【2021/3/27(土)~4/2(金)】『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』 『フェアウェル』 //  レイトショー『行き止まりの世界に生まれて』

パズー

「人種のるつぼ」といわれる国、アメリカ。トランプ政権で浮彫りになった経済格差、ブラック・ライヴズ・マター 、コロナ以降のアジア系へのヘイトクライム――常に人種や貧富など「他者との差」が社会問題となってきました。今週の早稲田松竹は、そんな混迷をきわめるアメリカという土地で育った監督たちが、自らのアイデンティティと向き合った作品を上映します。

『フェアウェル』のルル・ワン監督は中国系アメリカ人。北京生まれ、マイアミ育ちである彼女が本作で描いたのは、中国にいる祖母や親戚との実体験に基づく家族のドラマでした。

ガンによる余命宣告を受けた祖母に会うため、アメリカや日本から集まった親戚一同。しかし、肝心の病については祖母本人に秘密にするというのです。助からない病は本人に伝えない、嘘をつくことが優しさであるという中国の伝統的な考え方に、アメリカ育ちの主人公ビリーは、理解し難いと思いながらも付き合うことになります。

わたしも、祖母が亡くなった時、親たちが本当の病名は最期まで伝えなかったことを経験しました。だからビリーや家族の葛藤は手に取るようにわかります。「嘘」に対して肯定的でも否定的でも、愛する人を思いやる気持ちに変わりはなく、ビリーは徐々にアジア的な家族の形を受け入れていきます。叔母役を演じているのが監督の実の叔母であるなど、実際のエピソードをかなり取り入れたという監督。中国人の両親のもとに生まれながら、西洋的価値観で育った彼女の目線からみた「いま」の中国の人々の姿は、おかしくもとてもリアルに映ります。なによりビリー(=監督)のキャラクターこそが、アメリカ人のニュー・スタンダードな姿として新鮮に描かれています。

『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』もまた、監督のジョー・タルボットが親友の身に起きた出来事をもとに作り上げた作品です。そしてその親友ジミー・フェイルズ自身が主人公を実名で演じています。

舞台はサンフランシスコ。世界のITの中心地シリコンバレーに近いことから富裕層が多く暮らし、年々土地の価格が高騰、今では「アメリカで最も裕福な都市の1つ」といわれています。黒人の青年ジミーはかつて祖父が建て、土地代の高騰のため手放したヴィクトリアン様式の美しい一軒家を取り戻すべく奔走します。

経済発展の波で失われていく故郷の景色。しかも新しい町に自分の居場所はなく、隅に追いやられてしまう。そんな悲しいこと…と思うけれど、サンフランシスコに限らずアメリカの都市部の現実となっているそうです。

家族の絆の象徴である家を守ろうとするジミーと、彼を常にそばで支える親友の物語は、表立って経済格差や人種差別の問題を提示してはいません。お洒落で、カルチャーを愛し、スケボーで街を駆け抜ける彼らは一見生活に困窮しているようには見えないかもしれません。でもその見えづらい貧困や差別こそが、アメリカの若者のリアルな姿なのではないでしょうか。

レイトショーで上映する『行き止まりの世界に生まれて』も、同じように「貧困」から逃れられない若者たちの12年を記録したドキュメンタリーです。サンフランシコとは対照的に、「アメリカで最も惨めな都市」といわれるイリノイ州ロックフォードに暮らす彼らの生活は、お世辞にも良いとは言えません。絶望のぬかるみに足を取られても、大好きなスケートボードを心の支えに過ごす日々。もともと仲間うちのスケートビデオとしてスタートしたこの映画は、ときに観ているのが辛くなるような現実が記録されていますが、いっぽうでスケボーを愛する少年たちの目の輝きに救われる、稀有な青春ドキュメンタリーです。

わたし自身は、実家が何度か引っ越しをしてきたので「ホームタウン」や「ふるさと」という感覚がいまいちわからないことがコンプレックスでもありました。けれど今週の上映作品を観て気づかされるのは、生まれた町、過ごした町、そのどれもが自分を形作っているのだということです。遠く離れた場所にいても、かつて暮らした土地から追い出されても、あるいはここから出ていきたいと思っていても、誰だって「ホームタウン」は自分の内に在り続ける。アメリカの監督たちが描く「わたし」と「場所」についてのパーソナルな物語は、誰もが自分に置き換えられる普遍的なアイデンティの考察となっています。

フェアウェル
The Farewell

ルル・ワン監督作品/2019年/アメリカ/100分/DCP/シネスコ

■監督・脚本 ルル・ワン
■撮影 アンナ・フランケスカ・ソラーノ
■美術 ヨン・オク・リー
■衣装 アテナ・ワン
■編集 マイケル・テイラー/マシュー・フリードマン
■音楽  アレックス・ウェストン

