【2021/8/21(土)~8/27(金)】『マジック・ランタン・サイクル』 『ロスト ロスト ロスト』 // 特別レイトショー『アンガー・ミー』

すみちゃん

ジョナス・メカスとケネス・アンガーの映像が呼び覚ますものは、とても個人的なまたたきです。お互いのルーツも作品の印象も違いますが、彼らではないと見つけられなかったアメリカが、映像という手段を通じて、人の記憶や感覚を掘り起こしていきます。

『ロスト ロスト ロスト』では、ジョナス・メカスがリトアニアから難民としてアメリカに逃れ、今まで詩で書いていたリトアニアの言葉が通じなくなり、カメラで綴り始めた軌跡が映し出されます。14年もの間に蓄積されたメカスのカメラによるスケッチは膨大で、投影されたものの速度が、少しずつ生活が穏やかになるように変化していきます。彼の代表作である『ウォールデン』は、失いつつある瞬間を大切に包み込んでくれるような作品で、1964年から69年までの映像が記録されているのですが、もっともっと前から彼がアメリカの地に確かに存在し、過ごしていた日々がいかに心細いものであっただろうかと、『ロスト ロスト ロスト』を観た時に想像してしまいます。

『マジック・ランタン・サイクル』は、ケネス・アンガーのこれまでの短編作品を、悪魔的イメージとフェティッシュなイメージとしてそれぞれAプログラムとBプログラムで上映されます。映像には、アンガーが子供の頃から抱いていた無声映画全盛のハリウッド映画時代への憧憬や、世界との違和感が幾重にも重なりあい、煌びやかさと不穏な時間が共存しています。ケネス・アンガーは祖母がハリウッドで衣装担当として働いていたことや、子役として映画に出たことがあること、そして自身がゲイであることにより抑圧されてきた経験が、すべて映像に昇華されています。そして何よりも彼が作り上げてきたもの、それは、映像と自分自身とがまさに一体となり、大切にしている自分のすべてを世界に開いていくことの可能性です。

ケネス・アンガーのドキュメンタリー作品である『アンガー・ミー』で、メカスは「ケネスは本質を突く複雑な人物だ。つまり詩人だよ。」と表現しています。二人は自分の目で、皮膚で、触感で映像を生み出し、メカスの映像が私的でかけがえのない瞬間だからこそ、そしてアンガーの作品が切実な情念にあふれているからこそ、今もなお惹きつけられるのだと思うのです。InstagramなどのSNSを見ていると、友だちが踊っている姿や微笑ましい動物、揺らぐ植物、見とれてしまう建物など、撮影した人ならではの視点で撮られた映像が沢山あります。そして、自分の好きなイメージに加工をし、編集することによって趣味嗜好を露わにさせています。直接メカスやアンガーの作品を見ていないかもしれない人たちも、ささやかに自分自身を表現している姿を見て、二人の面影を感じずにはいられません。

今もなお様々な人たちに影響を与え続けるジョナス・メカスとケネス・アンガー。彼らの作品を見ることで、カメラを通して見つめる自分自身を知るきっかけになるかもしれません。

マジック・ランタン・サイクル HDリマスター<Aプログラム>
Magick Lantern Cycle<A_PROGRAM>

ケネス・アンガー監督作品/1953年~1980年/アメリカ/計90分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 ケネス・アンガー

■上映作品
【Aプログラム(全90分)】
①『ルシファー・ライジング』(1980年/28分)
②『快楽殿の創造』(1953年/38分)
③『我が悪魔の兄弟の呪文』(1969年/11分)
④『人造の水』(1953年/13分)

【2021年8月21日から8月27日まで上映】

A_PROGRAM(全90分)

魔術的神秘家アレイスター・クロウリーに捧げられた『ルシファー・ライジング』、アナイス・ニン出演のサイケデリックムービー『快楽殿の創造』、ミック・ジャガーが音楽を担当した『我が悪魔の兄弟の呪文』など、アンガーのめくるめく悪魔的イメージサイド。

