界中にとどろかせた記念碑的映画。
実在したジョン・メリック青年の数奇な生涯を医師トリーヴズが回顧録に残す。後に戯曲化されトニー賞も受賞したこの実話を、リンチ監督は回顧録にもとづき、戯曲とは別のアプローチで映画化した。
19世紀末ロンドンの場末そのままの、霧が立ち込める街の光と影を美しい4K映像に修復。そして、メリックの喜びと絶望の明暗をもあざやかに映し出す。
ナイトメア・アリー
Nightmare Alley
■監督 ギレルモ・デル・トロ
■脚本 ギレルモ・デル・トロ/キム・モーガン
■製作 ギレルモ・デル・トロ/J・マイルズ・デイル/ブラッドリー・クーパー
■原作 ウィリアム・リンゼイ・グレシャム「ナイトメア・アリー 悪夢小路」
■撮影 ダン・ローストセン
■美術 タマラ・デヴェレル
■衣装 ルイス・セケイラ
■編集 キャメロン・マクラクリン
■音楽 ネイサン・ジョンソン
■出演 ブラッドリー・クーパー/ケイト・ブランシェット/トニ・コレット/ウィレム・デフォー/リチャード・ジェンキンス/ルーニー・マーラ/ロン・パールマン/メアリー・スティーンバージェン/デヴィッド・ストラザーン
■第94回アカデミー賞作品賞・撮影賞・美術賞・衣装デザイン賞ノミネート
©2021 20th Century Studios. All rights reserved.
【2022年6月18日から6月24日まで上映】
ショービジネス界の華やかな光と甘美な闇が誘う、華麗なる迷宮
ショービジネスでの成功を夢見る野心溢れる青年スタンがたどり着いたのは、人間か獣か正体不明な生き物を出し物にする怪しげなカーニバルの一座。そこで読唇術の技を身につけたスタンは、人を惹きつける才能と天性のカリスマ性を武器にトップの興行師(ショーマン)となるが、その先には想像もつかない闇が待ち受けていた。
ギレルモ・デル・トロ×オールスターキャストが贈る、サスペンス・スリラー大作
究極のファンタジー・ロマンス『シェイプ・オブ・ウォーター』で世界中を切ない涙で包み、アカデミー賞の作品賞と監督賞をW受賞したギレルモ・デル・トロ監督。最新作で映画化に挑んだのは、1946年に出版され、ノワール小説の伝説的傑作といわれる「ナイトメア・アリー 悪夢小路」。 1947年にはエドマンド・グールディング監督、タイロン・パワー主演によって映画化(『悪魔の往く町』)されるなど、今も名作として語り継がれる題材を、前作で極めた、誰も真似のできないデル・トロ監督独自の世界観と豪華極まりない映像で観るものを誘う、全世界待望のサスペンス・スリラー大作として完成た。
主人公のスタンには俳優として4度のアカデミー賞ノミネートを誇るブラッドリー・クーパー。スタンの人生を左右する謎めいた精神科医に2度のオスカーに輝くケイト・ブランシェット。さらにトニ・コレット、ウィレム・デフォー、ルーニー・マーラなどオスカー常連の名優に加え、デル・トロ作品に欠かせないリチャード・ジェンキンス、ロン・パールマンといった超豪華な顔ぶれが揃った。
フリークス【特別レイトショー①6/18(土)・19(日)・20(月)上映】
【Late show①】Freaks
■監督 トッド・ブラウニング
■原作 トッド・ロビンス「拍車」
■脚本 ウィリス・ゴールドベック/レオン・ゴードン/エドガー・アラン・ウルフ/アル・ボースバーグ
■撮影 メリット・ガースタッド
■出演 ハリー・アールズ/オルガ・バクラノヴァ/ヘンリー・ヴィクター/ウォレス・フォード/リーラ・ハイアムズ/デイジー・アールズ/ヒルトン姉妹/オルガ・ロデリック/ジョニー・エック/プリンス・ランディアン
©1932MGM
【2022/6/18(土)・19(日)・20(月)上映】
この映画は、あなたの心を映す鏡です。
サーカスやサイドショー、カーニバルから何十人もの見世物芸人たちを集め撮影された本作。自身が事故による身体的不自由があり、サーカス芸人としての経験もあったトッド・ブラウニング監督が、単なる見世物映画には終わらない映画史に残る唯一無二の傑作として作り上げた。
1932年の初公開時には、全米各州で上映禁止となったが、60年代に再評価され、凱旋公開されたアメリカではカウンター・カルチャーのバイブルとして、ミッドナイトムービー・ブームの火付け役となった作品としても知られる。
「心の醜い人間こそが怪物だ」
美と醜。肉体と心。人間の残虐さと逆説的なヒューマニズム。90年の時を経て今なお色あせない衝撃と感動が、見る者の胸を突きさす。
※2005年のデジタル・リマスター版公開時の宣伝内容を一部変更して記載しました
恐怖の足跡【特別レイトショー②6/21(火)・22(水)上映】
【Late show②】Carnival of Souls
■監督 ハーク・ハーヴェイ
■脚本 ジョン・クリフォード
■撮影 モーリス・プラザー
■音楽 ジーン・ムーア
■出演 キャンディス・ヒリゴス/シドニー・バーガー /フランセス・フェースト/ハーク・ハーヴェイ
©Harcourt Producrions
【2022/6/21(火)・22(水)上映】
自動車事故で唯一生き残った主人公メアリーが体験する恐怖の白昼夢の不条理譚を大胆な手法で作り上げた怪奇幻想カルトホラー。原題タイトル、Carnival of Soul(魂のカーニバル)の如く、メアリーの揺れ動く魂が驚きの結末まで輪舞し、そして彷徨っている。3万ドルの制作費と3週間で製作されたこの映画はロメロ、リンチなど多くの監督に影響を与えたことで知られる。
黒猫【特別レイトショー③6/23(木)・24(金)上映】
【Late show③】The Black Cat
■監督 エドガー・G・ウルマー
■原作 エドガー・アラン・ポー
■脚本 エドガー・G・ウルマー/ピーター・ルリック
■撮影 ジョン・メスコール
■出演 ボリス・カーロフ/ベラ・ルゴシ/デヴィッド・マナーズ/ジャクリーン・ウェルズ
©Universal Pictures
【2022/6/23(木)・24(金)上映】
第一次大戦後のハンガリーの小さな街を舞台に、精神科医が自分を裏切った旧友に復讐するさまを描く怪奇ドラマ。ホラー映画の二大怪優カーロフ、ルゴシの初共演作であり、低予算早撮り映画の天才エドガー・G・ウルマーが監督を務めた。