【2019/6/29(土)~7/5(金)】『皆殺しの天使』『ビリディアナ』『昼顔』『哀しみのトリスターナ』

ルー

革新的なシュルレアリスム映画『アンダルシアの犬』からキャリアをスタートさせたブニュエルは、生涯にわたってシュルレアリスムの精神(凄まじく乱暴に言い直せば、シュールな作風)を貫き通しました。とはいえ交流のあったダリやブルトンら他のシュルレアリストとブニュエルが決定的に違うのは、ブニュエル作品は実は多くの場合大衆的な娯楽とともにあったことです。色々あって流れ着いたメキシコ時代には積極的に受注仕事を受け、結構イージーな歌謡映画や喜劇などを撮りとばしていたことは有名な話です(そこでも隙あらば規範を逸脱しようとするしたたかさは、我が国の鈴木清順とかなり似ています)。

晩年の『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』や『自由の幻想』に至っては同時代のナンセンスコメディ集団モンティ・パイソンのテイストに限りなく接近していました。今回の上映で言えば『ビリディアナ』は規範をアナーキーにかき乱すマルクス兄弟に近いテイストがありますし、『皆殺しの天使』の徹底的に不条理な展開とそこから見えてくる人間の滑稽さを見ると、ブニュエルにとって「笑い」は重要な要素だったことがわかります。しかしその「笑い」は強力な催眠性を発揮して私たちを不思議な夢へと誘い、自明なものとしていた現実を根本的に破壊し去るようなものです(この姿勢こそブニュエルが最後まで正統的なシュルレアリスム芸術家であったことを裏付けるものでもあります)。

もちろんブニュエル作品には歴史的文脈を踏まえた文学的な暗喩や批評性、芸術性が隠されています。しかしそれを素直に受け取り味わうための最良の態度は(メキシコ時代のものか否かに関わらず)、やはり先入観を持たず、どちらかといえばライトな娯楽映画のようにリラックスして見ることだと思います(成熟した語り口とシュルレアリスムの美学が高度に融合したフランス時代の傑作『昼顔』『哀しみのトリスターナ』は現在ではドヌーヴの華麗なファッションに注目が集まりがちですが、それもブニュエルにとってそれほど不本意なことではなかった気もします)。リラックスしなければ笑うことも、ましてや夢を見ることも出来ません。寄席にちょっと変わった名人芸を聞きに行くような気持ちで、ふらりと遊びに来てください。

ビリディアナ
Viridiana

ルイス・ブニュエル監督作品/1961年/メキシコ・スペイン/91分/ブルーレイ ビスタ

■監督 ルイス・ブニュエル
■脚本 ルイス・ブニュエル/フリオ・アレハンドロ
■製作 グスタボ・アラトリステ
■撮影 ホセ・F・アグアヨ
■音楽 グスタボ・ピッタルガ

■出演 シルビア・ピナル/フェルナンド・レイ/フランシスコ・ラバル/マルガリータ・ロサノ/ロラ・ガオス

■1961年カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞

©1991 Video Mercury Films

【2019年6/29(土)・7/1(月)・3(水)・5(金)上映】

聖女の受難、孤独の果てに――。

修道女のビリディアナは、ただ一人の親族である叔父ドン・ハイメの邸宅を訪れる。ドン・ハイメは彼女が亡き妻の生き写しであると思い、共に暮らすよう求める。ある日、ドン・ハイメは彼女に睡眠薬を飲ませ犯そうとするが、未遂に終わる。しかし翌日彼はビリディアナに虚偽の告白をし…。

パルム・ドール受賞作品ながら、その内容から上映禁止など一大スキャンダルとなった問題作!

スペイン内戦の勃発をきっかけに活動の中心をまずアメリカ合衆国、次いでメキシコへと移したブニュエルが、およそ24年ぶりに故国スペインに戻って監督した作品。オリジナル脚本はブニュエル自身と、彼が前作『ナサリン』(58)で組んだフリオ・アレハンドロの手によるもの。二人はこの後、『砂漠のシモン』(65)、『哀しみのトリスターナ』(70)でも共働することになる。本作の梗概を、彼らはすでにメキシコで(つまりブニュエルが帰国する前に)書いていたという。主人公の名前を「ビリディアナ」としたのは、ブニュエル自身。この名は、実在したイタリアの聖人(女性)ヴェルディアナ(1182年~1242年)にちなんで選ばれたものである。

ブニュエル自身「最も大きな自由を感じつつ監督した」と言い、カンヌ国際映画祭でパルム・ドール受賞という高評価を得た。一方でカトリック教会から大きな非難を浴びるスキャンダルとなり、スペインやイタリアで上映禁止に至った問題作でもある。

皆殺しの天使
El ángel exterminador

ルイス・ブニュエル監督作品/1962年/メキシコ/94分/ブルーレイ スタンダード

■監督・脚色 ルイス・ブニュエル
■原案 ルイス・アルコリサ/ルイス・ブニュエル
■製作 グスタボ・アラトリステ
■撮影 ガブリエル・フィゲロア
■音楽 ラウル・ラビスタ

■出演 シルビア・ピナル/エンリケ・ランバル/ジャクリーヌ・アンデレ/ルシー・カリャルド/エンリケ・G・アルバレス

■1962年カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞受賞

©1991 Video Mercury Films

【2019年6/29(土)・7/1(月)・3(水)・5(金)上映】

ブルジョワジー、無限の停滞――。

オペラ観劇後に晩餐会が催された邸宅。20人のブルジョアが宴を楽しんでいる。夜が更け、やがて明け方になっても、誰も帰ろうとしない。次の夜が来ても、誰もが帰らない。皆、帰る方法を忘れたか、その気力も失われたかのように客間を出ることができないのだ。召使も去り、食料も水も底をつく。何日間にもわたる幽閉状態が続き、人々の道徳や倫理が崩壊していく。突如現われる羊や、歩き回る熊の姿。事態は異常な展開を見せていく…。

真に謎めいて力強い、シュルレアリスム不条理劇の極点!

