ルー
ズラウスキーとポランスキー。
ポーランドが生み出した二人の天才映画作家は、母国を去って外国での映画製作を主にしたものの、その作品にはナチスとソ連に占領されて多くの犠牲を払った、ポーランドの複雑な歴史が反映しているように見えます。
ズラウスキー作品の中にある狂気と激情。ポランスキー作品における、現実と表裏一体となったおぞましい世界への恐れと憧憬。今回上映する二本は、そんなむき出しの作家性と屈折したエンターテインメント性が絡み合い凝縮された、彼らの代表作です。
ポゼッション 40周年HDリマスター版
Possession
■監督・脚本 アンジェイ・ズラウスキー
■製作 マリー=ロール・レール
■撮影 ブルーノ・ニュイッテン
■特殊効果 カルロ・ランバルディ
■音楽 アンジェイ・コジンスキー
■出演 イザベル・アジャーニ/サム・ニール/ハインツ・ベネント/マルギット・カルステンセン/ヨハンナ・ホーファー
■1981年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品・最優秀主演女優賞受賞/セザール賞最優秀主演女優賞受賞 その他多数受賞・ノミネート
©1981 OLIANE PRODUCTIONS / MARIANNE PRODUCTIONS / SOMA FILM PRODUKTION Gmbh / TF1 FILMS Production
【2020年10月24日から10月30日まで上映】
私はとりつかれ、その怪物を生んだ――
西ドイツ、ベルリン郊外。単身赴任を終え、妻子の待つ我が家に帰って来たマルク。だが、妻アンナの態度はどこかよそよそしい。アンナの友人マージからある“男”の存在を聞いたマルクは妻を責めるが、彼女は浮気を認めるどころか夫を完全に拒絶する。混乱と悲嘆の中、一人息子のボブを学校に送ったマルクは、そこで妻とそっくりの教師ヘレンと出会う。やがて問題の“男”ハインリッヒと顔を合わせることになったマルク。しかし、彼もアンナの全てを知っている訳ではなかった。新たに浮上した“第3の男”の真相を追い求めるマルクは、私立探偵にアンナの尾行を依頼するのだが…。
監督アンジェイ・ズラウスキー×主演イザベル・アジャーニ 愛と狂気と異形の神話
アンジェイ・ズラウスキーの世界を生きる人々は、誰もがヒステリックに感情を爆発させます。もはや本人の意思を超え、何者かに占領(ポゼッション)されたかのように突き動かされていく人々。そこでは彼らは他者とぶつかっていくだけでなく、内なる他者(自分)とも衝突しているように見えます。悶え、絶叫し、傷つけあう人々が巻き起こす闘争と、そこから呼び込まれる黙示録的な光景。ズラウスキー映画を観る体験は、ズラウスキーの異常な生理的リズムを共にする体験であり、同時に登場人物たちを通して人間と世界の関係を内省的に見つめる体験でもあります。
『ポゼッション』は、何よりもイザベル・アジャーニという異形の存在についての映画です。ヒステリックに泣きわめき、肉切り包丁を自分の首に突き刺し、痙攣し体中から謎の体液をただれるなど常軌を逸した行動を加速させる彼女は、狂えば狂うほど人間離れした美しさを増していきます(もはや、劇中出てくる人あらざる存在以上にバケモノのようです)。彼女の狂気が感染したように周囲の人物も次第に狂い出し、疾走していきます。不条理に不条理を重ねた末に訪れるカタストロフとは。愛を巡る人間ドラマでありホラーであり、アクションであり、スパイ映画であり、ミステリー映画でもありながら全く違う映画の形。観終わった時、この世界にはズラウスキーという未知のジャンルが存在することを、私たちは理解するのです。(ルー)
ローズマリーの赤ちゃん
Rosemary's Baby
■監督・脚本 ロマン・ポランスキー
■製作 ウィリアム・キャッスル
■原作 アイラ・レヴィン
■撮影 ウィリアム・A・フレイカー
■音楽 クシシュトフ・コメダ
■出演 ミア・ファロー/ジョン・カサヴェテス/ ルース・ゴードン/シドニー・ブラックマー/モーリス・エバンス/ラルフ・ベラミー
■1969年アカデミー賞助演女優賞受賞・脚色賞ノミネート/ゴールデングローブ賞助演女優賞受賞・主演女優賞ほか2部門ノミネート
Images courtesy of Park Circus/Paramount.
【2020年10月24日から10月30日まで上映】
ローズマリーは一体誰の子をみごもったのか?
ニューヨークに住み、愛し合う夫婦が子供を授かった。初めて出産する誰もが経験するように、妻ローズマリーも不安の真っ只中に。そんなとき意欲はあるが、売れない役者の夫は名声と引き換えに、悪魔と契約を交わしてしまう…。
大都会ニューヨーク。摩天楼の谷間に悪魔が忍び寄る――ハイ・アートと怪奇な都市伝説が融合したモダン・ホラーの金字塔!
ロマン・ポランスキー。この一度聞いたら忘れられない名前を持つ男は、その夢のような名前に呼び込まれたかのような天賦の才能で成功を収めながら、同時に一人の人生に起きた事とはにわかには信じがたい悲劇とスキャンダルを背負っていまも活動を続けています(2020年現在87歳)。ポランスキー作品はその特異な人生と不可分の関係にあります。平穏で秩序立った日常は残酷な運命を支配する何者かによって儚く破壊されてしまうのかもしれない。ポランスキーが作品に込めるパラノイアは時として映画を飛び越え、現実を変容させてしまいます。渡米一作目の代表作『ローズマリーの赤ちゃん』は、ポランスキーがそんな魔を生み出してしまったおそらく最初の作品です。
「原作の持ち味を映画に完璧に写し込んだ最高の脚色」とスティーヴン・キングが絶賛した本作は何よりも第一級のエンターテインメントであり、ポランスキーの恐怖感覚が華麗に昇華された傑作です。しかし破滅を密かに待ち望むかのような、ポランスキーのマゾヒスティックな(アンモラルといってもいい)欲望も色濃く記録されており、だからこそ異常な傑作になっていることも見逃してはいけません。この作品発表の一年後、ポランスキーの人生最大の不幸(「シャロン・テート事件」)が起こったことを想う時、私たちはポランスキーが抱える業の深さに戦慄を禁じえません。その後のポランスキーの作品は(おそらくはその私生活も)この事件の記憶との相関関係の中にあります。本作は一人の映画作家の人生観を完璧に映し出すことに成功したのを引き換えに、その後の人生を狂わせてしまった、映画史的にも稀な真のホラー映画なのです。(ルー)