①『ルシファー・ライジング』
魔術的神秘主義者アレイスター・クロウリーに捧げられた作品で、砂漠、寺院、スフィンクス、空飛ぶ円盤、といった魔法の象徴的モチーフが散りばめられている。アンガーが当初依頼していたものの使用されなかったレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジ(本作にも出演)によるサウンドトラックは、2012年に公式リリースされた。

②『快楽殿の創造』
イギリスのロマン派詩人サミュエル・テイラー・コールリッジの『クーブラ・カーン』(1798年)から着想を得て、アンガーがアレイスター・クロウリーの神秘思想や呪術的な儀式の映像化に挑んだ作品。SF『五十年後の世界』や自身の『プース・モーメント』からの引用を交え、退廃的な雰囲気とめくるめく色彩の連続は、当時ハリウッドで流行していたLSDによる幻覚がベースになっているとアンガーは告白しており、70年代のサイケデリック・カルチャーを先取りしていたと言えるだろう。

③『我が悪魔の兄弟の呪文』
ベトナム戦争やローリング・ストーンズのハイドパークでのライブといった、カウンター・カルチャー全盛の当時の時代背景が色濃く現れたフッテージがインサートされている。粗編集版を観たミック・ジャガーがモーグ・シンセサイザーによる即興を駆使したサウンドトラックの提供を買って出て、不穏なムードを強調している。

④『人造の水』
原題“Eaux D’Artifice”はアンガーの造語で、フランス語の花火“Feu D’artifice”をもじってつけられた。水の魔力がテーマで、ヴィヴァルディの『四季』より『冬』が流れるなか、庭を歩く女性やバロック様式の彫像、そして噴水が幻想的なタッチで描かれる。

マジック・ランタン・サイクル HDリマスター <Bプログラム>
Magick Lantern Cycle<B_PROGRAM>

ケネス・アンガー監督作品/1947年~1965年/アメリカ/計71分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 ケネス・アンガー

■上映作品
【Bプログラム(全71分)】
①『スコピオ・ライジング』(1963年/29分)
②『K.K.K. Kustom Kar Kommandos』(1965年/4分)
③『プース・モーメント』(1949年/6分)
④『ラビッツ・ムーン』1950年バージョン(1950年撮影、1971年完成/16分)
⑤『花火』(1947年/15分)

【2021年8月21日から8月27日まで上映】

B_PROGRAM(全71分)

魅惑的なイメージと音楽のコラージュがミュージック・ビデオの原型と言われるアンガーの最高傑作『スコピオ・ライジング』、男がただただ改造マシン を磨き上げる『K.K.K.』、古き良き20年代のモード『プース・モーメント』、ほろ苦く甘いファンタジー『ラビッツ・ムーン』、アンガーが17歳で監督した『花火』など、アンガーの憧れが詰まったフェティッシュ・サイド。

①『スコピオ・ライジング』
ポップソングにのせバイカーたちの日常とレザーやバイク、スタッズなどをフェティッシュに描き、デヴィッド・リンチ、ギャスパー・ノエ、ニコラス・ウィンディング・レフンなど後代の映画作家に影響を与え、ミュージック・ビデオの元祖とも言われている。

②『K.K.K. Kustom Kar Kommandos』
若者、ドラッグレース、カスタムカーをテーマにした企画。3つの単語の最初のスペルがKになっているのは、ティーンエイジャーたちがこのような小さなアイディアで大人が入り込めない自分たちだけの世界を構築していることを表現するためだと、アンガーは語っている。フィーチャーされている楽曲も、ボビー・ダーリンのナンバーをザ・パリス・シスターズがカバーした「ドリーム・ラバー」だけに、自分の愛車をパフで愛でるように磨く青年と改造車のラブストーリーと表現したい作品。

③『プース・モーメント』
タイトルは作品に登場する20年代ハリウッドで人気だったピュース色(暗い紫味の赤褐色)のドレスに由来する。映画で使用されたドレスは、無声映画の時代に衣装デザイナーであったケネス・アンガーの祖母が所有していたもの。クララ・ボウやメイ・マレーといった女優が実際に着ていたドレスが使用されている。

