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日本のどこにでもありそうな町の中で、『きみはいい子』『あん』の登場人物たちは暮らしています。庭を掃くおばあちゃん、登下校する児童、声をかける若い教師。逆を向けば、公園がありそこには子どもを連れた母親が集まり、近くでどら焼きを売っているお店があるかもしれません。ふと気づけば、今すれ違ったかもしれないと思えるほど、彼らはどこか身近なたたずまいを帯びています。見たことのあるような風景がそこにはあります。

けれど、そこにはさまざまな問題がうごめいています。『きみはいい子』のとある町の群像劇も、『あん』のどら焼き屋を舞台とした物語も、そこに暮らす人々の日常と、外からは見えない彼らの心の葛藤に、静かに、ゆっくりとスポットライトを当てていきます。露わになるのは、無視できないくらいに私たちの心を苛ませながら、根本的な解決策を見つけ出すのが難しい社会問題です。

私たちは他人の問題にどこまで手を差し伸べることができるのでしょうか。どの線を越えると他人の内側に立ち入りすぎてしまうのでしょうか。ジレンマに挟まれて身動きが取れない状態で、それでも私たちにできることとは何なのでしょう。人と人とのコミュニケーションの最もデリケートな部分が両作品で取り上げられています。

この二つの映画はそんな複雑な問題をシビアに描きながら、それでも暖かい視線を向けています。カメラを覗く二人の監督の目には善意の押しつけがありません。かといって冷淡に突き放してもいません。目に見えない穏やかな空気が次第に充満し、登場人物を包み込みます。

二つの作品で共通して描かれる桜。暖かな季節を予感させるこの花木が、私たちの生活に知らないうちに変化をもたらしているように、さりげなく、そっと背中を押してくれているのだと思います。

(ジャック)

きみはいい子
(2015年 日本 121分 DCP ビスタ) きみはいい子 2016年1月9日から1月15日まで上映 ■監督 呉美保
■原作 中脇初枝「きみはいい子」(ポプラ社刊)
■脚本 高田亮
■撮影 月永雄太
■編集 木村悦子
■音楽 田中拓人

■出演 高良健吾/尾野真千子/池脇千鶴/高橋和也/喜多道枝/黒川芽以/内田慈/松嶋亮太/加部亜門/富田靖子

かつて子どもだった すべての人に――。

きみはいい子小学校の新米教師・岡野はまじめだが優柔不断で、問題に真正面から向き合えない性格。そのためか児童たちには言うことをきいてくれず、恋人との仲もあいまいだ。雅美は、夫が海外に単身赴任中のため3歳の娘・あやねとふたり暮らし。たびたびあやねに手をあげ、自身も幼いころ親に暴力を振るわれていた過去を持っている。あきこは、小学校へと続く坂道の家にひとりで暮らす老人。スーパーでお金を払わずに店を出たところを店員・櫻井にとがめられ、認知症が始まったのかと不安な日々を過ごしている。そんな風に、とあるひとつの町でそれぞれに暮らす彼らだが…。

誰もが、人に傷つけられ、人に救われながら生きている。
人と人のつながりから生まれる
ささやかな「しあわせ」を描く、再生と希望の物語。

きみはいい子 『そこのみにて光輝く』でモントリオール世界映画祭最優秀監督賞をはじめ、キネマ旬報ベストテン監督賞など2014年度の日本映画賞を総なめにした呉美保監督が、第28回坪田譲治文学賞、2013年本屋大賞第4位に輝いた同名小説を映画化。これまで一つの家族を描いてきた呉監督が群像劇に初挑戦し、これまで以上に成熟した演出力で見る者を圧倒する。

きみはいい子 出演は、NHK大河ドラマ「花燃ゆ」で高杉晋作役を演じ、いま最も注目を集める俳優・高良健吾。『そして父になる』でわが子をとり違えられた母親の戸惑いと苦悩を繊細に表現した尾野真千子。さらに『そこのみにて光輝く』での演技が高く評価された池脇千鶴、高橋和也が揃って出演し、前作とは打って変わった役柄に挑戦する。そのほか、ベテラン・喜多道枝や演技派・富田靖子など、個性あふれる実力派が集結した。

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あん
(2015年 日本/フランス/ドイツ 113分 DCP シネスコ) あん 2016年1月9日から1月15日まで上映 ■監督・脚本 河瀬直美
■原作 ドリアン助川「あん」(ポプラ社刊)
■撮影 穐山茂樹
■編集 Tina Baz

■出演 樹木希林/永瀬正敏/内田伽羅/市原悦子/水野美紀/太賀/兼松若人/浅田美代子

たくさんの涙を越えて、生きていく意味を問いかける――。

あん町の小さなどら焼き屋「どら春」の雇われ店長として単調な日々をこなしている千太郎。店の常連には中学生のワカナがいる。ある日、求人募集の貼り紙を見て、店で働くことを懇願する一人の老女・徳江が現れ、どらやきの粒あん作りを任せることに。徳江の作った粒あんはあまりに美味しく、みるみるうちに店は繁盛。しかし心ない噂が、彼らの運命を大きく変えていく…。

監督・河瀬直美×原作・ドリアン助川
日・仏・独合作。日本映画界最高のスタッフ&キャストが集結!

あん ドリアン助川の同名小説を、『萌の朱雀』において史上最年少でカンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞、『殯の森』ではカンヌ国際映画祭グランプリを受賞した監督・河瀬直美が映画化。日本を代表する女優・樹木希林をはじめ、抜群の演技力で独特の存在感を放つ永瀬正敏、樹木の実孫である新星・内田伽羅、芸歴50年を超えようやく樹木との共演が実現した市原悦子など豪華キャストで贈る。

どら焼き屋の雇われ店長と、粒あん作りの腕を買われて働くことになった老婦人の心の交流、次第に明らかとなる老婦人がたどった過酷な人生を優しく見つめた、心揺さぶる感動作。

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