【2021/12/4(土)~12/10(金)】『愛のコリーダ 修復版』『戦場のメリークリスマス 4K修復版』『夜叉ヶ池 4Kデジタルリマスター版』『エロス+虐殺』

ミ・ナミ

今週の早稲田松竹の上映は、ある時代にそれぞれの才気を思うがままに振るった日本映画界の革命家たち、大島渚・吉田喜重・篠田正浩の3監督を取り上げます。DVDやサブスクリプションで映画を観ることは、ただの“確認”に過ぎないのかもしれない。そう感じさせるほど、映画館のスクリーンの隅々に神経を行き届かせた作品がかつてあったことを、ぜひ目撃していただきたいと思います。

大島渚監督は、挑発的なテーマとトーンで観る者の感情と倫理を常に揺さぶりつづけました。『戦場のメリークリスマス』と『愛のコリーダ』は、前者が日本から遠く離れた僻地である日本人俘虜収容所、後者が猥雑な待合の一室と、どちらも我々がいる世界から隔絶された閉鎖的空間の中で繰り広げられるドラマです。こうして閉ざされた場に大島監督が定置した眼差しは映画のフレームを超越して放たれ、現実を射抜いて人間の生を照らし出すことに成功したのでした。

吉田喜重監督の、知性の中にただならぬ映像美をはらんだ作風は、今回上映される『エロス+虐殺』の中にもよく表れています。魔術がかったハイ・アングル、ハイ・キーのルック、ダイナミズムを感じさせる背景に人物を配置した大胆な画作り、メランコリックなテーマ曲とジャズ・ロック、凛とした美しさや悲壮美などいくつもの華をそなえた女優陣に圧倒されます。分かりやすい物語の枠を排して散りばめられた要素の中には、吉田監督の時代を確と見据えた目つきも垣間見えるのです。

篠田正浩監督の『夜叉ヶ池』は、鐘楼守の妻・百合と竜神の姫君の一人二役に扮した坂東玉三郎の、単純な色気とは決して相いれない艶に加え、地域に伝わる民俗信仰と、そこに唐突に挿話される姫君とその従者たちのナンセンスなコメディで、どこまでも世間離れした怪作にして傑作に仕上がっています。妖気を持つと言われている池や、人里離れた山奥に住む百合が手に取る夕顔の露、一つの村を飲み込んでしまうほどの大洪水に至る演出で、水という物質に伝奇的な力を宿す表現を試み、見事に完成しているのです。

当初は松竹ヌーヴェルヴァーグと呼ばれたものの、何か一つの党派として括られることを拒み、既成の映画表現に抗いつづけた孤高の映画作家。その肖像が見える代表作に、今こそ触れていただきたいです。

愛のコリーダ 修復版
In the Realm of the Senses

大島渚監督作品/1976年/日本・フランス/108分/DCP/R18+/ビスタ

■監督・脚本 大島渚
■製作代表 アナトール・ドーマン
■製作 若松孝二
■撮影 伊東英男
■編集 浦岡敬一
■音楽 三木稔

■出演 松田英子/藤竜也/中島葵/松井康子/殿山泰司

©大島渚プロダクション

【2021年12月4日から12月11日まで上映

これほど激しく愛し合った男と女はなかった

昭和11年。東京・中野の料亭の主人・吉蔵と仲居の阿部定が出逢いたちまち惹かれあう。数々の待合を転々として、昼夜を問わず体を求めあう二人の愛はエスカレートし、やがてお互いの首を絞めて快感を味わうなど、危険な性戯におぼれていく。定は吉蔵の愛を独占したいと願うようになり、ある日、吉蔵を殺して自分だけのものにしようと包丁を手にした。

アートかエロスか? 裁判にまで発展したその答えはいかに――大島渚監督、最大の問題作。

男女の愛憎の果てに男性器を切り取るという、実際に起こった阿部定事件に基づき大胆な性描写で映画化。松田英子、藤竜也が狂おしいほど求め合う激しい愛の営みは1976年の公開時から45年経た今観ても息を呑む。