『ビリディアナ』(61)完成後、同作の製作者グスタボ・アラトリステが、再度ブニュエルに資金と創作上の完全な自由を提供して撮らせた作品。出演者の一人も、前作に続いてシルビア・ピナルである。

1962年のカンヌ映画祭で上映された『皆殺しの天使』は冷ややかな反応で迎えられ、審査員たちも困惑したと言われる(パルム・ドールにノミネートされるものの、受賞は逸する)が、国際映画批評家連盟賞を受賞した。本作は『黄金時代』(30)と並ぶブニュエルの最高傑作と位置づけられることも少なくない。実際にこの二本は、ブルジョワに対する攻撃と人間の内に潜む無意識の暴露という、ブニュエル映画の二大特性を色濃く湛えている。

哀しみのトリスターナ
Tristana

ルイス・ブニュエル監督作品/1970年/フランス・イタリア・スペイン/100分/DCP ビスタ

■監督 ルイス・ブニュエル
■原作 ベニート・ペレス・ガルドス
■脚本 ルイス・ブニュエル/フリオ・アレハンドロ
■撮影 ホセ・F・アグアーヨ
■音楽 クロード・デュラン

■出演 カトリーヌ・ドヌーヴ/フェルナンド・レイ/フランコ・ネロ/ローラ・ガオス/ヘスス・フェルナンデス/アントニオ・カサス

■1970年アカデミー賞外国語映画賞ノミネート

©1970 STUDIOCANAL – Talia Films [MF:c 1970 STUDIOCANAL – TALIA FILMS. All Rights reserved.]

【2019年6/30(日)・7/2(火)・4(木)上映】

無垢な美少女が冷酷な悪女へ。愛を知った女性が豹変する様をドヌーヴが怪演。

16歳で両親を失ったトリスターナは、老貴族ドン・ロペの養女となる。男女の関係を迫られても、ロペの言いなりだったトリスターナ。やがて若い画家と出会い、恋に目覚めた彼女は、ロペへの憎しみを募らせるが…。

数奇な運命に弄ばれる美しきトリスターナ――。鬼才ルイス・ブニュエルとカトリーヌ・ドヌーヴが放つ、静謐なる狂気。

スペイン文学史上、セルバンテスに次ぐ文豪といわれ、バルザックやディケンズにもたとえられるベニート・ペレス・ガルドスが1892年に発表した書簡体の中篇小説を映画化。映画化にあたり、小説ではマドリードの下町を舞台にしていたのを、古都トレドに移した。

トリスターナ役は、撮影当時26才のカトリーヌ・ドヌーヴ。メキシコに住むブニュエルに度重なる手紙を送って、ブニュエル本人はもちろん、スペインのプロデューサーたちを動かせた念願の役だけあって、無垢で隷属することしか知らぬ少女が、愛を、自由を我がものとするに至る恐るべき逆転を、やさしさと冷たさと、戦慄的な美しさで演じきる。そのほか、スペインを代表する名優フェルナンド・レイ、マカロニ・ウェスタンで人気絶頂だったフランコ・ネロが出演している。

昼顔 4Kレストア版
Belle de Jour

ルイス・ブニュエル監督作品/1967年/フランス・イタリア/101分/DCP ビスタ

■監督・脚本 ルイス・ブニュエル
■原作 ジョゼフ・ケッセル
■脚本 ジャン=クロード・カリエール/ルイス・ブニュエル
■ 撮影 サッシャ・ヴィエルニ

■出演 カトリーヌ・ドヌーヴ/ジャン・ソレル/ミシェル・ピコリ/ジュヌヴィエーヴ・パージュ/ピエール・クレマンティ

■1967年ヴェネチア国際映画祭サン・マルコ金獅子賞・イタリア批評家賞・国際評論家賞受賞

©1967 STUDIOCANAL – Five Film S.r.l. (Italie) – Tous Droits Reserves

【2019年6/30(日)・7/2(火)・4(木)上映】

昼は娼婦、夜は貞淑な妻。欲望にとらわれた若妻が現実と妄想の間を行き来する――。

医者の妻として何不自由ない生活を送っていたセヴリーヌは、友人から聞いたパリに現存する娼館を好奇心から訪ね、“昼顔”という偽名で働き始める。封印していた性を解放することで、夫への愛情が深まったように思えたが…。

気品と色気を両立させた、ドヌーヴの完璧な美しさとモードな着こなしは必見!

人気絶頂の大女優ドヌーヴと、鬼才ブニュエルがコンビを組んでフランスの作家ジョゼフ・ケッセルの同名小説を映画化した香り高い文芸大作。女の中にひそむ心と肉体の激しい矛盾、清純な愛と妖しい欲望、その本能の二重性を大胆に追いつめた異色のテーマを、鋭く秀麗な映像美で描き出す。23歳にして女性が持つ二面性を好演し、ドヌーヴの女優開眼のきっかけとなった本作は、ヴェネツィア映画祭金獅子賞を受賞。衣装は無名時代のイヴ・サンローランが手がけた。