【2024/8/10(土)~8/16(金)】『瞳をとじて』『ファースト・カウ』// 特別モーニングショー『雨月物語』

パズー

『瞳をとじて』を観ている間、「映画ってこういうものだった」と強烈に感じる瞬間が何度か訪れた。スペインの巨匠ビクトル・エリセの実に31年ぶりの長編劇映画は、かつて映画の撮影中に失踪した俳優フリオと、それから22年が経ち、親友でもあった彼を再び探しはじめる元映画監督ミゲルの物語だ。

彼らがかつて撮影していた映画『別れのまなざし』のワンシーンから始まるこの作品は、現代のパートからミゲルの記憶(もしくは想像)の中にある過去のパートへ、時代も場所も頻繁に移ろってゆく。『ミツバチのささやき』や『エル・スール』というミニマムで箱庭のようなエリセの映画を繰り返し観てきた観客は、ほぼ会話劇のような情報の多さに少々戸惑うかもしれない。「老い」や「喪失」を描いていながら、映画の作り方は軽やかで新しい。やがて気が付くのは、エリセが過去の巨匠などではなく、現在を生きている現役の映画作家なのだということだ。

時間の経過、人生の経過。その過程で蓄積されてきた、何層にも重ねられた記憶。過去を忘れられない人と過去を捨ててしまった人が対峙するとき、人生の時計が動き出す。エリセの30年分の映画への思いをスクリーンから受け取る時間はなんて豊かなのだろう。

現代アメリカの最重要作家でありながら、日本ではやっと劇場初公開となったケリー・ライカートの『ファースト・カウ』は、西部開拓時代のオレゴンを舞台にした一風変わった西部劇だ。貧しいシェフのクッキーと中国系移民のキング・ルー、アメリカン・ドリームという言葉があまり似合わない男ふたりが、「手作りのドーナツを売る」という自分たちだけの方法で成功を掴もうとする。

ライカートの映画はいつでも、権力や地位とは遠いところにいるキャラクターを中心に据え、見逃されてしまいそうな個の視点を通して社会を俯瞰している。至極シンプルな設定だが、キング・ルーとクッキーが暮らす質素な小屋のディテールや、その土地に住む白人の有力者と先住民一族の関係、ドーナツ作りで交わされる何気ない会話、些細なシーンどれも一つ一つが丁寧で、その積み重ねによって豊潤な物語が織り上げられている。

現代のオレゴンの川岸で幕を開け、継ぎ目なく200年近く前の同じ場所に観客を誘う印象的なオープニングは、川の流れのごとく「この物語は今に繋がっているんだよ」と言われているようだ。

かつてあったもの、かつて生きた人。その記憶を掘り起こし、カメラの光を当て、まなざしを向ける。もしかしたら唯一、映画にできること、映画にしかできないことかもしれない。

暑い暑いお盆の季節。早稲田松竹では、映画の醍醐味を教えてくれる2作品を上映します。そしてさらに、エリセやライカートが常々影響を受けたと語る溝口健二の『雨月物語』も特別上映。戦乱の世で出世と欲に絡めとられる男たちと懸命に生きようとする女たちを描いた傑作中の傑作。あの世とこの世のあわいのような琵琶湖畔の荘厳で美しい映像に、暑さもひと時忘れられるかもしれません。

【モーニングショー】雨月物語 4Kデジタル復元版
【Morning Show】Ugetsu

溝口健二監督作品/1953年/日本/97分/DCP/スタンダード

■監督 溝口健二
■原作 上田秋成
■製作 永田雅一
■脚本 川口松太郎/依田義賢
■撮影 宮川一夫
■美術 伊藤熹朔
■編集 宮田味津三
■音楽 早坂文雄

■出演 京マチ子/水戸光子/田中絹代/森雅之/小沢栄/毛利菊枝/青山杉作/羅門光三郎/香川良介/上田吉二郎/南部彰三/天野一郎

■1953年ヴェネチア国際映画祭サン・マルコ銀獅子賞受賞

©KADOKAWA1953

【2024/8/10(土)~8/16(金)】上映

幽玄妖美の世界がたぐいまれな映像美として結実した、映画史に残る傑作

琵琶湖周辺に荒れくるう羽柴、柴田間の戦火をぬって、北近江の陶工源十郎はつくりためた焼物を捌きに旅に出た。従者の妻・宮木と子の源市は戦火を怖れて引返し、義弟の藤兵衛はその女房阿浜を捨てて通りかかった羽柴勢にまぎれ入った。

合戦間近の大溝城下で、源十郎はその陶器を数多注文した上臈風の美女・若狭にひかれる。しかし彼女は織田信長に滅された朽木一族の死霊だった。一方、戦場のどさくさまぎれに兜首を拾った藤兵衛は、馬と家来持ちの侍に立身する。しかし街道の遊女宿で白首姿におちぶれた阿浜とめぐりあい、涙ながらに痛罵されるのだった。

上田秋成の「雨月物語」全9篇のうち「蛇性の婬」「浅茅が宿」の2つを採り、さらにモーパッサンの「勲章」を加えて、川口松太郎、依田義賢が共同脚色。戦乱と欲望に翻弄される人々を、幽玄な映像美の中に描く。各映画誌のオールタイムベストに常に上位にランクインし、世界中の巨匠たちから愛される傑作。ビクトル・エリセとケリー・ライカートも過去のインタビューで『雨月物語』をはじめとした溝口作品に影響を受けたことを言及している。