セックスの描き方にリアルさを追求し、映画での「本番行為」は芸術かエロスかを問いかけ、国内外に大きな波紋を巻き起こした。検閲を恐れ、日本で撮影されたフィルムを未編集のままフランスに送って編集し、日本で逆輸入して上映するという執念で作品を完成させた。後に同名書籍が発行されたが、一部がわいせつ文書あたるとして起訴され、裁判にまで発展した世紀の問題作。

戦場のメリークリスマス 4K修復版
Merry Christmas, Mr. Lawrence

大島渚監督作品/1983年/日本・イギリス・ニュージーランド/123分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 大島渚
■製作 ジェレミー・トーマス
■原作 サー・ローレンス・ヴァン・デル・ポスト「影の獄にて」
■脚本 ポール・メイヤーズバーグ
■撮影 成島東一郎
■音楽 坂本龍一

■出演 デヴィッド・ボウイ/トム・コンティ/坂本龍一/ビートたけし/ジャック・トンプソン/ジョニー大倉/内田裕也/内藤剛志

■1983年英国アカデミー賞作曲賞受賞/1983年毎日映画コンクール日本映画大賞・男優助演賞・監督賞・脚本賞・音楽賞受賞

©大島渚プロダクション

【2021年12月4日から12月11日まで上映

男たち、美しく…。

1942年戦時中のジャワ島、日本軍の俘虜収容所。収容所で起こった事件をきっかけに粗暴な日本軍軍曹ハラと温厚なイギリス人俘虜ロレンスが事件処理に奔走する。一方、ハラの上官で、規律を厳格に守る収容所所長で陸軍大尉のヨノイはある日、収容所に連行されてきた反抗的で美しいイギリス人俘虜のセリアズに心を奪われてしまう。クリスマスの日にハラは「ファーゼル・クリスマス」と叫んでロレンスとセリアズを釈放してしまう。それに激怒したヨノイは俘虜の全員集合を命じるのだが、周囲からの孤立を深める結果になり、葛藤に苦しむのだった。

戦争の闇を容赦なく描く、大島渚監督最大のヒット作。

第36回カンヌ国際映画祭で、そのテーマを巡って大きな話題を巻き起こした本作は、デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、内田裕也などの本業が俳優ではない個性的なキャスティングで原作者の日本軍俘虜収容所での体験を描いた、戦闘シーンが一切登場しない異色の“戦争”映画。俘虜となるジャック・セリアズ少佐を演じたデヴィッド・ボウイの美しさと存在感が随所で際立ち、坂本龍一扮するヨノイ大尉が次第にセリアズに惹かれていく様が描かれる。

東洋と西洋の文化の対立と融合という複雑なテーマゆえに企画は難航し、製作費は膨らんだが、ビートたけしがラジオやテレビでネタにしたことで話題が独り歩きするなど、従来の映画プロモーションとは違う展開になったことも功を奏して、配給収入10億円の大ヒットにつながった。本作で初めて映画音楽を手掛けた坂本龍一によるテーマ曲「Merry Christmas, Mr.Lawrence」は映画史上屈指の名曲として今なお愛され続けている。

夜叉ヶ池 4Kデジタルリマスター版
Demon Pond

篠田正浩監督作品/1979年/日本 /124分/DCP/ビスタ

■監督 篠田正浩
■脚本 田村孟/三村晴彦
■原作 泉鏡花
■撮影 小杉正雄/坂本典隆
■特撮監督 矢島信男
■美術 粟津潔/朝倉摂/横山豊
■音楽 冨田勲

■出演 坂東玉三郎/加藤剛/山﨑努/丹阿弥谷津子/三木のり平/唐十郎/金田龍之介/井川比佐志

©1979/2021 松竹株式会社

【2021年12月4日から12月11日まで上映

恋しい人を血に染めて 燃えあこがるる魂は――

三国嶽のふもとの琴弾谷に、夜叉ヶ池の伝説の調査に来た学者の山沢は、迷いこんだ池のほとりで、息を呑むほど美しい女性と出会う。百合というその女性は、夫と二人で鐘楼守をしているという。家に招かれた山沢は、かつての親友で、夜叉ヶ池の調査に出たまま帰らぬ晃が百合の夫であることを知り驚愕する。夜叉ヶ池には竜神が封じ込められていて、一日に三度鐘を撞かなければ竜神が再び暴れて洪水を引き起こし、村が流されてしまうため、鐘楼守をすることになったのだという。しかし、ある出来事がきっかけとなり、平穏な日々が破られることになるのだった――。

泉鏡花×篠田正浩×坂東玉三郎 圧巻の映像美に息を呑むファンタジー大作!