④『ラビッツ・ムーン』1950年バージョン
ベースとなっているのは、コメディア・デラルテというイタリアの仮面即興劇で、そこに「月にウサギがいる」という日本の昔話がモチーフになっている。満月に思い焦がれる悲劇的なピエロが主人公で、彼が憧れている娘コロンビーヌと悪魔が変装したペテン師のハーレクインのコミカルな三角関係と神話的なモチーフが同居している。

⑤『花火』
アンガーが17歳の頃に監督・撮影・編集・主演を兼ね完成させた、実質上の処女作。ハリウッドにあるアンガーの祖母の家で、家族が出かけている間に撮影された。性的な妄想にとりつかれた少年をアンガー自身が演じている。

【1日限定・特別レイトショー】アンガー・ミー
【Late Show / 1 day only 】Anger Me

エリオ・ジェルミーニ監督作品/2006年/カナダ/71分/DCP/ビスタ

■監督 エリオ・ジェルミーニ

■出演 ケネス・アンガー/ジョナス・メカス

【2021年8月21日から8月27日まで上映】

稀代の映像詩人、ケネス・アンガーの波乱万丈人生

2021年2月4日に94歳となったアメリカの実験映画作家ケネス・アンガー。『アンガー・ミー』は、カナダのフィルムメーカー、エリオ・ジェルミーニが2006年に制作したインタビュー・ドキュメンタリーで、ケネス・アンガーが1時間あまりカメラに向かって、幼少期から『スコピオ・ライジング』など自作について語る作品だ。

ハリウッドの著名人たちのゴシップを書いたアンガーの著作『ハリウッド・バビロン』に例えるならば、『アンガー・ミー』はアンガー自身が語る『ハリウッド・バビロン:ケネス・アンガー編』とも言えるだろう。

ケネスは本質を突く複雑な人物だ。つまり詩人だよ。 ――ジョナス・メカス

神秘主義的映像や革ジャンにバイクというハードコアなイメージの映像で知られるアンガーの作品だが、本人は、映画の冒頭でジョナス・メカスが語るように「ケネスのことは、誰もがかなり気難しく、どうしようもない奴だと言っていたが、私が知っているケネスは誰よりも優しくて親切な人だったよ。彼は繊細で知的な天才映像作家だ」というのがよくわかる。

ロスト ロスト ロスト
Lost Lost Lost

ジョナス・メカス監督作品/1949~1963 年、1975年/180分/DCP/スタンダード

■監督・製作・脚本・撮影・出演 ジョナス・メカス

■出演 アドルファス・メカス/ケン&フロ・ジェイコブス/P・アダムス・シトニー/グレゴリー・マルコブーロス/アレン・ギンズバーグ/フランク・オハラ/リロイ・ジョーンズ/ロバート・フランク/ジュリアン・ベック/ジュディス・マリーナ/サルヴァドール・ダリ/タイニー・ティム/エド・エムシュウィラー/ストーム・デ・ハーシュ/バーバラ・ルービン/ピーター・ボグダノビッチ/シャーリー・クラーク/テイラー・ミード ほか

配給:ダゲレオ出版

【2021年8月21日から8月27日まで上映】

アメリカの詩人、実験映画のオルガナイザーにして代表的映像作家による初期1950年代の日記映画の代表作

詩人であり、アメリカのカウンターカルチャーの英雄でもあるジョナス・メカスは、日記形式の映画製作を発明した。1922年にリトアニアに生まれ、ソ連やナチスの侵略によって故郷を追われたメカスが、政治難民としてアメリカに到着してから14年間の撮影を行った『ロスト ロスト ロスト』は、50年代のニューヨークのカウンターカルチャーと、メカス自身の撮影スタイルの発展を記録している。

「私がこの6本のリールの中で扱っているのは、新しい土地に必死に根を張り、新しい思い出を作ろうとした自暴自棄の時代である。この6つの痛みを伴うリールの中で、亡命者になることがどのように感じられるのか、その時代の私がどのように感じていたのかを示そうとしました。祖国をまだ忘れていないが、新しい国をまだ手に入れていない「亡命者」の気分が描かれています。6番目のリールは過渡的なリールで、私たちはリラックスし始め、私は幸せの瞬間を見つけ始めています。新しい生活が始まる...」──ジョナス・メカス