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夜が明ける頃、恋人の家を抜け出した少年が仲間とサーフィンをするために海へと向かう。まだ誰もいないル・アーヴルの静かな海に、サーフボードを抱えて入っていく少年たち。思い思いに波に乗り、漂いながら、大きな波のサークルに飲みこまれていく。

映画の静けさのなかに、わたしたちの鼓動を掴み、息を詰まらせる空虚で冷たい感触がある。「あさがくるまえに」の美しく寡黙なオープニングのシークエンスは、豊かな生の実感であり、ゆっくりとこの物語に近づいてくる新たな出来事、新たな時間の訪れを告げる予兆だ。臓器移植のドナーとレシピエントである2つの家族めぐるこの物語は、1つの心臓を橋渡しする人々の繊細な感情と緻密な行動が丁寧に連ねられている

カテル・キレヴェレ監督の長編三作目になる本作は、国際的な注目を集める彼女の野心作と言える。ベテラン脚本家のジル・トーランと組み、ベストセラーになったメイリス・ド・ケランガルの同名小説(原題 Reparer les vivants)を映画化した。冒頭のシーンから画面を満たす水のイメージは手術室や滅菌服のブルーと重なり、映画全体の基調を作り出す。

前2作品でメロドラマに定評のある彼女の語り口は、断片など一切感じさせないほど滑らだ。物語を進める手はひとときも休めないのに、物語の進行ために利用されるキャラクターや説明は一切ない。現実と同じように関わる全ての人物に繊細で豊かな感情が宿っているのだ。その感情の連なりが生み出すシンプルで一定のリズムは、いつしかこの映画にとっての重要な瞬間を演出する。そこに介在する人々の感情を織り込み、積み上げられた時間の堆積が、はっとするような生命のか細くも神秘的なきらめきを呼び込んでくれるのだ。

『あさがくるまえに』が静の映画だとしたら、同様に空虚さと冷たい感触を持ちつつも興奮に観客を巻き込んでいく『グッド・タイム』は動の映画だ。クライムサスペンスらしく、ノンストップで次々と事件に巻き込まれていくこの映画は騒々しいが同時に寡黙でもある。知的障害を抱えた弟を犯罪に巻き込み、あげくの果てに逃亡犯となってしまうNYの最下層に暮らす男を描いたこの物語は、やることなすことが負の連鎖を巻き起こしてしまう一日の出来事である。

『グッド・タイム』の主人公コニー・ニカスは、弟を保護しようとする精神科医や祖母から彼を救い出そうとしている。しかし、そのために奔走する彼の行動は衝動的で行き当たりばったりだ。本来出会った人を途端に魅了してしまうカリスマ性を備えたコニーだが、彼はすぐに他人を利用する。騙して利用しては逃げ出し、逃げてはまた人を騙す。彼の弟への必死な思いと、魅力的で真剣なまなざしは観客さえ味方につけてしまうほどで、悪行を積み重ねて危機を回避すればするほど観客は彼を応援してしまい、彼をヒーローにしていく。この最下層の生活から弟と一緒に抜け出そうと奔走する彼の魅力に巻き込まれたこの時間こそは、この映画を観る最良の興奮だろう。しかし、それだけではないのだ。

ジョシュ&ベニー・サフディ兄弟の長編劇映画四作目にあたる本作は、NYのクイーンズで生まれ育った彼らがロバート・パティンソンを主演に迎えて地元を舞台に撮った作品だ。NYの現実の知る彼らは、クイーンズにもあるだろう富裕層の居場所を避け、街の汚い側面を意識的に選択している。貧困層の暮らしと、NYの現実。不思議なことにコニーはそういう場所にばかり行く。彼は(お世辞にも美人とは言えない)50歳近い恋人からお金を巻き上げ、黒人の老夫婦や少女を騙す。無意識かもしれないが、最下層に暮らす自分よりも下だと思う人間ばかりを騙しているのだ。

こんなに「バッド」な時間ばかりが連なるこの映画はなぜ「グッド・タイム」と呼ばれるのだろう。それは弱者を騙すことに何の躊躇いもないコニーが助けが必要な弟に自分の価値を担保させ、そんなところにおさまっていい気になっている瞬間のことだろうか。そのヒントはこの物語でほぼ唯一のリッチな白人の精神科医がラストシーンで弟を介護厚生施設に収容するときに発する「おさまるべきところにおさまる」という言葉に隠されているような気がする。

(ぽっけ)

グッド・タイム
Good Time
(2017年 アメリカ 100分 DCP R15+ シネスコ) pic 2018年2月10日から2月16日まで上映 ■監督 ジョシュ・サフディ/ベニー・サフディ
■脚本 ロナルド・ブロンスタイン/ジョシュ・サフディ
■撮影 ショーン・プライス・ウィリアムズ
■編集 ロナルド・ブロンスタイン/ベニー・サフディ
■音楽 ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー

