ミ・ナミ
ファーストショットで彼の映画だと認識できるくらい、ワイズマン監督の作品には確固たるスタイルがあります。都市の中遠景をとらえる画角、説明を排した客観的な編集、体制への批判とは距離を置きながらきわめて政治的であるテーマ、そして何よりも、あらゆるものを越境して息づく人間の姿。ワイズマン監督は、アメリカという国を舞台に実にヒューマニティに富んだ映画を撮り続けてきた映画作家だと言えます。今週の早稲田松竹は、彼の最新作を含めた現代アメリカを追う3作品、『ボストン市庁舎』『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』を上映いたします。
人間は「社会的動物」、つまり社会を構築し、その中で生活する動物だと言われています。社会で生きることは群れとして動くことも意味しており、その中で異質であることは時に疎外を免れない危うさも孕んでいます。ワイズマン監督は人間と社会の綿密な関わり合いを持つ共同体にフォーカスを当てていますが、そこに映るのは顔のない群衆ではなく、国籍も民族も信仰も異なる豊饒な人間たちの横顔です。彼は多くの作品の中で、人と人とが対話し、議論し合う姿を丹念に映し取ってきました。人間は〈conversation〉(対話、会話)で互いが異質であることを受け入れてこそ存在する――ワイズマン監督にとっての社会とは、こうした理念で貫かれているのだと感じます。
ワイズマン監督の作品では、市庁や図書館、都市がまるで生き物のような有機的なものとして存在しているように思わされます。それはコミュニティーに生きる人間が髪や肌の色、言葉を越えて分かち合うからこそ可能である、理想的な社会の在り方なのではないでしょうか。
ボストン市庁舎
City Hall
■監督・製作・編集・録音 フレデリック・ワイズマン
■撮影 ジョン・デイヴィー
■2020年ヴェネツィア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション(ノンフィクション)部門出品・フェアプレイシネマ賞スペシャルメンション/カイエ・デュ・シネマTOP10フィルムアワード第1位/トロント国際映画祭正式出品/2021年全米映画批評家協会賞ノンフィクション賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
© 2020 Puritan Films, LLC – All Rights Reserved
【2022年4月23日から29日まで上映】
ようこそ、市民のための市役所へ。
多様な人種・文化が共存する大都市ボストンを率いるのは、アイルランド移民のルーツを持つ労働者階級出身のマーティン・ウォルシュ市長(2021年3月23日よりアメリカ合衆国労働長官に就任)。2018~19年当時のアメリカを覆う分断化の中、「ここではアメリカ合衆国の問題を解決できません。しかし、一つの都市が変われば、その衝撃が国を変えてゆくのです。」と語る市長と市職員たちの挑戦を通して「市民のための市役所」の可能性が見えてくる。
それはコロナ禍で激変する日本社会に暮らす私たちにもますます切実な問題だ。私たちが知る<お役所仕事>という言葉からは想像もできない、一つ一つが驚きとユーモアと問題提起に満ちた場面の数々。ボストン市庁舎を通して「人々がともに幸せに暮らしていくために、なぜ行政が必要なのか」を紐解きながら、いつの間にかアメリカ民主主義の根幹が見えてくるドキュメンタリーが誕生した。
アカデミー名誉賞に輝く巨匠フレデリック・ワイズマンの「集大成」
ドキュメンタリー界の“生ける伝説”フレデリック・ワイズマンが選んだ新作の舞台は、ワイズマン生誕の地でもあるマサチューセッツ州のボストン市庁舎。カメラは飄々と市庁舎の中へ入り込み、市役所の人々とともに街のあちこちへ動き出す。そこに映し出されるのは、警察、消防、保健衛生、高齢者支援、出生、結婚、死亡記録など、数百種類ものサービスを提供する市役所の仕事の舞台裏。ワイズマンが軽やかに切り取るこれらの諸問題は、長年にわたり彼が多くの作品で取り上げてきた様々なテーマに通じ、まさにワイズマンの「集大成」ともいえる仕上がりだ。2020年「カイエ・デュ・シネマ」誌ベスト1に選出。
監督の言葉
『ボストン市庁舎』を私が監督したのは、人々がともに幸せに暮らしてゆくために、なぜ行政が必要なのかを映画を通して伝えるためでした。『ボストン市庁舎』では、アメリカがたどってきた多様性の歴史を典型的に示すような人口構成をもつ米国屈指の大都市で、人々の暮らしに必要なさまざまなサービスを提供している市役所の活動を見せています。ボストン市庁舎は、こうした市民サービスを合衆国憲法や民主主義の規範と整合のとれるかたちで提供することを目指しています。
