ぽっけ
ジム・ジャームッシュのアウトサイダー(よそ者)としての歩みはそのフィルモグラフィのはじまりからはっきりしている。
最初の長編映画である『パーマネント・バケーション』でさえ、ロード・ムーヴィーに見られる“自分探し”の物語として内面的な部分だけで見るには余りある多くのボリュームを秘めている。それにも関わらず、この無軌道な人々の姿を気に入った者たちにとって、ジム・ジャームッシュの初期作品はある種特権化されてきたとも言えるし、時代のアイコンとして消費されて続けてきたとも言える。しかしジム・ジャームッシュ作品を見ることの面白さはむしろそのアンビジブルなボリュームを想像することではないだろうか。一体なぜ16歳のアリーが漂流し続けるNYの街はこんなにも荒廃しているのだろうか。スペイン語の歌を歌う女性、ヘリコプターの音に身をふせるベトナム帰還兵。部屋で自分を待つ恋人、皆どこか画面の外を一様に見つめ、心ここに有らずだ。
今回上映する初期の3本の映画にはどの作品にも「同じところにとどまることができない」登場人物たちの姿がある。ましてや彼らは自分が同じところにいることができないだけでない。行く先々で周囲の人間を巻き込み「ここではない、どこか」のことを夢想させる会話に興じる。それは目の前にある「いま、ここ」だけでなく、観客の目にうつるスクリーンの外側への想像力を刺激する。ジム・ジャームッシュが、インディペンデント作家としてここまで有名なのにも関わらず、今日まで大きなバジェットの映画製作から声をかけられながらも、巧みに身をかわしながら、そのアクチュアリティを保ち続けているのは、この画面外の想像力に対する徹底した哲学があったからに違いない。
それでは『パーマネント・バケーション』からずっと外側を歩み続けるジム・ジャームッシュは、どこにも留まることがないかと言えばそうではない。むしろ彼の映画の主人公たちはどこにも住んでいないというよりは「どこにでも住んでいる」と言うべき存在だ。移動するたびにどこかに留まり、少しずつ根を伸ばす。ジャームッシュの映画にいつからかキノコがそのユニークな姿とともに会話の中に現れるようになったのは、胞子と菌糸という二種類の「目にみえにくい」生育の仕方をするそのキノコの生態とどこか似たものを感じると言ったら言い過ぎだろうか。気づけば世界中のインディペンデント映画作家のみならず、ミュージシャンやアーティストまで、ジム・ジャームッシュの菌糸は広がって、つながり続けている。このどこからでもアクセスできるような有機的なジム・ジャームッシュの宇宙は『パーマネント・バケーション』のそぞろ歩きから始まった。さぁ、すでに見た人もまだ見たことのない人も、ジャームッシュと一緒にアウトサイドを歩いてみませんか。
パーマネント・バケーション
Permanent Vacation
■監督・製作・原案・脚本・編集 ジム・ジャームッシュ
■撮影 ジェームス・A・レボヴィッツ/トム・ディチロ
■音楽 ジム・ジャームッシュ/ジョン・ルーリー
■出演 クリス・パーカー/ジョン・ルーリー/リーラ・ガスティル/リチャード・ボーズ/サラ・ドライヴァー/マリア・デュバル
© 1980 JIM JARMUSCH
【2022年2月5日から2月11日まで上映】
ニューヨーク大学在学中に卒業制作として撮影された、ジャームッシュ初の長編映画。
16才のアリーは眠れないままニューヨークを漂流している。人は住む部屋に似ていて、定着してしまえばおしまいだ。そうならないために、追いかけてくるものの一歩先を動いていること、というのがアリーのおぼろげな感覚だが、女友達のリーラにそれを伝えるのもむなしい。ロートレアモンの<マルドールの歌>を乱暴に読みちらかし、窓の外を眺めるアリーを、トランス感覚が襲う――