■出演 オークワフィナ/ツィ・マー/ダイアナ・リン/チャオ・シュウチェン/水原碧衣

■2019年ゴールデングローブ賞女優賞(コメディ/ミュージカル)受賞・外国語映画賞ノミネート/インディペンデント・スピリット賞作品賞・助演女優賞受賞/英国アカデミー賞 外国語映画賞ノミネート/放送映画批評家協会賞主演女優賞・助演女優賞・脚本賞・コメディ映画賞ノミネート ほか多数受賞・ノミネート

© Thunder Road All Rights Reserved.

【2021年3月27日から4月2日まで上映】

愛する祖母に最後に伝えるのは<真実>? それとも<優しい嘘>?

NYに暮らすビリーと家族は、ガンで余命3ヵ月と宣告された祖母ナイナイに最後に会うために中国へ帰郷する。家族は、病のことを本人に悟られないように、集まる口実として、いとこの結婚式をでっちあげる。ちゃんと真実を伝えるべきだと訴えるビリーと、悲しませたくないと反対する家族。葛藤の中で過ごす数日間、うまくいかない人生に悩んでいたビリーは、逆にナイナイから生きる力を受け取っていく。ついに訪れた帰国の朝、彼らが辿り着いた答えとは?

口コミで全米トップ10入りの大ヒット! 中国系アメリカ人ルル・ワン監督の愛すべき自伝的物語。

2019年、全米でわずか4館の公開でのスタートにもかかわらず、口コミで熱い感動の輪が広がり上映館数が飛躍的に拡大し、3週目にはTOP10入りを果たすという異例の大ヒットを成し遂げた『フェアウェル』。脚本も手掛けたルル・ワン監督は、本作の成功で時の人となり、米「Variety」誌の“2019年に注目すべき監督10人”に選ばれた。配給は新進気鋭の映画スタジオ「A24」。

ビリー役には、『オーシャンズ8』、『クレイジー・リッチ!』など、ハリウッド超大作で絶大なるインパクトを放ち、ラッパーとしても知られるオークワフィナ。本作では見事ゴールデングローブ賞主演女優賞に輝いた。ビリーの祖母には、中国ではTVドラマで広く知られるチャオ・シュウチェン。ビリーの父には、『ラッシュアワー』シリーズ、『メッセージ』などのツィ・マー。

感情をぶつけ合い、悲しみを慰め合いながら、絆を確かめ合う家族。祖母を想うビリーの姿は世界中で共感と感動を呼び、「自分ならどうする?」と観客の胸を熱くする。自身も中国系アメリカ人である新進気鋭の女性監督ルル・ワンの実体験から生まれた感動の物語。

ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ
The Last Black Man in San Francisco

ジョー・タルボット監督作品/2019年/アメリカ/120分/DCP/PG12/ヨーロピアンビスタ

■監督 ジョー・タルボット
■製作 カリア・ニール/ジョー・タルボット/デデ・ガードナー/ジェレミー・クライナー/クリスティーナ・オー
■脚本 ジョー・タルボット/ロブ・リチャート
■原案 ジョー・タルボット/ジミー・フェイルズ
■撮影 アダム・ニューポート・ベラ
■編集 デヴィッド・マークス
■音楽 エミール・モセリ

■出演 ジミー・フェイルズ/ジョナサン・メジャース/ロブ・モーガン/ティチーナ・アーノルド/マイク・エップス/フィン・ウィットロック/ダニー・グローヴァー

■2019年サンダンス映画祭監督賞・審査員特別賞受賞/インディペンデント・スピリット賞助演男優賞・新人作品賞ノミネート/ロカルノ国際映画祭コンペティンション出品作品/オバマ元米大統領が選ぶ2019年ベストムービー ほか多数受賞・ノミネート

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【2021年3月27日から4月2日まで上映】

何もない。だけど僕にはこの街がある。

サンフランシスコで生まれ育ったジミーは、この土地に最初に移り住んだ祖父が建て、かつて家族と暮らした記憶の宿るヴィクトリアン様式の美しい家を愛していた。変わりゆく街の中にあって、地区の景観とともに観光名所になっていたその家は、ある日現在の家主が手放すことになり売りに出される。

再びこの家を手に入れたいと願い奔走するジミーは、叔母に預けていた家具を取り戻し、いまはあまり良い関係にあるとは言えない父を訪ねて思いを語る。そんなジミーの切実な思いを、友人モントは、いつも静かに支えていた。いまや都市開発・産業発展によって、“最もお金のかかる街”となったサンフランシスコで、彼は失くしたものを、自分の心の在りどころであるこの家を取り戻すことができるのだろうか。

