すみちゃん
あぁ、春だな。なぜだか『フレンチ・カンカン』でムーラン・ルージュに集まり今か今かと演目を待ち望むお客たちや、『素晴らしき放浪者』の川で溺れるブーデュの救出劇を見ている多くの見物客たちを見てそう思った。桜の木の下でいつもと違う華やかな風景に酔いしれる人々を今年は久々に見かけたからかもしれない。いつもとは違う何かを人々は心のどこかで待ち望み、熱狂する。記念すべき早稲田松竹クラシックスvol.200ではジャン・ルノワール監督特集を上映します!
人々が沸き立つ先にある華やかなショーや救出劇の裏側は、意外にも泥臭い。『フレンチ・カンカン』では新しいショーのアイディアを思いついた興行師のダングラールがダンスや歌などの才能を持つものを見出すことに夢中になるが、そこに愛憎が絡むことで資金が得られなくなったり、ケガをしたりとなかなか上手くいかない。ダンスの才能があるニニもダングラールに見出されるが、愛し愛され裏切り裏切られ…。
『素晴らしき放浪者』ではやさぐれ感満載のブーデュを助けたレスタンゴワを人々は賞賛するが、彼は女中と浮気をしているようだ。助けられたブーデュはブーデュで親切心を特に何とも思っちゃいないし、居候しているレスタンゴワ宅内を、靴磨きをしようとしただけなのにめちゃくちゃに散らかしていく始末。見物していた人々はこんなこと知る由もないのだ。
わたしたちがニュースや人から聞いただけでは全く分からない人間の細かなどうしようもない部分を、ジャン・ルノワールは見逃さない。ニニもブーデュも、ダンサーや放浪者として生きると決めるその前には、紆余曲折なんていう4文字では説明できない時間がある。ニニは愛することと、相手を尊重することに葛藤し、ブーデュは気ままに生きる故に理解されない現実を身体ひとつで体験していく。
ニニやブーデュなりの異なる生き方を、ルノワールはわたしたちに見せてくれる。生きていると小さな決断を毎日毎日しているのだけれど、そんな自分の人生と並行するように2人の人生も過ぎていく。荒々しい海のような劇的なものではなく、そっと寄り添うように流れるセーヌ川のように。まるで自然を観察するみたいに、ルノワールは人の営みを愛でているのではないかと思う。
そういえば、花見をしている人々が桜を見て写真を撮り、友人や恋人と楽しくお酒を飲んでいる姿もなんだか愛らしい光景だった。花見ができずに悔しい思いをした方は、是非この2作品を観て、ニニとブーデュの愛しさを感じてくれたらと思う。
フレンチ・カンカン HDマスター版
French Cancan
■監督・脚色・台詞 ジャン・ルノワール
■原案 アンドレ=ホール・アントワーヌ
■撮影 ミシェル・ケルベール
■美術 マックス・ドゥーイ
■音楽 ジョルジュ・ヴァン・パリス
■ダンス指導 クロード・グランジャン
■編集 ボリス・ルウィン
■監督見習い ジャック・リヴェット/ポール・セバン
■出演 ジャン・ギャバン/フランソワーズ・アルヌール/マリア・フェリックス/フィリップ・クレイ/ミシェル・ピッコリ/ジャンニ・エスポジート/エディット・ピアフ/パタシュー/アンドレ・クラヴォー/ジャン・レイモン
© 1954 Gaumont – Jolly Films
【2023年4月8日から4月14日まで上映】
甘く切ないムーラン・ルージュ誕生の物語
1888年のパリ。興行師のダングラールは自身の経営する寄席の負債に頭を抱えていた。そんなある日、彼はモンマルトルの場末のキャバレー「白女王」で、旧式なカンカンを踊る洗濯娘ニニに出会う。失意のどん底にあったダングラールに、一つのアイディアが閃いた。このカンカン踊りこそ新しいショウだ! さっそくダングラールは「白女王」を買い取り、ニニを説得して踊り子として雇う。かくして改築された「白女王」は「赤い風車(ムーラン・ルージュ)」として生まれ変わり、着々と開店の準備は進められるのだが…。
映画史に残る、巨匠ルノワールの傑作オペレッタ!
『フレンチ・カンカン』は巨匠ジャン・ルノワールが15年ぶりに故郷パリに帰って自ら製作、監督した、『河』『黄金の馬車』に次ぐ三本目のカラー映画。"ベル・エポック"と呼ばれる古き良き時代のパリを舞台に、パリの象徴でもある「ムーラン・ルージュ」の創始者シャルル・ジードレルを中心とした、芸に生きる者たちの群像を描いた人生の大絵巻。父オーギュスト・ルノワールの血を受けて、祖国フランスへのひたむきな愛情が注がれている。
主人公ダングラールを演じるのは、ルノワール作品の常連でもある名優、ジャン・ギャバン。踊り子ニニにはフランソワーズ・アルヌールが扮している。また、当時のシャンソン界の大物が多数出演しているのも見所。エディット・ピアフをはじめ、パタシュー、アンドレ・クラヴォー、ジャン・レイモンの4大歌手が特別出演している。ラスト20分に及ぶ圧巻のカンカン踊りに心踊らされ、コラ・ヴォーケールが歌う主題曲“モンマルトルの丘”に涙する、フレンチ・ミュージカル永遠の傑作!
素晴らしき放浪者
Boudu Saved from Drowning
■監督・脚色・脚本 ジャン・ルノワール
■原作 ルネ・フォーショワ
■撮影 マルセル・リュシアン
■音楽 ラファエル/ヨハン・シュトラウス
■出演 ミシェル・シモン/シャルル・グランヴァル/マルセール・エニア/セブリーヌ・レルシンスカ/セヴェリーヌ・レルシンスカ/ジャン・ダステ/マックス・ダルバン/ジャン・ジェレ/ジャック・ベッケル/ジョルジュ・ダルヌー
Images Courtesy of Park Circus/Pathe Films S.A.S
【2023年4月8日から4月14日まで上映】
水は流れ、人生は続く。すべては気のむくままに。
ブーデュは気ままな放浪者。この世は楽しくないとセーヌに身を投げたところ、古本屋のレスタンゴワに助けられ、ブーデュを崇めるレスタンゴワの計らいで家に居候することに。食事や寝るところも提供され世話になるブーデュだが、突如横柄な態度をとりはじめる。あげくに、レスタンゴワの奥さんや愛人にまで手を出す始末。当然のことながら、レスタンゴワの不満が募っていくのだが…。
名優ミシェル・シモンの伸び伸びとした存在感と演技が光る。ルノワール監督ならではの映像美に彩られ幸福に包まれた傑作コメディ。
『素晴らしき放浪者』(原題「水から救われたブーデュ」)は1932年に製作された不朽の傑作であるが、真価が理解されるようになったのは1950年にアンドレ・バザンを中心としたヌーヴェルヴァーグを形成する映画作家たちが主人公のブーデュを自分たちの心のアイドルとして賞讃したことにあった。
ルネ・フォーショワの戯曲である「水から救われたブーデュ」は、1925年、パリで初演された。原作では本屋のレスタンゴワが主人公で、ブーデュは象徴的な端役でしかなかったが、演劇界で1,2の人気を争うミシェル・シモンがこの役を演じたことにより大人気を博した。この戯曲をもとに、ルノワールは原作を大きく改変し、自由奔放なブーデュの映画を作り上げた。本作はジャン・ルノワールとミシェル・シモンの素晴らしき出会いがあってこその映画史上不滅の、永遠の若さを獲得した映画である。