ボストン市庁舎はトランプが体現するものの対極にあります。
ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス
Ex Libris: The New York Public Library
■監督・製作・録音・編集 フレデリック・ワイズマン
■撮影 ジョン・デイヴィー
© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
【2022年4月23日から29日まで上映】
世界で最も有名な図書館のひとつ その舞台裏へ
世界中の図書館員の憧れの的であり、ニューヨーク有数の観光スポット。本作の主役は、荘厳な19世紀初頭のボザール様式の建築で知られる本館と92の分館からなる世界最大級の〈知の殿堂〉ニューヨーク公共図書館だ。この図書館は、作家サマセット・モーム、ノーマン・メイラー、トム・ウルフ、画家アンディ・ウォーホルなど文学、芸術などの分野でも多くの人材を育ててきた。またここは世界有数のコレクションを誇りながら“敷居の低さも”世界一と言えるほど、ニューヨーク市民の生活に密着した存在でもある。その活動は、「これが、図書館の仕事!?」と、私たちの固定観念を打ち壊し、驚かす。
舞台裏から、この図書館が世界中で有名な理由が見えてくる
映画には、リチャード・ドーキンス博士、エルヴィス・コステロやパティ・スミスなど著名人も多数登場するが、カメラは図書館の内側の、観光客は決して立ち入れないSTAFF ONLYの舞台裏を見せていく。図書館の資料や活動に誇りと愛情をもって働く司書やボランティアたちの姿。舞台裏のハイライトとも言える何度も繰り返される幹部たちの会議――公民協働のこの図書館がいかに予算を確保するのか。いかにしてデジタル革命に適応していくのか。ベストセラーをとるか、残すべき本をとるのか。紙の本か電子本か。ホームレスの問題にいかに向きあうのか。その丁々発止の意見のやりとりは、目が離せない。
ワイズマン監督は12週間に及んだ撮影から、この場面の次はこの場面しかないという厳格な選択による神業のような編集により、この図書館が世界で最も有名である<理由>を示す事で、公共とは何か、ひいてはアメリカ社会を支える民主主義とは何かをも伝える。図書館の未来が重要な意味を持つ、必見の傑作ドキュメンタリーがここに完成した。
ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ
In Jackson Heights
■監督・製作・録音・編集 フレデリック・ワイズマン
■撮影 ジョン・デイヴィー
■2015年ニューヨーク批評家協会賞最優秀ノンフィクション映画賞受賞/第72回ヴェネツィア国際映画祭正式上映作品
© 2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved
【2022年4月23日から29日まで上映】
ニューヨークがニューヨークであるために、なくてはならない町の今
通りを歩けば英語以外の言葉がたくさん聞こえる。世界中からの移民とその子孫が暮らし、167もの言語が話され、マイノリティが集まり、エスニックな味と多様な音楽があふれる町、ジャクソンハイツ。「ここがニューヨーク?」と聞きたくなるけれど、実はニューヨークがニューヨークであるために、なくてはならない町だ。その理由は?そして今、その町のアイデンティティーが危機に瀕しているとしたら?
町を見つめることで様々なものが見えてくる、“町ドキュメンタリー”の傑作
本作はフレデリック・ワイズマンの記念すべきドキュメンタリー40作目。ワイズマンの視線はジャクソンハイツのあらゆる場所、あらゆる人に向けられる。教会、モスク、シナゴーグ、レストラン、集会、コインランドリー…。地域のボランティア、セクシャル・マイノリティ、不法滞在者、再開発の波にのまれる商店主たち…。町を徹底して見つめることで、さまざまな人間が見えてくる。社会も歴史も見えてくる。What is ニューヨーク? What is アメリカ? ここに生きる市井の人々は、変化に直面し、時に憤りながら互いの悩みを話し合い、決して希望を諦めない。長年にわたってアメリカを観察し、記録し続けてきたワイズマン監督の面目躍如たる“町ドキュメンタリー”の傑作がここに誕生した。
ジャクソンハイツとは?
ニューヨーク市クイーンズ区の北西に位置し、人口は13.2万人の町。100年程前に、マンハッタンへ通勤する中産階級向けに宅地開拓されたが、60年代後半から各国の移民が住むようになった。現在は住民の約半数が海外で生まれ、アメリカにやってきた移民という、ニューヨークで最も多様性に富んだ町。しかし近年ブルックリン、マンハッタンの地価上昇により、地下鉄で中心部へ30分という便利さから、人気を集め再開発が進行中。