『机のなかみ』や『さんかく』で、ポップな恋愛ものながらも、人間の底意地の悪さを描いてきた吉田恵輔監督。が、その後の『ばしゃ馬さんとビッグマウス』『麦子さんと』『銀の匙 Silver Spoon』では一貫してハートフルなドラマを発表してきました。「おや、このままハートフル路線なのかな?」というところに公開されたのが、『ヒメアノ〜ル』です。
「ヒメアノール」ではなく「ヒメアノ〜ル」。観終われば、この「〜」がなんとも不気味に見えてくるほど、狂気に満ちた物語です。
清掃員として働く岡田は、職場の先輩に「好きな女の子がいる」と相談を受けるも、逆にその子に惚れられて付き合うことに…。と、そんなラブコメ感たっぷりに幕を開けるわけですが、高校時代の同級生・森田が現れるところから、不穏な空気が流れ始めます。そしてある殺人事件を引き金に、連続殺人鬼・森田の暗黒物語へと一気にスイッチするのです。
理性を完全に失い、殺人を犯し続ける森田。そんな男を森田剛が、ジャニーズアイドルとしての華を消し去り、完璧に演じます。殺意を抱いたときのどんよりと濁った眼、ナイフで何度も何度も人を刺す姿は本当におぞましく、トラウマ映画となりそうなほどです。ちなみに役名が同じなのは、まったくの偶然だといいます。
内容的に本作をエンターテインメントと言うことに少々ためらいはありますが、怒涛の展開の連続で、ラストまで一気に見せるパワーに圧倒されることは間違いありません。
続いて、『ディストラクション・ベイビーズ』は『イエローキッド』『NINIFUNI』で注目され、インディーズ映画界の巨匠と呼ばれていた真利子哲也監督が、満を持して発表した初メジャー作品です。
愛媛県松山市。日々ケンカに明け暮れている泰良は、街で強そうな相手を見つけてはケンカをふっかけ、どれだけ殴られても相手をたたきのめすまで立ち向かっていきます。そんな泰良を偶然見かけ、興味を持つ高校生・裕也。行動を共にすることになった二人ですが、その歯止めの利かない暴力は、エスカレートしていきます。
泰良はなぜケンカをするのか、なぜ暴力を止められないのか。彼の内面は劇中でまったくと言っていいほど語られません。ひたすら殴り、殴られ、顔面がパンパンに腫れ、血まみれになっても立ち上がり、まるでゾンビのようにユラユラと相手に向かっていきます。
泰良を演じた柳楽優弥にはほとんどセリフがありません。身体ですべてを物語ります。彼が放つ、圧倒的かつ異様な存在感は本当に素晴らしいです。
映画でケンカというと、いわゆるヤンキー青春映画を連想される方もいらっしゃるかもしれませんが、本作にはそういう要素は皆無です。暴力を美化することなく、誰の心にも潜んでいるだろう暴力の恐ろしさを真っ向から描いています。
両作品とも、なかなかお目にかかれないような強い表現と迫力で、わたしたち観客に挑んでくる作品となっています。油断してぼんやりしていると、思わぬパンチを食らうかも。どうぞ覚悟してご鑑賞ください。
ディストラクション・ベイビーズ
(2016年 日本 108分 ビスタ)
2016年10月1日から10月7日まで上映
■監督・脚本 真利子哲也
■脚本 喜安浩平
■撮影 佐々木靖之
■音楽 向井秀徳
■出演 柳楽優弥/菅田将暉/小松菜奈/村上虹郎/池松壮亮/三浦誠己/北村匠海/でんでん
■第69回ロカルノ国際映画祭最優秀新鋭監督賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