■出演 ロバート・パティンソン/ベニー・サフディ/ジェニファー・ジェイソン・リー /バーカッド・アブディ/バディ・デュレス

■2017年カンヌ国際映画祭コンペティション部門選出作品

©2017 Hercules Film Investments, SARL

愛するヤツをこの街から救い出す!

pic ニューヨークの最下層で生きるコニーと弟ニック。2人は銀行強盗を行うが、弟だけ捕まり投獄されてしまう。コニーは言葉巧みに周りを巻き込み、夜のうちに金を払って弟を保釈するよう奔走する。しかしニックは獄中で暴れ病院送りになっていた。それを聞いたコニーは、病院に忍び込み警察が監視するなか弟を取り返そうとするが――。

『神様なんかくそくらえ』のサフディ兄弟最新作
アメリカのストリートの今を描く
最高にクールなクライム・ムービー!

pic『神様なんかくそくらえ』(2014年の東京国際映画祭グランプリ・監督賞W受賞)で注目を浴びたジョシュ&ベニー・サフディ兄弟。最新作『グッド・タイム』は、彼らの地元ニューヨーク、クイーンズの貧困層地区を舞台に、強盗に失敗した兄弟の迷走の一夜を描いたクライム・アクションムービーだ。第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品され、シドニー・ルメット『狼たちの午後』やマーティン・スコセッシ『タクシードライバー』など、都市に潜む狂気と混乱を描き出した傑作の系統を受け継ぐと評された。

主演は、『トワイライト』シリーズで一躍有名になり、近年は『マップ・トゥ・ザ・スターズ』『ディーン、君がいた瞬間(とき)』など著名監督の作品にも次々と出演しているロバート・パティンソン。NYの底辺で人の道を外しながらも弟を救おうともがく男を演じ、“キャリア史上最高の演技”と絶賛された。弟ニック役はベニー・サフディが監督と兼任し出演している。また音楽にも監督自ら力を注ぎ、イギー・ポップも参加したサントラは<カンヌ・サウンドトラック賞>を受賞した。

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あさがくるまえに
Reparer les vivants
(2016年 フランス・ベルギー 104分 DCP PG12 シネスコ)
pic 2018年2月10日から2月16日まで上映 ■監督・脚本 カテル・キレヴェレ
■脚本 ジル・トーラン
■原作 メイリス・ド・ケランガル
■撮影 トマ・アラリ
■音楽 アレクサンドル・デスプラ

■出演 タハール・ラヒム/エマニュエル・セニエ/アンヌ・ドルヴァル/ドミニク・ブラン/ギャバン・ヴェルデ/クール・シェン/フィネガン・オールドフィールド

■2016年ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門正式出品/トロント国際映画祭オフィシャルセレクション

© Les Films Pelleas, Les Films du Belier, Films Distribution / ReallyLikeFilms

たったいちにち、
それでも
あたらしいあさはくる――

picル・アーヴル。夜明け前、ガールフレンドがまだまどろみの中にいるベッドを抜け出し、友人とサーフィンに出かけたシモン。しかし彼が再び彼女の元に戻ることはなかった。帰路、彼は交通事故に巻きこまれ、脳死と判定される。医師はシモンの両親に移植を待つ患者のために臓器の提供を求めるのだが…。

パリに住む音楽家のクレールは末期の心臓病である。生き延びるためには心臓移植しか選択肢はない。しかし彼女は、若くない自分が延命することの意味を自問自答している。そんな時、担当医からドナーが見つかったとの連絡が入る――。

ベストセラー小説を新しい感性で映画化!
仏・気鋭の女性監督カテル・キレヴェレが贈る
紡がれる愛と喪失、そして再生の物語。

pic これまで二本の長編作品を発表し、いずれの作品もカンヌ国際映画祭の二つのセクション で開幕上映作品に選ばれるという栄誉あるデビューを果たしたカテル・キレヴェレ。『あさがくるまえに』もヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門に選ばれ、各国のメディアにこぞって絶賛された。彼女は、ミレニアム世代の監督たち(デイミアン・チャゼル、グザヴィエ・ドラン、ミア=ハンセン・ラヴなど)の中でも代表格的存在として今最も映画界が注目している監督の一人である。

愛する人を喪失した後に、残された者たちが背負う悲しみや苦しみを、『ダゲレオタイプの女』のタハール・ラヒムや、グザヴィエ・ドラン監督作品の常連であるアンヌ・ドルヴァル等、旬な俳優たちのアンサンブルでポートレイトのように丁寧にすくい取る本作。ガス・ヴァン・サントの映画が好きだというキレヴェレは、悲しみの果ての柔らかな光を独自の映像スタイルと瑞々しい音楽センスで浮び上らせる。その感性は今までに見たどのフランス映画とも違う魅力を放っている。

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