牛
ブレッソンの映画は、常に孤独に満ちている。彼の作り出す余白が余計にそうさせているのかもしれない。
今回上映する2つの作品は、日本で長らく上映される機会がなかった幻の作品。彼のフィルモグラフィーの中でも後期に製作された『たぶん悪魔が』と『湖のランスロ』の2本を上映します。
『たぶん悪魔が』は、主人公シャルルの自殺を報じる新聞記事が映し出される冒頭から彼が死に至るまでの絶望を、『湖のランスロ』では、血なまぐさい殺害シーンからはじまり、主人公ランスロの禁断の恋の苦悩、騎士道精神が崩壊していく様が描かれます。
どちらの作品も、1人の人間の孤独と苦悩が纏わりついてくるにも関わらず、カメラはそれらを私たちに見せつけてくることはありません。「モデル」と呼ばれた舞台装置である彼らの抑揚のない喋り方は、どこか他人事のように通り抜けていきます。
その一方で、常に存在している環境音が、物語をまるで現実の出来事かのように私たちを惑わせます。木々が伐採される音や交通事故の音、鬱蒼とした森の中を駆ける馬の足音や甲冑の掠れる音。現実と虚像の境目が分からなくなるその時、彼らの孤独の淵が姿を覗かせるのです。
きわめて抑制された表現の中だからこそ、観る者に豊かな想像の余白を与えるブレッソンのスタイルは、決して他の誰にも成せることではありません。シャルルが弾丸を見つめるときの絶望を、ランスロが最後に見た景色を、空白の部分を埋めてみることで彼らの孤独に近づけるのかもしれません。
ブレッソンの映画でしかできないものが極まった2作。是非劇場の大きなスクリーンと音響で体感していただきたいです。
湖のランスロ
Lancelot of the Lake
■監督・脚本・台詞 ロベール・ブレッソン
■製作 ジャン・ヤンヌ/ジャン=ピエール・ラッサム /フランソワ・ローシャ
■撮影 パスクァリーノ・デ・サンティス
■音楽 フィリップ・サルド
■出演 リュック・シモン/ローラ・デューク・コンドミナス/アンベール・バルザン/ウラディミール・アントレク=オレスク/パトリック・ベルナール
■1974年カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞受賞
© 1974 Gaumont / Laser Production / France 3 Cinema (France) / Gerico Sound (Italie)
【2022年10月15日から10月21日まで上映】
騎士道精神の崩壊と許されざる恋を描いたブレッソン悲願の企画
時は中世。城に帰還したものの、聖杯探しに失敗し多くの戦死者を出したアルテュス王の円卓の騎士たち。その中のひとり、ランスロは王妃グニエーヴルとの道ならぬ恋に苦悩していた。神に不倫をやめると誓うランスロだったが、グニエーヴルにその気はない。仲間のゴーヴァンはランスロを心配するものの、権力を手に入れようと企むモルドレッドは罪深きランスロを貶め、自分の仲間を増やそうと暗躍する。団結していたはずの騎士の間に亀裂が入り始め、思わぬ事態が引き起こされるのだった……。
アーサー(アルテュス)王伝説に登場する王妃グニエーヴルと円卓の騎士ランスロの不義の恋を中心に、騎士道精神が崩壊していく様を現代的視点で描いた時代劇。監督三作目の『田舎司祭の日記』(50)の直後に製作しようとしたものの予算の問題などで挫折。その後も何度か映画化を試みるも成立しなかった企画が20年以上経ってついに実現、ブレッソン渾身の一作として迎えられ、第27回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞した。
騎士たちのショッキングな殺戮シーンから始まるという従来のブレッソン作品からは想像もつかないような異色作でありながら、王への忠誠心、王妃への愛、そして神への誓いの間で苦悶する主人公はじめ、全編ブレッソン独自の美学に貫かれている。撮影は『ベニスに死す』(71)といったヴィスコンティ監督作や『たぶん悪魔が』『ラルジャン』(83)などのパスクァリーノ・デ・サンティス。
たぶん悪魔が
The Devil, Probably
■監督・脚本・作詞 ロベール・ブレッソン
■製作 ステファン・チャルガジエフ
■撮影 パスクァリーノ・デ・サンティス
■音楽 フィリップ・サルド
■出演 アントワーヌ・モニエ/ティナ・イリサリ/アンリ・ド・モーブラン/レティシア・カルカノ
■1977年ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員特別賞)受賞
© 1977 GAUMONT
【2022年10月15日から10月21日まで上映】
死の誘惑にとりつかれて彷徨う若者が、壊れゆく世界の果てで見つけたのは……孤高の映像作家ロベール・ブレッソン美学の到達点
裕福な家柄の出でありながら自殺願望に取り憑かれている美しい青年シャルルは、政治集会や教会の討論会に顔を出しても違和感を抱くだけで何も解決しない。環境問題の専門家である親友のミシェルや、シャルルに寄り添おうとするふたりの女性、アルベルトとエドヴィージュらと同じ時間を共有しても死への衝動を断ち切ることができない。冤罪で警察に連行されたシャルルは一層虚無に苛まれ、やがて銃を手にする……。
自然破壊が進み、社会通念が激変しつつある1970年代のパリを舞台に、ひとりの若者の死と生を見つめる終末論的な本作。本国フランスでは18歳未満の鑑賞が禁じられたほどの絶望に満ちた内容、急進的な社会批判などが影響してか我が国では長らく日の目を見ることがなかったが、国際的には〈シネマトグラフ〉のひとつの到達点として高い評価を受け、その証拠に第27回ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員特別賞)を受賞している。
深刻な社会不安、環境危機が叫ばれる今だからこそ観られるべき作品であると同時に、ブレッソンは普遍的な個人の危機を丹念に見つめる。もちろんキャストは非職業俳優でありながら、フランソワ・トリュフォーはこの作品を「すばらしく官能的」な作品であるとして、特にメイン4人の若者たちの美しさを称賛している。撮影は『湖のランスロ』と同様パスクァリーノ・デ・サンティス。
ブレッソンは、ある意味で、一本一本の作品を撮るたびに、起源を創り出しています。なぜなら作品毎に、すべてをあるはずもないような方法で再び創造し直そうとする意志が存在しているのですが、最終的にはそれが途方もない真実である結果を生み出すからです。
——アンベール・バルザン(『湖のランスロ』出演、『たぶん悪魔が』助監督)
訳:坂本安美 「ロベール・ブレッソンの映画」より一部抜粋