幻想文学の礎を築いた泉鏡花の同名戯曲を、『はなれ瞽女おりん』や『心中天網島』の巨匠・篠田正浩監督が映画化。福井と岐阜の県境の山中にある実在の池、夜叉ヶ池に古くから伝わる竜神伝説を壮大なスケールで描き切った。当時歌舞伎界を一世風靡していた女方の坂東玉三郎が初めて映画に出演し、村に暮らす女性・百合と夜叉ヶ池の竜神・白雪姫の二役を演じて妖艶な世界を表現している。

クライマックスの洪水シーンは圧巻で、大船撮影所のステージを大改造して作ったセットで、50トンもの水を使い大洪水シーンを実現。さらにブラジルのイグアスの滝やハワイを始めとする海外ロケも敢行された。見応えある異色ファンタジー大作が、公開から42年の時を経て、4Kデジタルリマスター版で蘇る。

エロス+虐殺
Eros + Massacre

吉田喜重監督作品/1970年/日本 /167分/35mm/シネスコ/MONO

■監督 吉田喜重
■脚本 山田正弘/吉田喜重
■製作 吉田喜重/曽志崎信二
■撮影 長谷川元吉
■美術 石井強司
■音楽 一柳慧

■出演 岡田茉莉子/細川俊之/楠侑子/高橋悦史/八木昌子/稲野和子/新橋耐子/松枝錦治/伊井利子/原田大二郎

©現代映画社

【2021年12月4日から12月11日まで上映

――春三月縊り残され花に舞うと吟じた大杉栄と乱調の美の生涯を生きた伊藤野枝の叛逆とエロトロジーについての若きわれわれ・私それともあなたのアンビバランスな加担に至る頽廃の歓びのあるトーキング――

20歳の大学生・束帯永子は、中年のCM監督・畝間に抱かれながら、冷ややかでしかない自分を感じる。最近知り合った同年代の青年、和田は永子を挑発するのだが、彼は欲望を示さない。永子はそうした自分自身を知ろうとして、大正時代にフリーラブを提唱、実践したアナーキスト、大杉栄に興味を抱き、関東大震災の混乱のさなか、大杉とともに軍部に虐殺された伊藤野枝の生涯を追跡する。

大杉栄は妻、堀保子がありながら、女性記者、正岡逸子と愛人関係にあり、さらに女性解放誌「青鞜」の編集長、伊藤野枝に求愛する。詩人、辻潤の妻であった野枝は、春3月、爛漫と桜が咲くなか、大杉と歩むことを決意する。しかし大正5年、自由恋愛論は破綻し、正岡逸子によって大杉が刺されるという、葉山日陰茶屋事件が起きる…。

大正時代と現代を対比させて、重層的な主題を前衛的な手法で描いた吉田喜重監督の記念碑的な傑作。

松竹ヌーヴェル・ヴァーグ出身の吉田喜重監督が、大正のアナーキスト大杉栄が三角関係のもつれから刺された「日陰茶屋事件」を取り上げ、大正時代と現代(昭和40年代)のそれぞれの風俗と人物たちを、時間軸と空間軸を交錯させ前衛的な手法で描いた愛と憎しみのドラマ。出演は岡田茉莉子、細川俊之。

映画のモデルとなったひとりが、名誉毀損・プライバシー侵害を理由に、映画上映禁止の訴訟を起こしたことでも知られる。ちなみにこの時の請求は棄却されている。3時間30分を越す大作として完成したが、プライバシー侵害問題と興行上の理由から2時間45分に短縮されて公開された。