かつて反体制のアングラ文化というニュアンスの強かった「サブカルチャー」という言葉は、70年代後半から80年代にかけて、軽やかで様々な表現がやわらかに交錯する「サブカル」へと静かに変化していきました。『素敵なダイナマイトスキャンダル』はその流れを牽引した稀代の雑誌編集者 末井昭氏の半生を描く伝記映画です。

本作で印象的なのはその語り口のやさしさです。荒木経惟や赤瀬川原平といった芸術家・文化人が流入していたとはいえ、彼の作る雑誌はあくまでもエロ雑誌。自ずと露悪的になりそうな題材ですが、冨永監督はエロ文化周辺に生きる個性的な男女を飄々と描き出しており、全編に渡って不思議な爽快感を湛えています。それに加えて俳優たちの所作や言動、ロケーションやファッション、美術の一つひとつを通して主人公が駆け抜けていった60年代〜80年代の時代の変遷を物語る、考えに考え抜かれた演出設計は圧巻です。

ここでは冨永監督の本来のアヴァンギャルドでアナーキーな持ち味が円熟した演出術と溶け合い、ややマニアックな題材でありながら誰もが楽しめる一級の娯楽映画へと見事に昇華されているのです。同じポルノ業界周辺を舞台にしたP・T・アンダーソン監督『ブギーナイツ』に勝るとも劣らない、過激さと繊細さを併せ持った傑作です。

昭和の終わりを飄々とやり過ごしていく『素敵なダイナマイトスキャンダル』の主人公とは対照的に、『孤狼の血』で描かれるのは血と泥にまみれて闘う男たちの姿です。実質的に昭和最後の年である88年は暴力団対策法施行前夜。暴力団組織がどんどんアンダーグラウンド化していく風潮の中で、時代に逆行するように抗争を繰り広げる男たちの熱量に満ちた生き様には、ヤクザ映画が作られにくくなった現在にこの作品をあえて問う作り手たちの姿が重なって見えます。その気概に共鳴するように、役所広司や松坂桃李、竹ノ内豊といった俳優たちが今までのイメージを覆すような殺気に満ちた熱演を見せてくれるところが見所です。

白石監督は暴力団内部のパワーゲームや警察と暴力団の癒着関係を批判的に描きながら、そこから見えてくる善や悪ときっぱりとは分けられないグレーな人間像も臆することなく描いていきます(警察との関係性は『素敵なダイナマイトスキャンダル』の出版社と警察との関係性と比べて見るのも面白いと思います)。コンプライアンスが過剰に尊重される今、あえて臭いものには蓋をしない態度に貫かれた重量級の一本です。

(ルー)

素敵なダイナマイトスキャンダル
(2018年 日本 138分 DCP R15+ ビスタ) pic 2018年9月1日から9月7日まで上映 ■監督・脚本 冨永昌敬
■原作 末井昭「素敵なダイナマイトスキャンダル」(ちくま文庫刊)
■撮影 月永雄太
■編集 田巻源太
■音楽 菊地成孔/小田朋美
■主題歌 尾野真千子/末井昭「山の音」

■出演 柄本佑/前田敦子/三浦透子/峯田和伸/松重豊/村上淳/尾野真千子

©2018「素敵なダイナマイトスキャンダル」製作委員会

芸術は爆発だったりすることもあるのだが、
僕の場合、お母さんが爆発だった――

pic バスも通らない岡山の田舎町に生まれ育った末井少年は、7歳にして母親の衝撃的な死に触れる。肺結核を患い、医者に見放された母親が、隣家の若い男と抱き合いダイナマイトに着火&大爆発! 心中したのだ──。

青年になり上京した末井昭は小さなエロ雑誌の出版社へ。のち編集長として新感覚のカルチャー・エロ雑誌を創刊。奮闘する日々の中で荒木経惟に出会い、さらに錚々たる表現者たちが末井のもとに参集するのだった。

数奇な運命を背負った雑誌編集長の
《笑いと狂乱》の青春グラフティ

pic 母親が隣家の若い男とダイナマイト心中!という、まるで嘘のような実体験をもつ稀代の雑誌編集者・末井昭が綴り、1982年に刊行されて以来版を重ねている自伝的エッセイがついに映画化された。監督と脚本は『南瓜とマヨネーズ』の冨永昌敬。本作は、末井昭の人生と言葉に感銘を受けた監督自身の持ち込み企画で、7年越しの想いが叶い念願の映画化となった。おおらかで猥雑な時代のなかで、さまざまな人との出会いと別れを繰り返し、夢と現実のはざまで自分らしく生きる術を身につけてゆく主人公の屈託を、やさしく描き出してゆく。

エキサイティングな人生を激しく、しかし飄々と歩む末井青年に扮するのは柄本佑。18歳から40歳までの主人公の浮き沈みを、60年代からバブル期までの時代の空気を色濃く感じさせながら演じきり、原作者の末井本人からも「他人の気がしない」とお墨付きを得た。末井を翻弄するファムファタールたちを演じるのは前田敦子、三浦透子、尾野真千子。その他、峯田和伸(銀杏BOYZ)や嶋田久作、松重豊、村上淳ら名バイプレーヤーが、末井をとりまく人間模様に彩りを添える。

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孤狼の血
(2018年 日本 126分 DCP R15+ シネスコ)
pic 2018年9月1日から9月7日まで上映 ■監督 白石和彌
■原作 柚月裕子「孤狼の血」角川文庫刊
■脚本 池上純哉
■撮影 灰原隆裕
■編集 加藤ひとみ
■音楽 安川午朗

■出演 役所広司/松坂桃李/真木よう子/滝藤賢一/中村倫也/阿部純子/中村獅童/竹野内豊/音尾琢真/駿河太郎/矢島健一/ピエール瀧/田口トモロヲ/石橋蓮司/江口洋介

©2018「孤狼の血」製作委員会

警察じゃけぇ、何をしてもえぇんじゃ

pic昭和63年。暴力団対策法成立直前の広島・呉原。そこは、未だ暴力団組織が割拠し、新たに進出してきた広島の巨大組織・五十子会系の「加古村組」と地場の暴力団「尾谷組」との抗争の火種が燻り始めていた。そんな中、「加古村組」関連企業の金融会社社員が失踪する。失踪を殺人事件と見たマル暴のベテラン刑事・大上と新人刑事・日岡は事件解決の為に奔走するが、やくざの抗争が正義も愛も金も、すべてを呑み込んでいく…。

抗え、生き残れ、男たち。
躰が痺れる、恍惚と狂熱のエンターテインメント!

pic 昭和63年の広島の架空都市・呉原を舞台に、刑事、やくざ、そして女が、それぞれの正義と矜持を胸に、生き残りを賭けて戦う生き様を描いた映画『孤狼の血』。「警察小説×仁義なき戦い」と評される同名原作を、『凶悪』『彼女がその名を知らない鳥たち』の白石和彌監督が映画化した。決して地上波では許されない暴力描写とエロス、耳にこびりつく怒号と銃声。飢えた狼たちの物語を、極上のハードボイルドエンターテインメントに昇華させている。

マル暴のベテラン刑事・大上を演じるのは、日本映画界を代表する名優・役所広司。エリート新人刑事・日岡には松坂桃李。そのほか江口洋介、真木よう子、中村獅童、ピエール瀧、竹野内豊、石橋蓮司らバラエティ豊かな俳優陣による演技合戦がスクリーンに炸裂する。

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