A24×プランB、『ムーンライト』以来のタッグ! 街と人をめぐる新たなる傑作

いま、世界の映画シーンでその動向が最も注目されている映画会社が、A24とプランBだ。ともに芸術性と商業性を兼ね備えた、賞レースをにぎわす上質なヒット作を多数輩出している映画会社である。この二つの会社が、アカデミー賞作品賞に輝いた『ムーンライト』以来となるタッグを組んだのが『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』だ。新鋭監督ジョー・タルボットは、2019年サンダンス映画祭で上映された本作で、監督賞と審査員特別賞をW受賞し、華々しい長編映画デビューを果たした。

幼なじみでもあるタルボットと主演のジミー・フェイルズは、友情、家族、そして目まぐるしく変わっていくサンフランシスコという街への愛情を丹念に描くことに成功した。この映画は、自らが存在するコミュニティの大切さ、そして本来の自分になるために自問する一人の男の姿を描いた秀逸なパーソナル・ストーリーだ。

多くの財産をもたなくても、かけがえのない友がいて、心の中には小さいけれど守りたい大切なものをもっている。それだけで、人生はそう悪くないはずだ──。そんなジミーの生き方が、今の時代を生きる私たちに温かい抱擁のような余韻を残す、忘れがたい物語。“街と人をめぐる新たな傑作”が誕生した。

【特別レイトショー】行き止まりの世界に生まれて
【Late Show】Minding the Gap

ビン・リュー監督作品/2018年/アメリカ/93分/DCP/ビスタ

■監督・撮影 ビン・リュー
■製作 ダイアン・クォン/ビン・リュー
■編集 ジョシュア・アルトマン/ビン・リュー
■音楽 ネイサン・ハルパーン/クリス・ルッジェーロ

■出演 キアー・ジョンソン/ザック・マリガン/ビン・リュー/ニナ・ボーグレン/ケント・アバナシー/モンユエ・ボーレン

■2018年アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞ノミネート/エミー賞ドキュメンタリー&ノンフィクション特別番組賞ノミネート/サンダンス映画祭ブレイクスルー・フィルムメイキング賞/ナショナル・ボード・オブ・レビュー ドキュメンタリートップ5/NY批評家協会賞ドキュメンタリー賞受賞/オバマ元米大統領が選ぶ2018年ベストムービー ほか多数受賞・ノミネート

© 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.

【2021年3月27日から4月2日まで上映】

傷だらけのぼくらが見つけた明日——

「アメリカで最も惨めな町」イリノイ州ロックフォードに暮らすキアー、ザック、ビンの3人は、幼い頃から、貧しく暴力的な家庭から逃れるようにスケートボードにのめり込んでいた。スケート仲間は彼らにとって唯一の居場所、もう一つの家族だった。いつも一緒だった彼らも、大人になるにつれ、少しずつ道を違えていく。ようやく見つけた低賃金の仕事を始めたキアー、父親になったザック、そして映画監督になったビン。ビンのカメラは、明るく見える3人の悲惨な過去や葛藤、思わぬ一面を露わにしていく——。

小さな町で必死にもがく若者3人の12年を描くエモーショナルなドキュメンタリー!

ロックフォードは、ラストベルト―鉄鋼や石炭、自動車などの産業が衰退し、アメリカの繁栄から完全に見放された<錆びついた工業地帯>にある。2016年の大統領選で、“夢を失った”ラストベルトの人々による投票がトランプ大統領誕生に大きな影響を与えた。映画完成時20代であったビン・リュー監督は、閉塞感のある環境で生きる若者たちの姿を通して、親子、男女、貧困、人種…さまざまな分断を見つめる。

趣味のスケートビデオから始まったこの映画は、若者たちのパーソナルな物語でありながら、今の世界を映しだす奥行きをみせ、「21世紀アメリカの豊かな考察」(ニューヨーク・タイムズ)、「ドキュメンタリーの新時代」(WIRED)と評された。アカデミー賞、エミー賞Wノミネート、サンダンス映画祭をはじめ59の賞を総なめ、ロッテントマト100%と、全米の批評家・観客、そしてオバマ元大統領もが絶賛した。

希望が見えない環境、大人になる痛み、根深い親子の溝…ビンが撮りためたスケートビデオと共に描かれる12年間の軌跡に、何度も心が張り裂けそうになる。それでも、彼らの笑顔に未来は変えられると、応援せずにはいられない。痛みと希望を伴った傑作が誕生した。