ぽっけ
今週は小森はるか監督の特集です。
『息の跡』と『空に聞く』。2本の素晴らしいドキュメンタリー映画とともに、レイトショーでは瀬尾夏美さんとの共作による『二重のまち/交代地のうたを編む』を上映致します。まずはじめに震災ボランティアをきっかけに陸前高田に移り住み、その土地と人々と触れ合いながら10年にもわたって活動してきたお二人への感謝の気持ちを述べさせて頂きたいと思います。
震災に関するドキュメンタリー映画は数あれど、訪れた撮影隊が写し取る東北の姿は「被災地」としてカッコで括られた実状を伝えながらも、『息の跡』や『空に聞く』のように当事者ではないとさえ思っているはずの私たちのなかにある痛みに寄り添って希望を与えてくれるようなことはありませんでした。
東日本大震災のあと「佐藤たね屋」の跡地にプレハブを建てて営業を再開し、自らの体験を独習した英語で綴る佐藤貞一さん。地域の人びとの記憶や思いに寄り添ってその言葉を聞き、声を伝える「陸前高田災害FM」の阿部裕美さん。誰もが言葉を失ってしまうような大きな出来事のあとに、ときに立ち止まりながらも決して絶えることなく発信した陸前高田の人々の言葉や営み、その一つ一つがまるで苗や花々が手入れをされるように私の胸の奥にまで手を伸ばしてくれました。
この二人の語りを聞くことから、その姿を見ることからはじまることはとても多いことに驚きます。それはまさに“当事者ではないとさえ思っているはずの”私たちと、陸前高田で震災のあとを暮らすその営みとがどこかで関係を持ち始めたからです。小森監督と瀬尾夏美さんの活動と同様に4人の若者が被災地を訪問して、話を聞くことから始まる『二重のまち/交代地のうたを編む』はそうした関わりから始まる継承の姿を描いています。
体験を聞き語り継ぐ「継承」と聞くと、とても難しいことに思えます。実際にいつまでも忘れずに続けていくことは難しいのかもしれません。不可能なのかもしれません。しかし『二重のまち/交代地のうたを編む』はこんなふうに「継承」が始まってもいいんだという軽快さとともに、言葉が一人一人の身体に入り込みもがいている姿を見せてくれることで、またゆっくりと歩いて行けそうな道を見せてくれるのです。
まるで奇跡のような体験をもたらしてくれた1本1本の映画。自分のなかにたくさんのものを発見させてくれてどうもありがとうございます。
息の跡
Trace of Breath
■監督・撮影・編集 小森はるか
■プロデューサー 長倉徳生
■プロデューサー・編集 秦岳志
■整音 川上拓也
■特別協力 瀬尾夏美
© 2016 KASAMA FILM+KOMORI HARUKA
【2021年8月14日から8月20日まで上映】
いまは、もういない誰かへ、まだいない誰かのために
岩手県陸前高田市。荒涼とした大地に、ぽつんとたたずむ一軒の種苗店「佐藤たね屋」。津波で自宅兼店舗を流された佐藤貞一さんは、その跡地に自力でプレハブを建て、営業を再開した。なにやらあやしげな手描きの看板に、瓦礫でつくった苗木のカート、山の落ち葉や鶏糞をまぜた苗床の土。水は、手掘りした井戸からポンプで汲みあげる。
いっぽうで佐藤さんは、みずからの体験を独習した英語で綴り、自費出版していた。タイトルは「The Seed of Hope in the Heart」。その一節を朗々と読みあげる佐藤さんの声は、まるで壮大なファンタジー映画の語り部のように響く。さらに中国語やスペイン語での執筆にも挑戦する姿は、ロビンソン・クルーソーのようにも、ドン・キホーテのようにもみえる。彼は、なぜ不自由な外国語で書き続けるのか? そこには何が書かれているのだろうか?
陸前高田から届いた 忘れられない風景の記録。
監督は、映像作家の小森はるか(『the place named』、『波のした、土のうえ』※瀬尾夏美との共同制作)。震災のあと、画家で作家の瀬尾夏美とともに東京をはなれ、陸前高田でくらしはじめた彼女は、刻一刻とかわる町の風景と、そこで出会った人びとの営みを記録してきた。失ったものと残されたもの。かつてあったものと、これから消えてゆくもの。記憶と記録のあわい。そのかすかな痕跡とぬくもりを彼女はうつしだしていく。あの大きな出来事のあとで、映画に何ができたのか。そのひとつの答えがここにある。
空に聞く
Listening to the Air
■監督・撮影・編集 小森はるか
■撮影・編集・録音・整音 福原悠介
■特別協力 瀬尾夏美
©KOMORI HARUKA
【2021年8月14日から8月20日まで上映】
上から見たら私たち、どんなふうに見えているのかな?
東日本大震災の後、約三年半にわたり「陸前高田災害FM」のパーソナリティを務めた阿部裕美さん。地域の人びとの記憶や思いに寄り添い、いくつもの声をラジオを通じて届ける日々を、キャメラは親密な距離で記録した。
津波で流された町の再建は着々と進み、嵩上げされた台地に新しい町が造成されていく光景が幾重にも折り重なっていく。失われていく何かと、これから出会う何か。時間が流れ、阿部さんは言う——忘れたとかじゃなくて、ちょっと前を見るようになった。
震災後の陸前高田でいくつもの声を届けたあるラジオ・パーソナリティの物語。
傑作『息の跡』と並行して撮影が行われた本作は、映像表現の新たな可能性を切り拓くことを目的としたプロジェクト「愛知芸術文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品」として完成。あいちトリエンナーレ、山形国際ドキュメンタリー映画祭、恵比寿映像祭と立て続けに上映され、先鋭的なプログラムの中でもひときわ大きな反響を呼んだ。
【特別レイトショー】二重のまち/交代地のうたを編む
【Late Show】Double Layered Town/Making a Song to Replace Our Positions
■監督 小森はるか+瀬尾夏美
■作中テキスト 瀬尾夏美
■撮影・編集 小森はるか/福原悠介
■出演 古田春花/米川幸リオン/坂井遥香/三浦碧至
©KOMORI Haruka + SEO Natsumi
【2021年8月14日から8月20日まで上映】
ちいさな<継承>の はじまり、はじまり
2018年、4人の旅人が陸前高田を訪れる。まだ若いかれらは、“あの日”の出来事から、空間的にも時間的にも、遠く離れた場所からやって来た。大津波にさらわれたかつてのまちのことも、嵩上げ工事の後につくられたあたらしいまちのことも知らない。旅人たちは、土地の風景のなかに身を置き、人びとの声に耳を傾け、対話を重ね、物語『二重のまち』を朗読する。他者の語りを聞き、伝え、語り直すという行為の丁寧な反復の先に、奇跡のような瞬間が立ち現れる。
民話の萌芽のような時間を描いた奇跡の映画
本作は、東日本大震災後のボランティアをきっかけに活動をはじめ、人々の記憶や記録を遠く未来へ受け渡す表現を続けてきたアーティスト「小森はるか+瀬尾夏美」によるプロジェクトから生まれた。『二重のまち』とは、かつてのまちの営みを思いながらあたらしいまちで暮らす2031年の人々の姿を、画家で作家の瀬尾夏美が想像して描いた物語。陸前高田を拠点とするワークショップに集まった初対面の4人の若者たちが、自らの言葉と身体で、その土地の過去、現在、未来を架橋していくまでを、映像作家の小森はるかが克明かつ繊細に写しとる。