ニューヨーク大学大学院映画学科での卒業作品として出発しながら、ジャームッシュは作品のために授業料をつぎこんで、作品は堂々と完成したが卒業はしそこなったという、いわくつきの処女作。主人公の少年アリーは周囲のアウトサイダーたちとの出会いと別れを繰り返し、自己の旅の行先を徐々に見出していく。
小津、溝口、ドライヤー、ブレッソン、ゴダール、リヴェット、サミュエル・フラーの名作からうけた影響と、19世紀フランス詩人たちから現代の構造主義文学まで真摯に追う学究はだの性格、そして生地オハイオ州アクロンから17才でニューヨークに出た時に最初にしたことが<デル・ビザンティンス>というロック・バンドづくりだったというミュージシャンの素地とが、『パーマネント・バケーション』の、青春の地獄めぐりのどろっとして不思議に透明な感覚の背景にある。
――公開当時のパンフレット・チラシより一部抜粋
ストレンジャー・ザン・パラダイス
Stranger Than Paradise
■監督・脚本 ジム・ジャームッシュ
■製作 サラ・ドライヴァー
■撮影 トム・ディチッロ
■編集 ジム・ジャームッシュ/メロディ・ロンドン
■音楽 ジョン・ルーリー
■出演 ジョン・ルーリー/エスター・バリント/リチャード・エドソン/セシリア・スターク
■1984年カンヌ国際映画祭カメラドール/ロカルノ国際映画祭グランプリ/全米批評家協会最優秀作品賞
© 1984 CINESTHESIA PRODUCTIONS INC. New York All Rights Reserved
【2022年2月5日から2月11日まで上映】
ジャームッシュの原点であり、アメリカン・インディーズ映画界の金字塔
NYで自由気ままに暮らしていたウィリーはある日、叔母の頼みでハンガリーから渡米した従妹のエヴァを預かることに。初めは噛み合わない2人だったが、同じ時間を過ごすうちに徐々に打ち解けていく。ウィリーの親友、エディも加わり3人の取り留めのない日々が始まった。
「新世界」「一年後」「パラダイス」からなるエピソードで綴られる異邦人たちの物語。主演も兼ねたジョン・ルーリーが一度聴いたら離れなくなる音楽を担当した。ジャームッシュの原点であり、奇妙なおかしさと頽廃が感じられる独特のオフビート感で今尚アメリカン・インディーズ映画界の金字塔。
「『ストレンジャー・ザン・パラダイス』は天国よりも不思議(ストレンジ)な現代アメリカに生きる3人の若い主人公を、シンプルなモノクローム映像と、目のさめる新鮮な感覚で描く、新しい青春映画の傑作だ」――公開当時のチラシより抜粋
ダウン・バイ・ロー
Down by Law
■監督・脚本 ジム・ジャームッシュ
■撮影 ロビー・ミュラー
■編集 メロディ・ロンドン
■助監督 クレール・ドゥニ
■音楽 ジョン・ルーリー
■出演 トム・ウェイツ/ジョン・ルーリー/ロベルト・ベニーニ/ニコレッタ・ブラスキ/エレン・バーキン
© COPYRIGHT 1986 BLACK SNAKE INC
【2022年2月5日から2月11日まで上映】
撮影監督ロビー・ミュラーとタッグを組んだ、ジャームッシュ・ワールドの集大成的3作目
不良のジャック、ラジオDJのザック、そしてイタリア人のロベルトがニューオリンズの刑務所、同じ房のなかで出会う。ある日、偶然見つけた抜け穴から3人はなんと脱獄に成功。外の世界では行く当てもなく、目的地のない珍道中が繰り広げられていく。
カリスマ・ロックシンガーのトム・ウェイツが映画初主演、ロベルト・ベニーニ共演、ジャズのふるさとニューオリンズを舞台にしたジャームッシュの長編3作目。ヴェンダース作品で知られる名撮影監督ロビー・ミュラーを迎え、ファンの間でも特に人気の高い作品。
「新人らしいみずみずしさと破天荒ぶりはいささかも変わらない。シナリオは現地に行かずに書いた。なまけたのではなく、ミュージシャンとしてつちかってきたニューオリンズへの憧れと、犯罪小説や30~40年代の暗黒映画で自らのなかに育ててきたイメージに賭けることが大事だったのだ。」――公開当時のチラシより抜粋