2026.07.16

スタッフコラム「シネマと生き物たち」byミ・ナミ

生き物との偶然の出会いはいつでも喜ばしいのですが、旅先での遭遇はまたこの上ない幸せなものです。先月、韓国のとあるギャラリーを訪問したときのこと。目的地である雑居ビルの階段を上がり、その先にあったドアを開けると、奥から一頭の犬が小走りで私を迎えてくれました。予想外の遭遇だったこと、そして何よりとびきり愛らしい子だったせいもあり、私はしばしこの看板犬・レモンちゃんにほおを緩ませてしまいました。ソウルの乙支路にあるギャラリーと本屋を兼ねたtree likes waterさんというお店ですので、機会があればぜひ行ってみてください。https://treelikeswater.com/index.html#none

レモンちゃんの余韻に浸りつつソウルの街を歩いていた私は、ふと同じような犬を見た経験を思い出しました。「モノトーンの模様に長めの毛足…そうだあの映画!」。というわけで今回ご紹介する作品は、ジュスティーヌ・トリエ監督の『落下の解剖学』です。

本作は、ベストセラー作家サンドラがある日突然夫殺しの嫌疑をかけられたことから巻き起こる騒動を描く、当館でも上映したサスペンスです。サンドラの息子で視覚障害のあるダニエルが飼うスヌープが、とにかく余人(犬?)を以て代えがたい演技を見せてくれるのです。映画の冒頭、人里離れた雪山の山荘の室内が映るとともに、カメラは木の階段を弾みながら落ちてくるテニスボールを捉えます。そして続くのは、すぐさまボールを追ってきたスヌープの全身ショット。そばではインタビューを受けているサンドラの声が聞こえてくるのですが、私のような偏愛家ならずとも、このファーストショットで登場したスヌープが見せる「会話に少し聞き耳を立てながら止まり、すぐさま去る」という所作の完璧さに驚くのではないでしょうか。スヌープといえば、あるクライマックスシーンが名場面としてよく挙げられると思うのですが、実は登場するほぼ全シーンで記憶に残る名演を見せてくれているのです。

この作品でパルム・ドッグを受賞したスヌープ役のメッシくんは、ボーダー・コリーという、牧羊犬として世界でもっとも使われている犬種です。8世紀後半から11世紀にかけて、ヴァイキングがスカンディナヴィア半島からイギリスへ持ち込んだトナカイ用の牧畜犬がルーツとなり、のちに土着の牧羊犬やラフ・コリー(イギリスのスコットランド原産の牧羊犬種)と交雑していったのだそうです。実は店主の方に聞きそびれてしまったため、レモンちゃんがボーダー・コリーなのか厳密には分かりませんでした。ただ調べによるとボーダー・コリーは、牧羊犬としての作業能力が最重視されたために外観やサイズの統一性があまり無いのだそうです。なので柄や体形が若干違うレモンちゃんとメッシくんは、同系統と言っても間違いない気もします。すっかりレモンちゃんが忘れられなくなった私は、もしまたtree likes waterさんに行ったら、レモンちゃんもメッシくんのような名演を披露してくれるかも…なんて淡い期待を抱いてしまうのでした。

(ミ・ナミ)