瞳をとじて
Close Your Eyes

ビクトル・エリセ監督作品/2023年/スペイン/169分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督・ストーリー ビクトル・エリセ
■脚本 ビクトル・エリセ/ミシェル・ガスタンビデ
■撮影 バレンティン・アルバレス
■編集 アセン・マルチェナ
■音楽 フェデリコ・フシド

■出演 マノロ・ソロ/ホセ・コロナド/アナ・トレント/ペトラ・マルティネス/マリア・レオン/マリオ・パルド/ベネシア・フランスコ

■オフィシャルサイト
https://gaga.ne.jp/close-your-eyes/

© 2023 La Mirada del Adiós A.I.E, Tandem Films S.L.,
Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.

【2024/8/10(土)~8/16(金)】上映

かつての親友は、 なぜ姿を消したのか——。未完のフィルムが呼び起こす、 記憶を巡るヒューマンミステリー

映画『別れのまなざし』の撮影中に主演俳優フリオ・アレナスが失踪した。当時、警察は近くの崖に靴が揃えられていたことから投身自殺だと断定するも、結局遺体は上がってこなかった。それから22年、元映画監督でありフリオの親友でもあったミゲルはかつての人気俳優失踪事件の謎を追うTV番組から証言者として出演依頼を受ける。取材協力するミゲルだったが次第にフリオと過ごした青春時代を、そして自らの半生を追想していく。そして番組終了後、一通の思わぬ情報が寄せられた。

「海辺の施設でフリオによく似た男を知っている」——

『ミツバチのささやき』のビクトル・エリセ監督、31年ぶりの長編新作にして集大成!

1985年、伝説のミニシアター“シネ・ヴィヴァン・六本木”で記録的な動員を打ち立て社会現象を巻き起こし、今もなおタイムレスな名作として多くの映画ファンの「人生ベスト」に選ばれる『ミツバチのささやき』のビクトル・エリセ監督が、第76回カンヌ国際映画祭で31年ぶりの長編新作を発表。世界が騒然、そして歓喜する声に包まれた。

長い沈黙を破り描かれるのは元映画監督と、謎の失踪を遂げたかつての人気俳優ふたりの、記憶をめぐる 【人生】と【映画】の物語。『ミツバチのささやき』で見出されたアナ・トレントが50年ぶりに同じく“アナ”の名前を持つ女性を演じることも話題となっている。

これまでの不在を微塵も感じさせない詩情豊かに綴られるワンシーン・ワンカット、そしてラストに待ち受ける映画の始まりと未来を繋ぐ、圧倒的映画体験。ビクトル・エリセのまなざしは今、私たちに向けられる——。

ファースト・カウ
First Cow

ケリー・ライカート監督作品/2019年/アメリカ/122分/DCP/スタンダード

■監督・編集 ケリー・ライカート
■脚本 ケリー・ライカート/ジョナサン・レイモンド
■撮影 クリストファー・ブローヴェルト
■音楽 ウィリアム・タイラー

■出演 ジョン・マガロ/オリオン・リー/トビー・ジョーンズ/ユエン・ブレムナー/スコット・シェパード/ゲイリー・ファーマー/リリー・グラッドストーン

■第70回ベルリン国際映画祭コンペティション部門正式出品/2020年NY批評家協会賞作品賞受賞/インディペンデント・スピリット賞作品賞・監督賞・助演男優賞ノミネート

■オフィシャルサイト
http://firstcow.jp/

© 2019 A24 DISTRIBUTION. LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

【2024/8/10(土)~8/16(金)】上映

おいしい話にご用心。

物語の舞台は1820年代、西部開拓時代のオレゴン。アメリカン・ドリームを求めて未開の地にやってきた料理人のクッキーと、中国人移民のキング・ルー。共に成功を夢見る2人は自然と意気投合し、やがてある大胆な計画を思いつく。それは、この地に初めてやってきた“富の象徴”である、たった一頭の牛からミルクを盗み、ドーナツで一攫千金を狙うという、甘い甘いビジネスだった――!

世界中の映画人が愛し、うらやんだ傑作! 甘いドーナツで一攫千金を夢見る男たちの友情物語

現代アメリカ映画の最重要作家と評され、最も高い評価を受ける監督のひとりであるケリー・ライカート。日本で彼女の作品を観られる機会は限られていたが、2021年に監督特集上映が行われると、その作品性の高さから異例の満席回が続出し、大きな話題となった。そんな映画ファンが愛してやまないケリー・ライカート監督の作品がついに、日本の劇場初公開された。

長編7作目となる『ファースト・カウ』は、世界の映画祭でお披露目されるやいなや、たちまち絶賛の声が上がり157部門にノミネート、27部門を受賞。さらに映画人からの評価も高く、ポン・ジュノ、ジム・ジャームッシュ、トッド・ヘインズ、濱口竜介ら、名だたる監督たちが口を揃えて本作を称賛している。そんな本作の本国配給を行なったのは、いま映画ファンに最も愛される配給会社A24。作家ファーストでありながら大ヒット作を次々と世に送り出しているA24と、一貫したスタイルで映画を撮り続けているライカート監督のタッグが初めて実現。彼女の最高傑作との呼び声も高い本作が誕生した。