愛媛県松山市西部の小さな港町。海沿いの造船所のプレハブ小屋で暮らす芦原泰良と弟の将太。日々喧嘩に明け暮れていた泰良は、ある日を境に姿を消す──。それからしばらく経ち、松山の中心街。強そうな相手を見つけては喧嘩を仕掛け、逆に打ちのめされても食い下がる泰良の姿があった。
泰良に興味を持った高校生の裕也は「あんた、すげえな! オレとおもしろいことしようや」と泰良に声をかける。こうして、偶然出会ったキャバクラで働く少女・那奈を巻き込み、彼らの危険な遊びが始まった。
路上でいきなり見知らぬ人間に殴りかかり、ストリート・ファイトを繰り返す野獣のような若者。その異形のオーラとカリスマ性に惹きつけられ、共に凶行に及んでいく“恐るべき子供たち”──。脳髄がくらくらする衝撃。日本から世界を震撼させる鮮烈な青春映画が誕生した。監督は『イエローキッド』の鬼才・真利子哲也。本作が商業映画デビューながら、そのエッジ―な作風ですでに高い評価を得ている新鋭だ。本作では見事ロカルノ国際映画祭最優秀新鋭監督賞に輝いた。
狂気と表裏一体のピュアネスを湛える主人公・泰良には柳楽優弥。超人的なダークヒーローを演じ切り、彼の新たな代表作となった。泰良の危険な相棒・裕也には、『そこのみにて光輝く』など出演作が後を絶たない旬な演技派・菅田将暉。彼らの遊びに巻き込まれる少女・那奈には『渇き。』など時代のミューズとして輝く小松菜奈。泰良の弟・将太には『2つ目の窓』の村上虹郎。監督の磁力と惹き合うように、いま最も注目される若手・新鋭俳優陣が集結した。さらに、監督の希望で実現したZAZEN BOYSの向井秀徳による音楽にも注目だ。
ヒメアノ〜ル
(2016年 日本 99分 ビスタ)
2016年10月1日から10月7日まで上映
■監督・脚本 吉田恵輔
■原作 古谷実「ヒメアノ〜ル」(ヤングマガジンKC所載)
■撮影 志田貴之
■音楽 野村卓史
■出演 森田剛/佐津川愛美/ムロツヨシ/駒木根隆介/山田真歩/大竹まこと/濱田岳
平凡な毎日に焦りを感じながら、ビル清掃会社のパートタイマーとして働いている青年・岡田。ある日、同僚の先輩である安藤から、密かに思いを寄せるカフェ店員・ユカとの恋のキューピット役を頼まれた彼は、ユカのカフェで高校時代の同級生・森田と再会することになる。その後、岡田はユカの口から、彼女が森田らしき人物からストーキングをされていることを知らされ、不穏な気持ちを抱き始める。かつて過酷ないじめを受けていた森田は、ある事件をきっかけに、欲望のままに無抵抗な相手を殺害していく快楽殺人者になっていたのだ…。
「行け!稲中卓球部」「ヒミズ」の古谷実原作の問題作がついに映画化! 世の不条理や、屈折した感情、恋愛、友情、ポップなギャグ…古谷作品がもつ独特な要素を含みながら、過激な内容で物議を醸した「ヒメアノ〜ル」。この伝説的コミックの映像化に挑んだのは、ユーモラスな人間描写に定評のある『さんかく』『麦子さんと』の吉田恵輔監督。前半の微笑ましいラブストーリーから一転、狂気が炸裂するサスペンスに突入するジェットコースター演出を展開し、観客を没入させる。
人知を超えた殺人犯・森田正一役には、名だたる演出家たちの舞台作品でその演技に磨きをかけてきた森田剛が、満を持しての衝撃的な映画初主演を務める。彼に翻弄される平凡な男・岡田進には濱田岳。さらに、佐津川愛美、ムロツヨシら実力派が名を連ねる。恋の悩みや将来への不安を抱えた、若者のありふれた日々をコミカルに描きつつ、同時進行で語られる無機質な連続殺人事件――。 ふたつの物語が危険に交わるとき、心を揺さぶる極限のエンターテイメントが幕を開ける。